第11話 幼い『正義』
※本話は、善意と正しさがすれ違う場面を描いています。
いつも、付き合ってくださるあ読者様に感謝です。
先程までの雨は暗い雲と一緒に遠ざかっていったらしい。
雲のすき間から、何筋かの光りの梯子がかかっている。
とても綺麗な光だった。
「雨やんだな。そろそろ行こうか?」
「うん。ねぇ、キアン。今から行く、幼い子供が沢山いるおうちってさ……」
「……不安?無理はしなくて大丈夫だ。ほら、前にルミアが話してくれたリナちゃん。あの子の家だよ。確か子供が三人かな?一歳の可愛い赤ちゃんもいるんだ」
初めて会う人は緊張してしまう。
思わず、肩に力が入って腕の中の包みを抱きしめる。
その微妙な心の揺れを、キアンは敏感に感じ取ってくれたらしい。
「大丈夫だよ。それに、迷信臭い爺さんとかがいるわけじゃないから。ちょっと心配なら、俺が渡してくるよ」
「そっか。……うん。大丈夫。せっかく飴玉も買ったし、喜んでくれる姿が見たいかな」
「そうだな。一生懸命選んだもんな」
◇◇◇
暫く歩いていると、赤い屋根の小さな家が見えてきた。
庭には小さな花壇があり、綺麗に整えられている。
それを見て、どこかホッとする。
温かみの感じられる、素敵なお家だ。
「あ!キアンお兄ちゃん!と、この前ご挨拶したお姉ちゃん!」
ベルを鳴らす前に、元気な女の子が飛び出してきた。
――覚えていてくれた。
それがとても嬉しくて、私もつられて笑顔になる。
「よう、小さなおてんば娘。ちょっとお届けものだ」
「お届けもの?」
そう言って、キアンは目で私に促してくる。
うん。大丈夫だよ。彼に頷いてみせる。
「こんにちは!今日はね、エレナさんのお薬を届けに来たんだよ。お母さんはいるかな?」
私は膝を折ってリナちゃんに挨拶した。確か5歳と言っていた。偏見も何もない、純粋な瞳。
「お母さん、今はお買い物に行っているの。お薬、私が受け取っておくよ?」
「そっか。じゃあ、お願いしようかな」
少しホッとしてしまう。
これでエレナさんからのお使いがちゃんと出来た。
「あ、そうだ。――リナちゃん、飴食べる?」
「うん!欲しい欲しい!」
彼女は可愛らしく、両手を前に差し出した。
(かわいいな。女の子だから、ピンク色の飴をあげようかな?)
私は、紙袋から、さっき買った飴の瓶と包み紙を取り出した。
飴が沢山入った瓶が、光に反射して余計に可愛らしく、綺麗に見える。
それを見つめるリナちゃんの瞳もキラキラと期待に輝いている。
「リナちゃんの好きな色って何かな?飴も、包み紙も好きな色を選んでね」
「それじゃあね、私は黄色の紙がいい!飴はイチゴ味、赤いやつがそうかなぁ?」
「私も味見してないからわからないなぁ。後で何味だったか教えてね?」
瓶の中から赤い飴を取り出し、リナちゃんが選んだ黄色い紙で丁寧に包む。
それを彼女の手のひらに乗せようとした。
その時――。幼い少年の声が響いた。
「やめろ!妹に触るな!」
家の中からバッと飛び出して来て、リナちゃんを庇うように私たちの間に入り込む。
一瞬、視界が真っ白になった。
雨上がりで水溜りが出来ていた。思わず一歩後ずさりをすると、バシャンと、靴に水がかかった。
「え、お兄ちゃん?」
「何しに来たんだよ!俺は飴なんかじゃ騙されないからな!」
「おい、ライ……!」
キアンが慌ててその子を宥めようと私の前に出ようとする。
真っ直ぐと揺るぎない瞳で、私を射抜く強い眼差し。
彼は、妹を守ろうとしている。
幼い『正義』そのものだった。
――これは、耐えられない。
この痛み。
慣れたはずのこの言葉が、ここまで心を抉るなんて。
彼の瞳には、他の人と違い蔑みや嫌悪感なんて微塵もなかった。ただ純粋に、”不吉”な存在から妹を必死で守っている、立派な兄としての責任感だった。
「――あ。ごめんね。……これ、キアン。よろしくお願い出来るかな……」
「あ、おい……。ルミア」
ゆらゆらと足元の水溜りが波を作っている。
じわじわとゆっくりと靴の中に水が染み込んでくる。
「先に帰ってるから。リナちゃん、飴玉、好きなものを選んでね」
キアンの胸にその袋を押し付ける。
彼が思わず受け取った瞬間。
くるりと彼らに背を向けて走り出した。
後ろから聞こえるキアンの制止の声――。
リナちゃんの驚いた顔と、少年の真っ直ぐな瞳。
それら全てから。
――私は少年の真っ直ぐな『敵意』から逃げ出したのだった。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
この先も、ルミアの旅はまだまだ痛いです。
でもその痛みの中で、彼女が何を選び、何を失い、何を守ろうとするのか。
よければ、もう少しだけ見届けてもらえたら嬉しいです。




