裏垢流出炎上チャンネル
俺にかけられた呪いが祓われて、現実世界に戻った後、学校は大騒ぎになっていた。
野切たちが俺をいじめている動画が一斉にばらまかれて、野切たちを白い目で見る生徒、野切たちを職員室に連れていく先生たち、乗り込んでくる野切たちの両親たち、そして、何よりネットに流れた動画が大炎上していた。
あっという間に俺たちのいる高校が突き止められ、野切たちの名前と家族関係がさらけ出される。
そんな風に大騒ぎになれば、当事者である俺も校長室へと呼びだされるのも当然だった。
校長室にはクラスの担任、学年主任、教頭、校長の四人と野切たち三人がいる。
学校の中で同時に相手をすることがない顔ぶれだ。
「天原君、君をここへ呼んだ理由はよくわかっていると思う」
校長が落ち着いた声でそう言った。
その視線は野切たちに向けられている。
「野切君たちと担任はいじめなどなく、友達間の軽い冗談や悪ふざけ、いじりだったと言っている。君はどう思うかな?」
「君たちは友達だったんだよね? 野切君たちがこんなことをするとは思えないし、悪ふざけをして撮った動画なんだよね?」
「先生、今は天原君に聞いているんだ。いじめはなかったという認識で良いのかな?」
「でも、このままじゃ……他の生徒に対するイメージが……」
担任が血の気の引いた顔で穏便に済まそうとしているが、校長は担任の言葉を遮った。
担任の明らかな責任逃れしたい言葉は心底軽蔑しそうになったが、校長は校長で俺に味方のふりをしているように見せて、無言の圧力をかけてきているような気がした。
これだけ大騒ぎになった以上、マスコミは必ずかぎつけてくる。
いじめがあったと報道されれば学校のイメージは地に落ちるだろう。
でも、悪ふざけだったということにすれば、バカな高校生がいるだけで済む。
野切たちだけを罰すれば、他の生徒への被害は少ないだろうし、一時的だろう。
そして、学校の評判が落ちることもない。
けれど、それが何だ? そんなこと知ったことじゃない。
俺は野切たちが踏みにじった被害者全員も助けたいんだから。
「野切たちにお金を渡すよう言われ、金を渡さなければ殴られていました。いじめではなく、犯罪です。彼らは犯罪者です」
「天原、それは違う! 俺たちはお前から金を借りただけだ! それに本当に嫌なら嫌だと言えば俺たちも止めたよ。軽い冗談のつもりだったんだから」
野切がすがるような声で俺の言葉を否定する。
「爺さんのクレジットカードまで盗もうとしたくせに? 俺が死んだら香典にして返してやるって言ったくせに?」
「そんなこと言ってない! っ、お前……何だよその目は……」
野切の往生際の悪さに俺は心底彼を哀れに感じた。
もう既に最悪の状態になっているのに、下手にもがくせいでどんどん自分の首をしめていく様子は、あまりにも滑稽だったんだ。
俺は何でこんなやつのことを怖いと思っていたんだろう。
こんなにも空っぽで、子供っぽくて、自分の姿を見ることもできないような奴はもう怖くもなんともなかった。
「流れた動画で全部言ったじゃないか」
部室で三人殴られた時の映像を流す。
もちろん、その時録音なんてしていない。呪層現実で手に入れたものだ。
でも、今は入手方法なんて誰も気にせず、あの動画が真実だと思っている。
「野切、お前は友達でもなんでもない。ただの犯罪者だ」
「だったら、お前だって本屋で万引きしようとした犯罪者じゃねぇか! 俺らのことなんも言えないだろ!」
「そうやって、何人もの人からお金を強請ってきたんだよな」
そして、まだ外には流出していない俺のスマホだけに入った動画を再生する。
「これ、本屋の近くにあった監視カメラの映像。お前たちが俺のカバンに本を入れて、万引きに仕立てあげた。俺だけじゃない。中学校の時からお前たちは何人もこういう罠にはめて、お金を強請ってきたんだ」
「でたらめだ!? 何でそんな映像をお前が持ってる!?」
「野切の犯罪に関わる証拠が流出したからじゃないかな? これらの証拠を持って警察に行ってくるつもりだよ」
