第24話 — 炎の王と影の刃(第25層)
大広間は石の森のように沈黙していた。
壁には長年の煤が黒くこびりつき、燭台にはもう炎はなく、代わりに地の底から吹き上がる熱気が、空気を揺らしている。
王座に腰掛ける影は、鉄を踏み割るような存在感を放っていた。
それはゴブリン王――危険度B。
緑黒の皮膚はひび割れ、筋肉は石柱のように膨れ上がり、頭上には粗く削られた冠を戴いている。
その右手にあるのは、まだ鞘に納められた一本の直剣。
しかし剣身は鞘に眠ってなお赤熱を帯び、僅かな火の粉が床に散っていた。
王の脇には、影が一つ。
黒衣に身を包んだ細身の存在が、膝を折るようにして控えていた。
フードの奥には光る瞳、手にある短剣は艶消しの刃。
まるで王の影そのもの。呼吸の音すら漏らさない。
扉を押し開いて進み入るのは、炎狼ギルドの精鋭。
リシェルの赤い髪が暗闇に燃えるように揺れ、隣には直剣を下げたヨルキが歩く。
大盾を抱えたジグが重い足音を響かせ、後方には弓を持つノルンと斧戦士バルド。
五人の息が揃い、空気は張り詰めていた。
(……これが二十五層の王か。)
ヨルキの目は王座に釘付けになった。
ゲームで見知った光景と同じ。
炎の直剣――炎を飛ばし、刃から常に火が漏れる魔法武器。
そして傍らの影――側近のアサシン。
武器の効果も戦い方も、あの時と同じだろう。
◆
ゴブリン王は立ち上がった。
石の階段を一歩ずつ降りる。
その動きだけで、大広間が揺れたように錯覚する。
やがて剣を抜き払った瞬間、轟音と共に火の粉が弾け、炎が刃に沿って走った。
赤黒い光が床に反射し、五人の顔を照らす。
王は言葉を持たない。
ただ剣を構え、熱気を押し寄せさせる。
その背後から、黒衣の影が一歩前に出る。
刃先は下げられたまま、体の線は流体のように揺れる。
殺気は薄いのに、消えない。
「……来る。」
リシェルの囁きが合図になった。
五人は一斉に構えた。
◆
先に放たれたのはノルンの矢だった。
弦音が響き、鋭い矢が王の眉間を正確に射抜く軌道を描く。
だが――。
「チィッ」
黒衣の側近が一閃。
短剣の刃が矢を叩き落とし、火花が散った。
矢羽は床で折れ、音が乾いた壁に弾けた。
「……やはり影が盾になるか。」
バルドが低く唸る。
リシェルは足を滑らせるように前へ出て、ヨルキも呼応するように並ぶ。
二人の剣筋が交差し、王と側近の前に迫った。
◆
戦いが始まった。
ゴブリン王の直剣が薙ぎ払われる。
炎が弧を描き、空気を切り裂き、黒い石床を焦がす。
リシェルは剣で受け流し、ヨルキは体を滑り込ませて死角から斬り込む。
だが、すかさず黒衣の短剣が閃く。
ヨルキの一撃を逸らすと同時に、逆手の刃が喉を狙う。
ヨルキは身を沈め、床すれすれで転がって回避。
「させるかっ!」
ジグが踏み込み、盾を叩きつけた。
黒衣の影が後ろへ退く。
しかしその間にもゴブリン王の直剣が唸り、炎が波となって押し寄せる。
ノルンの矢が次々と飛ぶが、すべて短剣で弾かれる。
側近は常に王の前に滑り込んで、矢の射線を潰し続けた。
(王と影……完全に一体だ。)
ヨルキは思う。
互いの呼吸がずれていない。
一方が攻めれば、もう一方が守る。
まるで双頭の獣と戦っているようだ。
◆
リシェルは斬撃を浴びせ、ヨルキは隙を探る。
バルドは斧で牽制し、ジグは常に盾を構えて炎を受け止める。
ノルンは矢を放ち続けるが、どれも決定打には至らない。
