〈8話〉ケーキよりも
夏休みもおわりに近づく頃。
勉強会で、最後の追い込みをしていた。
「あぁーー、疲れた…!」
叫び声を上げるなゆたは、両手を広げて後ろに倒れる。
これは、勉強会を初めて15分後の出来事だ。
「なゆた可愛い〜!」
いつも元気なこめこは、猛暑に輝く太陽のように暑苦しい笑顔を見せた。
「そねこが集中してる…」
「しー、話しかけちゃダメだよ!」
こめこが注意するのは珍しい…とおもっていると、小声で後に続けた。
「今ゾーンに入ってるからっ!」
「ゾーンに入るの簡単すぎね?」
床に寝そべったまま、そねこの顔を眺める。
真剣な眼差しで、筆を走らせていた。
「ふぅー」
その様子をしばらく眺めていると、私もやらなきゃという気持ちになった。
体を起こし、机に向かう。
そのなゆたをみて釣られたこめこも、筆を走らせた。もっともこめこは1番真面目な人なのだが。
一人の集中が集中を呼び、三人は真面目に机に向かった。
*
「あぁ…ダメだ集中なくなった」
最初に音を上げたのは私。最初に飛ばしすぎたようだ。
勉強会を初めて1時間後の出来事だった。
「あお、ちょっと休憩!」
なゆたは再び床に倒れた。
「私もちょうど、一区切り着いたー!」
「どこまで進んだ?」
「国語が終わって、今英語に入ったとこー!」
「もしかしてこめこちゃんって意外と頭いい?」
脱力した体勢のなゆたが、上半身を起こす。
「こめこはクラスで一番成績いいよ」
「え?がち?」
「凄いでしょー!」
謙遜もない清々しい声。その声からは嫌味は一切感じず、シンプルに学力の高さに驚いた。
「歴史は半分しか進まなかったよ…」
「私は数学は終わったよん」
「そねこは数学得意だったよね〜!」
「バカにされてるようにしか聞こえない…」
皆の進行速度に圧倒的に置いていかれたなゆたは、会話の内容についていけない。
天井を見上げ、自分の世界に入った。
「夏休みの宿題って、なんであるんだろう」
「悟りに入ったか」
「夏休みの宿題って無駄だと思うんだよね。量も多いし。家族とか友達と、思い出増やしたり、部活動に入れ込んだり、青春したり!!もっと遊部時間が欲しい……!」
「あんたは家でゲームしてるでしょ」
「まあまあ」
「まあまあって……」
「テキストの答えって、登校日に配られるじゃん?それまでに真面目に全部終わらせてる人っていないと思うんだよ」
「私終わらせるよ!」
「こめこちゃん…」
「こめこはああ見えて成績優秀だからね」
「そねこは?」
「私?絶対やらないね」
「結局さ、やる人はやるし、やらない人はやらないってことだよね」
「上手くまとめた感出してもだめだよ」
やれやれと首を横に振るなゆた。
「宿題って、増えてもやる人は結局ちゃんとやるし、減ってもやらない人は絶対やらないんだよね」
「どうせやるなら、早い方がいいよね〜!」
「天才はおいとこう」
「それよりか、自由研究とか絵を増やした方がいいと思うんだよ」
「えぇ〜こめこは絵苦手……あっでも!自由研究は好きだよ!」
「私は自由研究あんまかな…毎回題材考えるのがな…」
「でもさ?2人とも、やり始めたらちょっと楽しくなってこない?」
「あるあるー!グラデーションとかこだわっちゃうんだよね〜!下手だけど……あはは」
「私は習字に気合い入るかも」
「そねこ、分かってるじゃないか。〈勝〉は1枚目がいい〈利〉は3枚目がいい!とか、納得いかなくなってさー」
「結局一袋、なくなっちゃうよね」
「でしょ?」
経験ありすぎて、分かりみが深い。
「テキストなんかさ…結局答え写しちゃうんだよね…」
「なゆたあれでしょ。適度に間違えて、ちゃんと解きました感出すために工夫しちゃう人でしょ?」
「な、なんで分かったの」
「私が教えてあげるよ〜!」
「天才は頭の作りが違うよね」
「私も数学なら教えるよ、なゆた」
「勉強会できないの、私だけか!?」
なゆたと同じタイプなのは隠しておくことにした。
「作品出典に力入れさせた方が、才能開花に繋がると思うんだよ」
「なゆた創作得意そうー!」
「こめこちゃんに言われてもなんか…」
「その格好で言われると宿題から逃げてるようにしか見えんな」
「えっ…」
見つめ合うなゆたと私の間に、少しの沈黙が走った。
「糖分補給でもするか〜」
そう言ってのそのそと重い体を起こし立ち上がるなゆた。
(ちょっと悪いこと言ったかな)
「母さんがケーキ買ってくれてるんだよね、こめこちゃん食べる?」
「やった〜!食べるー!」
「私は?」
「そねこもいるの?」
「食べたい」
細目で私を見る。
「勉強から逃げてるなんで言ってすみませんでしたなゆたどの〜」
ははぁと腕をのばし、上下に動かす。
「よろし」
「ありがたき幸せ〜」
三人分のケーキを持ってきてくれた。
*
「いただきまーす!」
ーーじーー
幸せそうにケーキを頬張るこめこを他所に、熱い視線を感じ、食べる手を止める。
「ど、どしたの?」
「そうやって食べるんだ」
ケーキのフィルムを剥ぎ、フィルムについたクリームをフォークで食べていた。
「だって、もったいないじゃん…」
「こめこちゃんは食べないタイプか」
「えっ、へへ」
恥ずかしそうに頭をかくこめこ。その表情はぎこちない。何かを誤魔化したように見える。
「正直に手を挙げて欲しいんだ。これ(フィルム)についたクリーム舐める派の人!」
勢いよく手を挙げるなゆた。後を続いて私も控えめにあげる。以外にも、こめこも手を挙げた。
「だよね〜、仲間だと思っていたよ」
皆はホッとした表情をみせた。
「正直、こめこちゃんはどっちかわかんなかったけど」
「わ、私は人前じゃ舐めないよ……!家で一人の時だけだよ……!」
「焦ってるこめこちゃん、可愛いねぇ」
「もお…、なゆた!」
「このクリームをみながら、いつも舐めたい気持ちを我慢するんだ」
「なゆた、犬っぽいよね」
感情の見えない目でしばらく見つめたあと、フィルムを取りケーキを食べ始めた。
「い、いまならさ!うちらしかいないからいいんじゃない!」
「「えっ」」
提案したのは、こめこだった。
じっとフィルムについたクリームを見る。
(うわ…舐めたい…)
こめこの言葉に、羞恥心を壊してしまいそうだ。
「……引かない?」
「大丈夫だよ!!」
こめこの声に力がこもる。なゆたはもう一押しだ。
三人はチラチラとみんなの様子を伺う。
本当に舐めるのか?舐めるのか?この雰囲気絶対舐めるよね?誰もやらなかったら恥ずかしい。けど、流石にこの雰囲気は行けるよね。
そんな空気が流れていた。
タイミングをはかって3人同時にクリームを舐める。
「「「(最高…)」」」
結局この日、一番盛り上がったのは宿題じゃなくてクリームだった。