今にも野切が暴れだしそうなほど顔を真っ赤にしているが、彼を見る目は全員冷ややかなものだった。
先ほどまでことなかれ主義を貫こうとしていた担任まで、野切を哀れむような眼で見ている。
「野切君、残念ながら天原君の認識と随分違いがあるようですが、異論は?」
校長が冷たい声で尋ねる。
その話し方で完全に自分が敗北したことを悟ったのか、野切の顔がみるみる青くなっていた。
「野切……謝ろうぜ……」
「あぁ……もう謝って許してもらうしかないよ……」
仲間の二人は完全に観念しているらしい。
そんな二人の様子が止めになったのか、野切はその場に崩れ落ちて項垂れるように頭を下げた。
「すみませんでした……。天原の言う通り、俺たちが天原に万引き犯に仕立てあげて、金を強請っていました……。だから、警察だけは許してください」
仲間の二人も野切にあわせて頭を下げる。
そんな三人を見て、俺は深い溜息をついた。
「野切、強請った人たち全員にお金は返してよ。みんなの大事なお金なんだから」
「……」
「親が君を見捨てる前にちゃんと返せよ? 返事は? 野切!」
「くっ! うぅぅ……絶対に返します……すみませんでした」
「明日までに返してくれなかったら警察に届けるから」
金が返ってきたらと言って許すつもりはない。けど、俺が罰を与えなくても、野切たちは十分すぎる罰を食らうだろう。
ネットは既に大炎上している。両親の勤務先に電話してクレームをつけている人まで出ているぐらいだ。
すぐに野切たちとその家族に社会的な死が訪れるだろうから。
こうして、俺と野切の呪いの顛末は終わりを告げた。
〇
校長室でのやり取りが終わり、昼放課になった。
俺は人気のない校舎裏で真見と待ち合わせをして、お昼のパンとジュースを片手に今回の結末について話をした。
「おつかれさま天原君。これでもう野切が誰かに害をなすことはないよ」
「呪いを祓うとこんな風になるんだね。思った以上に大事になってびっくりしたよ」
「天原君のせいじゃない。野切が責任を取ることだよ」
俺は少し悩んでいた。
外部の人が学校に電話をかけてきてクレームを入れた話を聞いて、もしかしたらやり過ぎたかもと思った。
無関係の同じ学校の生徒が巻き込まれて、大きな迷惑を被るだろう。
俺たちのことなんて全く知らない先輩たちの就職や、進学に影響がでるかもしれない。
「誠司殿、気になさるな。というのが無理なのは分かる。彼らの両親の職場や学校の無関係な人も巻き込んだのだから。だが、その被害の大きさこそが、彼らの受けるべき呪いによる罪の罰なのだ。人を殺す呪いの代償に対して、命があるだけ有情というもの」
黒子もスマホの中から励ましてくれる。
人を呪い殺すだけのものが返って行って、社会的な死があるだけで命が絶たれないだけマシということらしい。
生きて罪の重さを知って、償う時間があるからと。
「そうだね」
そう俺も自分に言い聞かせる。
俺がやったことは間違いじゃなかったって。
だって、俺はこれからも同じことをするはずだから。
「呪いを祓うとこういうことが起きる。自業自得とはいえ、他人の人生を大きく狂わせる。だから、天原君は ̄ ̄」
「それでも、俺は真見さんと黒子と一緒に呪いを祓う。誰かの人生を狂わせたとしても、それで助かる人がいるのなら、助けないと」
そのおかげで、俺はこうして生きている。
だから、俺も呪いに死ぬまで苦しめられている人がいるのなら、助けたい。
たとえ、その結果、呪った人が重たい罰を受けることになっても。
「あはは、なるほど。誠司君はお人よしな頑固者だね。私たちと一緒にいるのには向いていないと思うよ。優しすぎるって」
「せっかくの決意をひどくない!?」
「誉め言葉のつもりだったんだけど」
「……ホームズのせいじゃなくて、素でずれている」
大きなため息を吐いてしまうほど、がっくりきた。
そういえば、真見はこういうやつだった。
けれど、頑固者という意味では俺以上に真見は頑固者なんじゃないか?