火の粉が絶え間なく舞い、金属音が石壁に反響する。
焦げた匂いと血の匂いが混じり、空気は灼けた。
それでも、リシェルとヨルキの連携は次第に王を押し込み始めていた。
二人の剣筋は重なり、剣撃と足さばきが呼吸のように合う。
一撃が弾かれれば、もう一撃が迫る。
「ヨルキ、右へ!」
「はい!」
呼吸一つで動きが噛み合う。
刃と刃の交錯に、確かに流れが生まれていた。
剣戟の渦中、かすかな息が命の証のように続いていた。
その均衡は、息ひとつで崩れるほど脆く、それでも続いていた。
――だが、その均衡を壊すのは、王でも影でもない。
リシェルが放った”渾身の斬撃”が、王の肩口を裂いた瞬間だった。
炎の剣が大きく揺らぎ、火花が散る。
そして。
「――ッ、アアァァッ!」
黒衣の側近が、焦りの悲鳴を上げて躍りかかった。
その動きは早く、誰もが反応を遅らせる。
ーーファントムピアース
幻影のような2連撃の突きは”初動の認識を阻害する”効果を持つ。
「ッ!?」
その2連続の突きを躱す余裕はない。
間一髪でリシェルの細剣が短剣を弾くが……。
2撃目に金属音が高く鳴り響き、リシェルの武器は床を転がった。
「っ――しまっ!」
彼女の瞳が大きく開かれる。
無防備な胸元へ、影の刃が迫った。
◆
ヨルキは床を滑る剣影の間へ、空気より速く割り込んだ。
(今だ。間を、奪う。)
直剣が低く走り、黒衣の側近の踏み込み線を“斜め”に折りたたむ。
ーースラント
短い吐息とともに刃が触れ、黒衣の袖口に浅い赤が咲く。側近は痛みではなく角度の変化で反応し、短剣を返す。
肘から先だけで描く極小の弧。掠り傷で済むはずの一撃が、死線に変わる軌道。
リシェルは、ヨルキの背と裂くように閃く白銀の軌跡に息を呑んだ。
見開いた瞳の奥で鼓動が暴れ、頬を焼く熱がこみ上げる。
「まだだ。」
ヨルキは足をひとつ踏み切り、重心を低く滑らせる。
ーーバーチカル
上からの一閃。
側近は左手の短剣で受け、右手の刃で返しを差し込む。金属音が火花を散らし、刃の腹が軋む。ヨルキは受け切らない。
受けず、逸らす。肩で半寸、手首で半寸、角度を殺して“空”を作る。
ーーホリゾンタル
腰の回転だけで放たれた横薙ぎが、側近の短剣の間を割る。
黒布の腹が浅く裂け、熱い息が吐き出された。
「グッ……!」
黒衣の側近は距離を取らない。むしろ詰める。
影のような足運びで一気に懐へ潜り、目の前で短剣が噴水のように増殖する。
手首のひねりと足のわずかな剪断だけで作る八の字。速さは刃音を消し、気配だけが喉元へ迫る。
(“影歩き”。ゲームと同じ挙動。)
ヨルキは首幅で落とす。肩は死なせない。
荷は背にないが、癖は残す。
刃先を胸の前で“扉”にし、入ってくる線だけを削いでいく。
ーースネーク・バイト
二連の咬みつき。まず上腕の筋を撫で、続けて手首の腱に触れる。
致命ではないが、握りの強さを確実に奪う“毒”。側近の右手が一瞬だけ甘く開いた。そこへ――
ーーサベージ・フルクラム
三つの節目だけを叩く連撃がねじ込まれる。
刃が骨の前で止まり、戻りでえぐる。
側近の呼吸が裏返り、足の線がほどけた。
「が、ぁ……!」
退く。だが退路はヨルキの刃が先に塗ってある。
ーーヴォーパル・ストライク
前足で黒土を噛み、上体をわずかに沈めてから”爆ぜる”突き。
刃の芯が一直線に胸骨の右を掠め、肺の浅いところで止まる。側近の体が後ろへめくれ、黒い衣が大きく揺れた。
(刺しすぎない。ここで止める。次の一手は――)
