第15話 キアンの家出②
「おーい、隣街に着いたぞ」
御者のおじさんが、俺に声をかける。
ここにはよく、薬を卸しに来るところだから顔馴染みも多い。
朝日が登る前の時間帯。
まだ薄暗い中、俺は街の中を駆け出して行った。
「ありがとう!」
「村に帰るときに、声をかけろよーー!」
後ろからかかる声に、手を上げて応える。
(行くなら、あいつの所かな……)
宿屋の看板が見えてきた。
食堂も兼業しているために、朝の早い時間から仕込みをしているはずだ。
俺は、裏口からノックした。
◇◇◇
顔馴染みのアル。
宿屋の息子で、性格は――まぁこんな感じだった。
歳が近く、彼の生来の気安さからすぐに友人になったのだ。
「で?真面目くんのお前が家出してきたと」
「俺が一番、仲がいいと思ったんだ。……でも、あの時、なんか踏み込めなくて」
「なにお前、青春だな!ははは!というか、恋を勝ち負けで判断するなんて、まだまだ子どもだな〜!」
彼の部屋で、水を何杯も飲み。
つい愚痴ってしまう。
だが。
少し後悔し始めてきていた。
「お前……!おまえだって彼女いないじゃん」
「俺はみんなの恋人なの〜」
彼は目を閉じて、片手を振る。
明らかに本気にしていない態度だった。
「はぁ。お前と話してると馬鹿らしい」
「あ〜、まぁ。気持ちは分かるよ?初恋?……うわ、言葉にすると恥ずかしいな」
「ちがっ!……多分、ちがう……はず」
すぐに言い返そうとするが言葉が萎んでいく。
自分に何度も問いかけた事だった。
「別にその子にこだわらなくてもいいんじゃないの?」
アルは机に肘をつきながら、こちらを見ていた。
こいつのこういう所が苦手だった。
見透かしたような視線。
「こだわって悪いかよ。あんなに小さい癖に目が離せないくらい……」
――自分で立ち上がった姿に憧れたんだ。
「頑張れよ、少年ってか?あはは、似合わねぇ、俺」
「お前は?――悩みの一つくらい聞いてやるけど?」
アルは普段から、誰に対しても気さくで話しやすい。
だが、滅多に自分のことは話さなかった。
「俺?悩みっていうか……まぁ、そんなに真剣になれるキアンが羨ましいかな」
「そうか?……俺はお前のその性格が羨ましいけど」
「まぁまぁ。村に戻る荷馬車はいつ出発だって?」
彼は俺の肩に手を回して聞いた。
「明日の早朝だよ」
「じゃあ、気晴らしに色々出歩こうぜ!今夜は俺んちに泊まればいいし」
「悪い。最初からそのつもりだった」
それを聞いて、アルはおかしそうに笑った。
翌日の早朝。
荷馬車の準備をしていたおじさんに声をかけた。
「昨日は突然ごめん!なんか、こう、居ても立ってもいられないっていうか……」
「ん。それで、落ち着いたのか?」
おじさんはそれ以上、深くは聞いてこなかった。
「取り敢えず、心配かけてるだろうから謝りに帰る。それと、ちょっとだけ。自分の気持ちも整理出来た気がする」
「じゃあ、帰るか。……エレナさんは怖そうだな。俺はお前に気づかなかったことにするからな?」
似合わないウィンクをする彼に思わず笑う。
確かに、エレナ母さんに叱られるのは俺だけでいい。
「ははは!それでいいよ、ありがとう」
荷馬車に乗り込み、また体が揺らされる。
相変わらずこの道は揺れが酷い。
一番じゃなくてもいい。
俺がルミアを助けたいんだから、それでいいじゃないか。
別に、ヒーローになろうとして手を伸ばしたわけじゃない。
自分のためでもあったんだから。
……俺の好きにしていいんだ。
一拍置いて。俺は小声で叫んだ。
「……アルの言ってた、初恋、とか。あーー! そうなのかも!?でもさ、好きになったって、別にいいだろー!」