だって、今回の事件以外にも呪いを祓って、流出事件を起こしている。それなのに止める気がなさそうなんだから。
「なら、真見さんは何で人の呪いを祓ってるのさ? 別に自分が呪われている訳でもないのに。黒子は自分の体を取り戻すためだから分かるけど」
「私は人探し。父が警察なの。とある事故の調査をしていたね。その時たまたま、呪層現実に巻き込まれて、呪いと呪いの作る世界によって人が事故に見せかけられて殺される。そのことを知った」
「私が真見の父上と出会ったのもその時だ。父上は投影体の力こそなかったが、鋭い観察眼と柔軟な発想をもつ御人だった」
黒子が真見と気心知れた呼び方をしていたのは、父と知り合いだったかららしい。
「父は黒子と出会ったおかげで、調査していた事故は呪いによる事件であったことを知って、黒子とともに呪いについて調査をしていたの。でも、黒子が現れた日を境に父は意識不明で一度も目を覚ましていない」
呪いをかけられた本人は、呪層現実で死ねば現実でも命を失う。
だが、逆に言えば、呪いをかけられていない第三者であれば、呪層空間で倒れても意識不明で済む。
真見の父はまだ生きているので、心の方は呪いに連れ去られただけで、呪いさえ祓えば帰ってこられる。
「私は父を見つけるために呪いを祓っているの。私が呪いを祓っていけば、いつか父の囚われた呪いに辿りつけると思うから」
「私も同じである。私の本体を奪った呪いが真美の父の心を奪った呪いと同じだと、魂の奥底に刻まれているからな。こうして呪いの調査と解呪を繰り返していけば呪いの方から近づいてくる。他人のために見えて己のためにやっているのだよ」
「うん、だから私たちの都合に天原君は巻き込めない」
二人の戦う理由を語る表情は覚悟に満ちている。
その表情と言葉で、彼らがなぜ大きなリスクを背負ってまで、他人の呪いを祓うのか納得してしまった。
そして、先ほど俺には向いていないと言った理由も良く分かった。
危ないことに俺を巻き込みたくない、という優しさだ。
こいつらやっぱりいい奴だ。そんな二人を放っておくことはできない。
「なら、やっぱり俺も二人を手伝うよ」
「私の父みたいに意識不明になるかも知れないんだよ?」
「それならなおさらだよ。そんな危ない呪いを放っておく方が怖い。俺も呪いの世界を知ってしまったんだし、ターゲットにされるかもしれないでしょ。だったら、仲間といる方が安心できるよ」
「むぅ、そういわれると反論の余地がないね。仲間になってくれるのならうれしいよ」
真見は納得したのか、あっさりと俺の申し出を受け入れた。
もちろん、黒子もだ。
「誠司殿、あなたの申し出に感謝する」
これで俺も真見と黒子の仲間になれた気がする。
何というかとんでもない秘密を共有出来て、とてもわくわくしてしまう。
呪いを祓って、秘密を暴き、悪人を懲らしめる。
漫画とかのヒーローのチームみたいだ。
「そういえば、このチームの名前はあるの?」
「チームの名前? 必要?」
「特に決めておらぬが、二人で行動していたのもあり、名付けは全く考えていなかった」
真見と黒子がともに名前なんて全く興味がありません。みたいなことを言う。
その反応に、俺は逆に驚いた。
「えっと、呪いに自分たちを見つけさせたいんだよね?」
「うん」
「今までそのために呪いを祓ってきたんだよね?」
「うん、誠司君で5人目だよ」
「それ、誰がやったかを呪いの主に認識させないと、真見さんを探しようがなくない? お父さんの場合は、警察官ってはっきりしていたから狙われたんだろうけど、現状学生が誰にも気づかれずヒーロー活動しているだけな気がするんだけど……」
「「……あ」」
真見と黒子がようやく自分たちのミスに気付いたのか、冷や汗をかきながら固まった。
五人も助けてきたのに、そのことを敵に認識されていないのなら、全くお父さんに近づけていない。
やっぱり、この二人は自分のことより他人のことを助けたいって思っているお人よしなんだ。
「……笑わないで。マジで気が付かなかったの」
「面目ない……」
「あはは、違う違う。二人が良い奴だなって改めて思っただけだから」
だって、自分たちの復讐とかよりも、誰かを助けることに必死になっていたってことだから、俺以上にお人よしだ。
こうして、俺たちは急遽自分たちのチーム名を決めることになった。
人の心を蝕む呪いを祓い、悪人の悪事を暴き流出させる。
そんな探偵と正義のインフルエンサーとしての名前。
「裏垢流出炎上チャンネル」
そんな俺のつぶやきが採用された。