「ノルン!」
ジグの低い叩きつける声。
矢羽根の乾いた風が頬を撫で、側近の右こめかみへ白い閃きが走る。
側近は僅かに頭を傾け、矢を頬で“外す”。
だが、その半瞬の硬直こそが狙いだ。
ーーレイジ・スパイク
下段からの突進突きが、硬直の下腹へ吸い込まれる。黒衣の男の背が弓なりに反り、短剣が一瞬だけ空へ泳いだ。
「……終わる。」
ヨルキは呼吸の“間”を逃さず、刃を内へひと筋返す。
ーーライトニング・フォール
直剣中位を示す祝福色、“蒼閃”の弧が走った。
雷のように落ちる重撃。轟音が空気を斬り裂く刃から鳴り響く。
刃先が肩の前で撓みながら、鎖骨の裏側へ食い込む。足元で骨が鈍く鳴り、短剣の片方が床へ転がった。
「ぎ、ゃ――!」
甲高い悲鳴が大広間に割れ、黒衣の側近は音のない呻きのまま膝をつき崩れた。
「下がれ、ヨルキ!」
ジグの叫びと同時に、視界の端が白く灼けた。
炎の直剣が振られ、空気ごと刃が飛ぶ。音は遅れて来る。赤い弧が一直線にヨルキの横顔へ――
「させるか。」
盾が割って入った。
ジグの塔盾が、炎の斬撃を斜面で受ける。
鉄が短く悲鳴を上げ、板の裏で腕の骨が鳴る。
受けない。逸らす。火の弧が壁に叩きつけられ、石が爆ぜて火粉が舞った。
「俺が前に立つ。二人は王へ集中しろ。」
ジグは短く言い、前足を半歩ずらす。重心が地の芯へ落ちる。盾が“城門”になった。
「ありがとう、ジグ。」
リシェルがヨルキの脇へ滑り戻る。床を転がっていた己の剣は、すでに彼女の掌に帰っている。刃は油の薄膜で光り、呼吸に合わせて微かに上下する。
「行く。」
ヨルキも頷き、刃先を低く構える。
(ここからは、二人で“ひとつ”。)
◆
ゴブリン王は、言葉を持たない。
代わりに、炎が語る。
炎の直剣がゆっくりと横に振られるだけで、熱の輪郭が床を滑っていく。王はわずかに膝を緩め、肩を落とし、刃を半身に寝かせた。
――中位の型、ホリゾンタル・アーク。
――続けて、前進しながら横薙ぎ。
ーーその直後に剣身から炎の嵐。
(ゲームと同じ。だが、生きているぶんだけ“いやらしい”。)
「右、二。」
リシェルの声。数と方角だけ。
ヨルキはその一言で、王の足の角度と肩の遅れを読み、半歩外へ出る。
炎の弧が地を擦る寸前、ヨルキの刃が“先に”床を撫でた。風が逆に巻く。熱が浮き、軌道が半寸だけズレる。
「今。」
リシェルの剣が王の肩へ落ちる。
刃は火と衝突せず、火の“皮”だけを剥ぐ。火粉が雨になって散り、王の肩の布地がわずかに焦げた。
ゴブリン王は躊躇なく踏み込み、炎の突きを伸ばす。
「受けるな、落とす。」
ヨルキは首幅で、リシェルは肩幅で。
二人の“落とし”が重なり、飛ぶ突きは耳殻の後ろを滑って背後の柱に突き刺さった。石が熔け、赤い線がじゅうと煙を上げる。
「ノルン!」
ジグの合図。
「見てる。上がるわ。」
一拍置いて、矢が二本、一本、一本――わずかにタイミングをずらし、王の視線と腕の戻りに合わせて“嫌なところ”へ刺さる。狙いは致命じゃない。目と手と足を裂く、感覚の邪魔だけ。
矢を王は刃で弾く。火が刃からあふれ、矢羽根が瞬時に煤へ変わる。だが、弾くこと自体が“遅れ”を生む。
「行く。」
リシェルが右、ヨルキが左。
二人は互いの背中を視界の端に置いたまま、王の胴を“挟む”。
王は後退しない。踏み込む。
炎の直剣が床を打ち、火の粉が爆ぜて目を眩ませる。
「目、潰し。」
