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第20話 ー 新米に近い若者


小半刻(およそ一時間)歩いて、街は背中の向こうに沈んだ。

小丘の斜面を巻く獣道の先、蔓草に半ば飲まれた石の階段が口を開けている。


そこが“小ダンジョン”の入り口。


冷気は穴から吹き上がり、夏の湿気を押し返して頬を撫でる。

入口の両脇には古い石像が二体。


隊長バルドの指示に従い、隊列を組んでいた。


「おいおい、今日からの新顔か?目が死んでるじゃねーか」


俺は笑いながら、眼に入った荷物持ち用の新しい奴隷に言う。


「喋るな。口でなく足を動かせ。」


リシェルの短い叱りが飛ばされた。


(チッ、冒険者ギルドの方がもっと気楽だったな……だが)


炎狼ギルドは、辺境伯アーデナント・グラズンが治めるグラズン領において名を馳せる実力派ギルドだ。

その名は、数多のダンジョン攻略実績によって領内外に広まり、辺境都市グラズンの象徴的存在として知られている。


設立当初より辺境伯の財政的・政治的支援を受け、他ギルドとは一線を画す装備と人員を擁している。

その後ろ盾ゆえに、街の中では“炎狼の者たちはでかい面をしている”と陰口を叩かれることもあるが、実力が伴っているため、誰も正面から異を唱えられない。


戦場においては規律と統率を重んじ、冒険者崩れの寄せ集めとは一線を画する。


グラズン領における名実ともに最強の戦闘集団である炎狼ギルドに所属する事は一種のステータスとなり、また安定した高い給料に万全の装備の提供と至り尽くせだ。


そんなギルドに所属している自分を思い出し、じんわりと目頭が熱くなる。


ーーこれまでの苦労を思い出す。


両親は舟屋、その両親も舟屋、俺の一族ずっと舟屋だった。

そんな舟屋の呪いに縛られる一族で唯の1人だけ、剣を握り冒険者となったのだ。


幼少の頃に剣を教えてくれる人は誰1人としていなかった。

冒険者という者達に憧れ、英雄譚のような1人になりたいと夢見た。

木の棒を剣と見立て、チャンバラごっこに勤しんだ。


冒険者ギルドに登録し、仲間達とクエストを熟す日々。剣術を学ぶ為に先輩達に頭を下げた。


冒険者ギルドでD級認定を受け、一人前を名乗れるようになった。


そして遂に厳しい入隊試験を受けて、この大手ギルドに晴れて合格したのだ。


D級でも炎狼ギルドでは新米扱いではあるが……先輩方のレベルが高すぎて威張れもしない。


炎狼ギルドではC級で一人前扱いを受ける始末。だが、だからこそ成長出来る。

このギルドで認められた実績があれば、何処でも通用するからだ。


(成り上がるなら、このギルドだ)


