第14話 キアンの家出①
あのまま声もかけられず、俺は家へ戻った。
何を話していたかもわからない。
ただ、あの二人はそこだけ切り取られたように、踏み込めない場所にいた。
「薬は、ちゃんと渡してきたから」
エレナ母さんの顔をみないで階段の方へ向かう。
「あれ、ルミアは?一緒じゃないの?置いてきた?」
「違う!……ちがう、けど。ちょっと、別々に帰ってきただけだよ」
軽い口調で聞いて来たけれど、きっと心配しているんだろう。
ルミアは……この世界では生きにくい。
「そう?……何かあった?」
「……。」
正直に答えることにする。
俺には、止めることすら出来なかった。
「あった。ルミアがまた『不吉』って言われて……。本当、なんなんだ……。なんでこんな、こんなに簡単に、そんなこと言うんだよ……」
つい口から溢れる言葉。
ライが悪かったわけじゃないのだろう。
大人に聞いたことを、そのままルミアに叩きつけただけだ。
それが、どんなに残酷なことかも知らずに――。
「そうか。うん。わかった。……あんたはえらいよ」
「違う。俺は……俺は、なにも出来ないし。追いかけても届かなくて、声すら……」
「……ん」
エレナ母さんは、肩をポンと叩いた。
――コンコン。
そこで、俺たちを遮るように、小さなノックと可愛らしい声が聞こえた。
「エレナさん?ただいま……」
その瞬間、その声を聞いた俺の肩が跳ねる。
――ダメだ。今はダメだ。……きっと酷い事を言ってしまう、そんな気がする……!
窓に手をかける。
身を乗り出し、そのまま外へ。
気づくと駆け出していった。
後ろからは、エレナ母さんとルミアの声が聞こえる。
「……あ!こら……!もう夜になるって!」
「え?……キアン?」
戸惑いが滲んだ彼女の声。
胸がギュッと痛む。
俺はとにかく、頭をスッキリさせたかった。
けして逃げたかったわけじゃない。絶対にそうだ。
ルミアに顔を合わせる勇気がなかったのだろうか。
あの男は、なんだったんだろう。
ただ、俺の手の届かないところで何かが始まってしまった気がした。
――いや、違う。
ただ、ムシャクシャして走りたいだけだ!
(ルミアを勝手に自分のものだと思ってたのか?)
……そんなはずない。
違う、そうじゃない、そうじゃない。
……でも、なんだ?この見捨てられた、裏切られたような、これは。こんな感情はダメなのに。なんでだよ、ちくしょう。かっこわりぃ、くそ!
俺は村外れまで走って、朝市に出る準備をしていた荷馬車に乗り込んだ。
「おじさん!これ、隣街に、行くんだろ?俺も連れて行って……!とにかく、後で理由はちゃんとする。後で叱られるのも分かってるけど、とにかくお願い……!」
俺の必死さに、御者のおじさんも黙り込む。
「あ〜……。うーーん……」
顎に手を当てて目を閉じ、最後は空を見上げて頭を掻いた。
「……まぁ、いいか。男ってやつが一度は通る場面か〜〜……」
小声過ぎてよくは聞き取れない。
「おじさん、頼むよ……」
「ああ、いいよ、まあ早く乗れ。後でちゃんと謝っとけよ」
「ありがとう」
そう言って、俺は顔を袖口で拭いた。
汗が酷く流れていた。
それ以外の意味なんてない。
これ以上、自分の情けなさを突きつけられたくなくて、必死にそれを否定した。
ガタン。
ガタン。
揺れる馬車の荷台の上。
俺は寝転んで、夜空を見上げていた。
あの星に何故か引き寄せられた。小さな、瞬きで今にも消えそうな光。
意味もなく泣きたくなって、手を伸ばした。
届くはずもない。
そんな事は、分かっている。
それでも、あの星の温かさを知りたくて。
こんな俺でも、触れさえすれば、
強くて、完璧な人間にしてくれる気がして、どうしても手に入れたかった。
「……そんな馬鹿な事考えてどうする」
伸ばした手を、ぎゅっと握り込む。
今ここにあるのは、
荷馬車のひどい揺れと、車輪のきしむ音と、それに振り回されている馬鹿な俺だけだ。
目を閉じて、無理やり頭から振り払おうとするが、何度も失敗した夜だった。