リシェルが呟き、剣の峰で火粉の“向き”を払う。
ヨルキはその陰へ一歩潜り、王の膝の“前”を掠める。
刃は切らない。
“そこが薄い”という事実だけを、相手の身体に刻印する。
王の足が半歩遅れた。
そこへリシェルの斬りが肩の前へ走る。
「ッ……!」
低い咆哮のような呼気。炎が反射的に膨張し、直剣から火の舌が溢れ出す。
王の手首が跳ね、反撃の縦が落ちる。
「ヨルキ、上。」
彼女の声と同時に、ヨルキは剣を肩の上へ“置く”。
受けない。
炎の縦は“滑る”。
滑った火は足元の黒土に散り、熱だけが脛を舐めた。
「次、下。」
リシェルの刃が低く、王の軸足へ。
王は膝を開き、火の返しで牽制する。空間そのものが熱で膨らみ、踏み込みの意志を弾き返す。
(火の壁。距離の支配……なら。)
ヨルキは刃を“空気”に振る。
熱の層を斜めに薄く切り裂く感覚だけを頼りに、火の圧を半寸落とす。
「ナイス。」
リシェルが一言だけ。
次の瞬間、彼女の剣は“そこに”あった。
肩と首の境に、浅い線。
浅いが、正しい。
王の上体がわずかに沈む。
「……すごい。まるで繋がっているみたい。」
遠く、ノルンの小さな声。
それは驚嘆であり、同時に冷静な“観測”でもあった。彼女の矢は止まらない。間合いの端で、視線を曲げる楔として働き続ける。
◆
王の炎が強まる。
刃そのものが呼吸しはじめたかのように、赤が濃く、白が増え、熱が低く唸る。
中位の“ソニック・リープ”が来る。
踏み込みの前に、ほんの僅かな“溜め”。
膝の筋の盛り上がりで、それが分かる。
「来る。」
リシェルが先に動き、ヨルキが半拍遅れて合流する。
二人の足が“クロス”しない。
互いの空間を潰さず、しかし隙間は残さない。
炎の突きが伸びる。
ヨルキは刃の腹で軌道を“外へ”。
リシェルは同時に、王の手首の“返し”を肩で殺す。
ーーシャープ・ネイル
リシェルの三連が小さく刻まれ、王の握りの強度が一段落ちる。
続けてヨルキが、
ーーセレーション・ウェーブ
波のような単発の斬撃を“点”で置く。
火の皮を一枚だけ剥ぎ、熱の“膜”にひびを入れる。
王は引かない。
炎の横が低く走る。
黒い石床が白く焦げ、石がぱんと音を立てて弾ける。
「ジグ!」
ヨルキの背で、塔盾がまた斜面を作った。
火は受け止められ、逸らされる。
ジグの腕は痺れているはずだが、声は落ちない。
「問題ない。今は落とせ。」
短い言葉に、全員が“深く”頷く。
(落とす。今、ここで。だが――スキルは使いすぎない。剣で、詰める。)
◆
一進一退の刃の往復の中、リシェルが一度、たしかに王の頸を“触れた”。
わずかな赤。
王の足が、半足だけ遅れる。
その瞬間――横から細い影。
さっき沈めたはずの側近が、最後の意地で跳ね起きた。
片手の短剣だけ。
音にならない悲鳴を喉の奥で絞り、リシェルの背中へ――
「させない!」
ヨルキの体は思考より早く動いた。
刃は振り上げられない。
代わりに、足。
踵で床を強く蹴り、側近の足首を“払う”。
転ばせず、線を崩す。
倒れまいとした反射の瞬間、ヨルキの剣が喉の前に“置かれた”。
「終われ。」
短い囁きとともに、側近はもう動かない。
黒布が床に沈み、火粉がその上に静かに降り積もる。
ーー助かった。
リシェルが目だけで言う。
ヨルキは頷く。言葉は要らない。
王の炎が唸る。
最後の牙を見せるように、刃が白く灼ける。
「来る。強いのが。」
リシェルが剣を半ば寝かせ、前足を“内”へ。