腰の”直剣”の柄尻を触りながら、闘志を燃やす。


俺の新調した愛剣、名付けて『勝利号』。


準備を終えて、一時の静寂が辺りを包む。


バルドが一度だけ頷いた。


「――出るぞ。」


石段の闇が、冷たく開いていた。



新米に近い若者は小ダンジョン終わりに同僚と飲み屋へやってきていた。


彼も俺と同じで炎狼ギルドの新米だ、名をダンと言う。


「リシェルさん、マジで美人だわー。」


「完全同意!!」


右手に持つエールが入った木製ジョッキをテーブルに叩きつける。


エールを数杯平らげた俺達の話題は女だ。


「プリッとした尻、スラッと伸びた足に目がいっちまう。」


俺はダンの意見にまたしても完全同意する。


引き締まっていながら柔らかさを感じさせる曲線を持った尻。

引き締まった筋肉を内包したすっと伸びる足は触っていなくても滑らかである事がわかる。

艶やかな腰から脚にかけての線はしなやかで、余分な贅肉が一切ない。


「たまらねぇーな。」


「けど……。」


「「高嶺の花すぎるなぁー。」」


俺達は共に項垂れ、やけ酒が始まった。


リシェルは、B級認定を受けている”刃姫(ジンキ)”と渾名される程の剣の使い手。その細剣から繰り出される素早く正確無比な突き技、風のように軽やかな身のこなし。


彼女に勝てる者などそういないだろう。

B級の中でも上位に位置すると言われ、将来はA級入りもあり得ると噂される。


ダンジョン内で魔物を相手にする彼女は頼もしい仲間であり、同時に恐ろしい女である。

冷ややかな眼は全てを見透かしているように、例え仲間が目の前で殺されても一切動揺せず魔物を斬り殺し続ける。


リシェルの声には魔性が宿っている。


女に命令される事に抵抗感がある者は多いにも関わらず、その声は耳からスルリと入り込み背骨を伝って体を支配する。

不快感なく命令に従いたいと思わせる事が魔性と言わずなんと言うのか。


首筋から伝う一筋の汗跡は胸元へ、それが松明の火明かりに照らされて光る様。

それを見た時に鳴った己の喉の音、その直後にリシェルが不思議そうな顔で言う。


「どうしたの?」


なんて魅力的な女なんだとしみじみ思った。

その服を剥いで好きにできれば、どれ程の優越感を得られるのか。 


「はぁあぁーーーー。」


俺は思わずため息を漏らす。


「どうした急に。」


ダンが串肉を噛みながら尋ねた。


「いや、抱きたいなぁって。」


それを聞いたダンは目を丸くして笑う。


「ははははっ、同意するが、やめた方が良いだろうな。」


「そうだよな、無理だろうし」


「先輩に聞いた話だが、手を出そうとした男が過去に居たらしい。」


「おぉ、マジかよ。」


「だが、聞いて驚け。その手が直後には宙を待っていたそうだ。」


「おぉ、マジかよ……」


明日は休暇、こうなったら朝まで呑むぞ。



領主の名の下に、中ダンジョン攻略の命が下された。

それは、拒むという選択を許されぬ“勅命”に等しいものだった。


俺たちは、通称《鬼の穴》と呼ばれる中ダンジョンへと向かうことになった。

既に周辺の村々は、ゴブリンの群れによって蹂躙されているという。

焼け落ちた家屋、荒らされた畑、灰と血の臭いが風に混じって漂う。


生き延びた者の声によれば、女たちは攫われ、男たちは抵抗の末に喰われた。

誰も、彼女らが今どこにいるのかを知らない。

肉にされたのか、穴にされたのか──。


沈黙のうちに、馬車は軋みを上げて進む。

炎狼の紋を掲げた旗が風を裂き、重い命令の影が隊の背にのしかかっていた。



ーー鬼の穴 中ダンジョン


第3層の奥に“村”。

柵は骨で編まれ、柱は皮を剥いだ幹。内側には骨組みだけの小屋。


屋根は葉と皮で覆われ、隙間で暗い影が動く。

地面の血は乾いて黒く、濡れて赤い。匂いは脂と尿と腐肉が混ざる。


柵際に積まれたのは人の手足。

手のひらは握った形で固まり、爪の根は土で黒い。

足は踵が白く、ふくらはぎは干からびひび割れて骨が露出する。

燻した煙の跡が薄く漂い、鼻腔に張り付く。


小屋のひとつから――低い声、悲鳴ではない。

悲鳴はとうに潰れている。


「ゔっ……は……ひ……」


空気を押すだけの音、”女の息”、薄い布の擦れる気配。

狭い空間で複数の足音、笑いは甲高く獣のそれ。――人の笑いは低い。ここは獣の場所だ。


隊長ジグの指示に従って制圧する。

俺は中で腰振ってたゴブリンを叩き斬った。


「……。」


(流石の俺も言葉が出ねぇよ、クソ。もうちょっと早く来てやれれば。)


小屋の中に女が二人、片方は肩に噛み跡、皮膚は薄紫に沈み目は虚ろ。

もう片方は腹に爪の痕、視線は天井のひびへ、声は枯れる。


(完全に壊れてやがる)


俺達は彼女達へ気休め程度の食料と水を渡し、その場に置いて行った。


この中ダンジョンは広く、多くのゴブリンが潜んでいる。

その為か、部隊を分けて攻略が進んでいた。


「ダンの奴、まだ生きているかな」


別働隊に送られたダンを心配し、気を引き締めて歩き始める。










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