第10話 黒と、赤い花と、小さなカード
雨が降り、赤い花が濡れ、彼が初めて、「黒」と「赤い花」について、言葉にしました。
その時……ルミアの心のなかで、静かに、「好きだよ」という言葉が浮かびます。
(※伏線回収? いや、彼の心の中にある傷の、静かな、でも確かな痛みが見える瞬間です)
人混みを避けながら、ようやく雑貨屋さんに着いた私達。
――手、手を離すタイミングは?
どうすれば、自然に意識しないで手を離せるの??
だって、キアンが掴んでるんだもの! 私から振り払う訳にはいかないけれど!?
そのままお店の扉をくぐってしまうキアンに、なんて伝えていいかわからなくて、心が落ち着かない。
「おじさーーん、久しぶり! いつもの飴玉の瓶詰めよろしく」
ふっと手のひらの温度と包まれる感触が消えて、彼が手を離したと気づいた。
ひんやりとした冷たい空気が、それまでの彼の温かさを私に教えてくれているようだ。
出迎えの声をかけてくれたのは恰幅のいい笑顔のおじさんだった。キアンの反応からしても、私の直感からもこの店主は本当に優しい人だ。
「お、久しぶりだな。先週の隣街への買い付けで、新しい商品も仕入れたから、色々選んでくれよ」
「あ、そうなの? じゃあ――」
私をその飴が相手ある場所まで押し出して、彼は言った。
色とりどりの飴が並ぶ、心が浮き立つような可愛らしい空間。
小さくて、可愛らしい小さな玉が瓶に沢山詰められている。
「せっかくだから、ルミアが選んでみろよ」
「え! ――私!?」
「ははは、そりゃいいアイデアだ。女の子の方がこういうのは向いているだろ!」
「それは、本当にそう。でもルミア母さんは色なんて気にしないぜ〜。下手に買わせたら、茶色や黒でも選んでくる。成分が大事だ〜とか言って。セラなんて、味なんてみんな一緒だったからって同じものしか買わないし」
――確かに言いそう。二人とも興味がないことにこだわりを見いだせないみたいだし。
「んー、セラちゃんはお前と同い年だっけ? 14くらいか?」
(え。キアンとセラちゃんが同い年?)
「うん、そうそう。まぁ、従兄妹だけど、妹みたいなもんだよ。生意気だし、家事一つ出来ないし?」
「薬屋はセラちゃんが頑張って継ぐ予定じゃないか。まぁ、若い頃から女の尻に敷かれるのもいい経験だ」
キアンは私の驚いた顔を見て、今更気づいたかのように言った。
「あれ? 俺は、エレナ母さんの甥っ子だって言ってなかったっけ?」
「いやいや、聞いてないよ??」
そうだったの?確かに、普通に『お母さん』と言えばいい所を、何故名前まで付けてるのか不思議には思ったけれど。
「よくある話だから、別に気にしなくていいよ。だだ両親が死んで引き取られたってだけ」
「そ、そうだったんだ……」
確かによくある話だ。いや、逆に珍しい。親戚の子供を自分で育てるのは難しい。そこにエレナさんの人柄が全て詰まっている気がした。
――キアンが、こんなにも真っ直ぐに育つんだもの。
「それで、どうする? 飴は選んだ?」
「あ! そうだ。これ、これがいいと思う」
一色で詰まっている瓶よりもカラフルなその瓶を手に持った。
選べる楽しさがあった方がきっと子供も喜ぶはずだ。エレナさんの店の殺風景なカウンターに飾っても、目で楽しめる。
「やっぱり女の子は、わかってるねぇ! それが今一番売れているよ。やっぱり目で見る美味しさってのがあるんだと言ってたよ」
「味は対して変わらないのに不思議だよなぁ」
キアンは、私からその瓶を取ってカウンターに持っていく。
「おじさん、包み紙も買うから。持ってきてくれる?」
「言われなくてもわかってるわ、全く」
そう言っておじさんはカウンターの奥の棚から小さな紙束を幾つも持ってきた。並べた紙はどれも色付けしてあった。
「凄い! 綺麗な色だね」
「そう、これは花や草で着色している人気のある品物だ。主に贈り物に使うな」
「ノートや、本を作るときの切れ端だからまだ安いって言ってたじゃないか」
「ただの紙よりも染色したほうがいいってアドバイスしたのはお前だろう。確かに特別感があって人気だ。飴玉用に小さく切ってあげるから色を選んでいいぞ」
「じゃあ、全部の色を、10枚ずつお願いします」
おじさんに近づいて、少し声を潜めて伝える。
「それと、黄色の紙と――」
私の言った事を聞いた彼は、少し微笑んで頷いてくれた。
◇◇◇
お店を出たら、雲行きが怪しくなってきていた。