ヨルキは逆に前足を“外”へ。
互いの“空”が噛み合い、二人はひとつの生き物になる。
ーーセクター・コラプス
炎の直剣が振り下ろされる。
天地を割るような一撃。
受ければ砕かれる。避ければ焼かれる。
「押すな。削れ。」
二人の声が重なった。
ヨルキは刃の“腹”で火の芯を削り、リシェルは“峰”で熱の皮を剥ぐ。
火は二枚、三枚と薄くなり、王の腕に“重さ”が戻る。
重さは遅れだ。
遅れは隙だ。
そこへ――
「ノルン、今!」
「はい!」
ーートリプルショット
白光を矢先に帯びながら、王の足首と手首、そして目の端へ、時差をつけて三本。
避けられる。だが、避ける動作が“遅れ”を増やす。
「「決める。」」
リシェルの声。
ヨルキの声。
二つの線が、同時に走る。
ひとつは、王の肩の“前”。
もうひとつは、首の“横”。
刃は深く入らない。
深すぎると火が暴れる。
必要最小限の深さで、最大の“崩れ”を作る。
王の膝が、沈む。
炎の直剣の輝きが、一度だけ弱まる。
「任せろ。」
塔盾が前へ一歩。
壁が一枚、王の足の前に“生まれる”。
リシェルの刃が、壁の縁を“曲がる”。
ヨルキの刃が、壁の“影”を抜ける。
二つの刃が、王の胸郭の前で交差し――火粉が、雪のように一度だけ舞った。
そして。
王の直剣が、低い音を立てて床を叩く。
炎はまだ生きている。だが、暴れない。
刃から溢れる火は小さくなり、王の肩は深く沈んだ。
(まだ、終わっていない。ここで焦れば、全部が零れる。)
「息を合わせろ。三息、守る。四息め、返す。」
リシェルの言葉が、二人の呼吸に印を付ける。
ヨルキは頷き、刃を低くした。
遠くでノルンが、ぽつりと呟く。
「……すごい。やっぱり、すごい。」
矢筒の底が軽く鳴り、彼女は次の一本を指で弾く。
バルドは、いつでも“介入”できる位置を保ったまま、拳を握りしめていた。
その眼は戦いの中心ではなく、仲間の背に向いている。倒れた瞬間に走るために。
ジグは盾を構え直し、足幅を半寸だけ広げる。
塔盾の角が火粉を受け、鈍く光った。
王は沈黙のまま、刃を握り直した。
炎はまだ消えない。
だが、ふいに――その瞳奥の炎に、ほんのわずかな“揺らぎ”が見えた。
(見える。今なら、届く。)
ヨルキとリシェルは、同時に前へ出た。
――決着の線を引くために。
大広間の空気が、ふたたび息を止める。
火粉が落ち、黒い石床がきしみ、矢羽根が乾いた音を立てる。
塔盾がわずかに傾き、剣の刃が低く歌う。
ここから先の数息で、全てが決まる。
そして二人の剣は、ひとつの意思で動き始めた。
◆
ーー炎狼ギルド本部の街。
午後の光が差し込む、落ち着いた雰囲気のカフェ。窓辺には木製の丸いテーブルが置かれており、その外には石畳の道を荷馬車が通り、街の日常の音が静かに流れている。
テーブルを挟んで向かい合うのは、ヨルキとリシェル。
ヨルキはリシェルと同じ、炎狼ギルドメンバー正規防具を身に着けていた。
それは許された者の証であり、半年前にはまだ夢にも見なかった立場を示すものだった。
紅茶の湯気がゆるやかに立ち上り、二人の間に心地よい沈黙が流れる。
リシェルは窓の外を一瞥してから、視線をヨルキに戻す。
「――あれから”半年”経ったね。」
柔らかな微笑み。
それは戦場で剣を交えた時の鋭さとは違い、安堵と誇りが混ざった温度を持っていた。
ヨルキはカップを置き、視線を受け止める。
窓越しに街の日常と、半年前の戦場の記憶が重なり合う。