紙袋をキアンが抱えて、また私に手を差し伸べる。
「ひと雨来そうだから早めに行こう。ほら、はぐれないように」
「うん、急ごう!」
――さっきよりは自然に手を繋げられた。
帰り際に、店主のおじさんに特別に用意してもらったものをワンピースのポケットに入れている。それを確かめて、私達は駆け出した。
◇◇◇
「あーあ、降り出したな……」
「すぐに止むといいね」
そして、突然に降り出した雨に、私達は足止めされて、古い廃屋のひさしの下に避難した。
激しい雨の音の中、二人に沈黙が落ちる。
目の前には、村中に咲いているカーマイン・ベール。赤い花。
それが雨に打たれて首をもたげている。それでもエレナさんは言っていた。育てやすくて、とても強い花だと。
こんな雨なんかには負けないのだろう。皆に愛される私と違う『赤』。
「キアンは、エレナさんの甥っ子だったんだね」
「うん。でも、家族だよ。そう言ってくれた」
「そっか。私も気づかないくらい、ちゃんと『家族』だったよ」
村に根付いて愛される、赤い花が雨に打たれて濡れている。
「なんでエレナさんは、カーマイン・ベールを村中に植えたのかな?エミさんから聞いたんだ。エレナさんが無償で配ったからこの村に根付いたって」
「それは聞いたことがない……けど。ただ、好きな花だったからかもしれない」
「そうなのかな?確かに鮮やかで綺麗な色をしているね」
――私が苦手なだけだ。明るい太陽の下ではとても華やかに村を彩っている。鮮やかな綺麗な色のはずだ。
「キアンも。キアンも……」
――あの花が好き? 答えを聞いても何の意味もない事を口にしたくなってしまった。
あの花と自分を重ねても意味がない。
だって実際、私は『不吉』であの花は『綺麗』。
それが答えだ。
白猫が私達の後ろを走り抜けて行った。首輪をしていた。
雨に濡れるから、家へ帰るのだろう。
「なぁ。猫、いたな」
「うん。家に帰っていったみたいだね」
「ルミアはさ。何色の猫が好き?」
「え? 猫は何色でもかわいいよ?」
その答えを聞いて、キアンは少し私から視線を外して遠くを見た。そこには暗い雲と、湿った空気しかない。
「俺は、黒、が好きかな」
「……黒猫?」
それは、私の『赤』と同じ――。
「猫は何色でも可愛いのにな」
今の彼の発言は何を意味しているのか……。
遠くを見ている彼は、今は私を見ていない。
私に何かを伝えようと思っているわけじゃなさそうだ。
「うん。猫は何色でもかわいい。黒猫でも、白猫でも、お鼻の所にブチ模様があってもかわいいよ」
「俺もそう思うよ。俺は暖炉の炎も好きだし、夕陽も好きだ。あの花も好きだし……。お前の、瞳も、好きだ」
「あ……。あり、ありがとう……」
雨で瞳が、視界が滲む。
誤魔化すように――でも、どこか勇気をもらった気がしたからさっきのお店で用意してもらったものをポケットから取り出した。
「これ。今度は多分間違えてない、ちゃんとしたお礼だと思う」
キアンに差し出した手のひらの上には、小さなメッセージカード。
そこには、エミさんに教わって、やっと書けるようになった『キアンへ』の文字。これだけは、自分で覚えた。
でも、それだけじゃな物足りなくて。
さっき飴屋のおじさんに頼んで『ありがとう』と、丁寧に書いてもらった。そのお手本を、カードの隅に、一生懸命に真似して書き写した。
ちゃんと『ありがとう』と気持ちが伝わるように。そっとなぞるように。小さく、でも、ちゃんと自分の手で書いたのだ。
「――キアンへ。ありがとう……? これ、ルミアが書いたの?」
「うん……。あのね、あの、『キアンへ』はちゃんと覚えた! 覚えたんだけど、『ありがとう』はまだ勉強中だったの! だから、おじさんの、字を真似しただけなんだけど……。どうしても、今日伝えたくなったの」
手が少し震えてしまう。早く受け取ってくれないかな……。寒さで手がもっと震える前に――。
「あ、う、その! ありがとう……! ルミアが、俺の為に頑張ってくれたのが、凄く凄く伝わる……!」
ギュッとその差し出した私の手のひらごとカードを受け取ってくれるキアン。その温もりのお陰で震えが止まった。
ありがとう。キアン。
いつも私に体温を分けてくれる、あなたが。
――とても好きだよ。
今日も、書き終えました。
また、明日も、少しずつ書いていきます。
そろそろ……落下します。シートベルトよろしくお願いします。




