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呪いの核

 翌日、学校に遅めに登校すると、校門近くで待ち構えていた野切たちが俺を見かけた瞬間に掴みかかってきた。


「天原! てめえ何をしやがった!?」

「何!? いきなりどうしたの!?」


 野切が俺の胸元を掴みながら、人気のない倉庫の裏へと連れていく。

 もちろん、俺は何が起きたのかは知っている。

 俺たちが昨日作った予告状が、先ほど野切の名義で学校中の生徒や先生にばらまかれたからだ。


「この脅迫状書いたのお前だろ! 何が野切のいじめの証拠はスマホをハッキングして手に入れた。証拠を流されたくなければ、今まで脅して盗んだ金を被害者に返して謝れって、お前以外に誰がいるんだよ!?」

「知らないよ!?」

「そうかよ。本当のことを言わないのなら、また体に聞いてやる」


 野切が仲間に俺の口をふさぐよう言って、俺は口をふさがれ、手を動かせないよう羽交い絞めにされる。

 だが、野切の拳は放たれることはなく、俺を羽交い絞めにしていたいじめっ子二人も手をほどいた。


「おはよう天原君。って、あれ? 何してるの? ごめーん、邪魔しちゃった?」


 棒読みの真美がものすごく酷い三文芝居でやってきた。

 偶然を装って見かけてしまったという演技なのだが、全くそう見えない。

 全く感情のこもっていない棒読みはいくら頑張っても直らなかったらしい。

 だけど、それでも野切たちのいじめは止まった。


「あぁ、ごめんね。ちょっと天原君と内緒話がしたくてさ。恋愛相談的な?」


 俺をいじめている姿を誰かに見られたら困る。

 特に告発するような予告状がばらまかれているのだから、なおさらだろう。

 そう思っているであろう野切たちは、笑顔で俺を殴ろうとしていたことを誤魔化そうとしていた。


「あぁ、なるほど。いやー、こんな予告状が流れていたから、てっきり現場を見ちゃったかなって思ったよー。天原の制服の胸元しわだらけになってるしねー。先生とか警察に証人として証言しないといけないかと思ったよー」

「そんな訳ないだろ。ははは」

「そうか。誤解かー。なら、先生たちにも説明すると良いと思うよー。さっきの怒鳴り声を聞いた生徒が何人かいるから、先生にちくってるかもねー」


 真見の言葉に野切たちが息を飲む。


「いや、それは誤解で!」

「へぇー、それじゃあ、さっき聞こえてたこれも誤解かな? これがネットに流れたら先生と警察も動くと思うよ?」


 真見はそういうとスマホから、さっき野切の放った脅し文句を再生する。

 もちろん、さっきの脅し文句自体が決定的な証拠にはならないと分かっている。

 けれど、少しでも『もしかしたら?』と思わせれば十分なんだ。


「それはその……天原君が俺たちを陥れようとしたと思ったから。そう、俺たちは被害者なんだよ!」


 野切は明らかに焦っている。

 ただでさえ予告状によって俺が何かを掴んでいるかもしれないという不安を抱き、真見の登場で誰かに声を聞かれたことに不安を抱き、先生や親がいろいろと聞き取りを始めるのではないかと不安を抱いているのだろう。

 誰かが隠していた黒い証拠を手に入れて、流しているかもしれないと。


「誠司殿、真見、呪いの主が揺らいだ。今なら祓える」


 黒子からのお墨付きも出た。

 真見もうなずいた。なら、もう行くしかない。


「黒子、お願い」

「承知。呪いの世界に踏み込むぞ」


 黒子の言葉とともに、俺たちの目の前の景色が黒く塗りつぶされていく。



 そして、次第にゲームセンターのキラキラとした光が現れ、様々なゲームの筐体が現れる。

 もちろん、呪いの世界らしく、呪魔である鬼たちも姿を見せ始める。

 また戻ってきたんだ。野切のかけた呪いの世界に。

 けど、昨日とは違う。俺はちゃんと最初から投影体の姿になっている。

 よし、これなら戦える。


「閻魔野切はスタッフルームにまだいるかな?」

「うん、私たちを待ち受けているはず。ホームズの勘もそう囁いてる」


 いちいち探す手間が省けた。

 今度は一直線にスタッフルームを目指せばいい。


「だが、ゆめゆめ油断なされるな。こちらは予告状で宣戦布告をしておる。おかげで呪魔どもが最初から警戒態勢だ」

「確かにゲームを遊んでいたはずの鬼が武器を片手に全員何か探してる。って、あれ? 今の声は黒子?」


 黒子の言う通り周りを見渡せば、武器を持った鬼が俺たちを探しているのか、パトロールをしている。

 とはいえ、肝心の黒子の姿が見当たらない。


「誠司殿、足元を見てみろ」

「足元? うわっ!? 狼!?」

「これが私の投影体だ」


 俺の足元に銀色の毛におおわれた巨大な狼がいた。口は刀を咥えており、四本足にもそれぞれ鞘に入った刀が備えられている。

 その風貌はどことなく忍者っぽい。


「拙者の投影体は召喚型でな。武器を身に着ける誠司殿たちと違って本体がいなくとも動けるのだ」

「な、なるほど。というか、黒子も投影体で戦えるのなら、何で昨日は成家さんと一緒に助けに来てくれなかったの?」

「誠司殿とは別に呪われている者がおった故、そちらの対処をしておった。ここ最近は強い呪いが多くてな」

「そっか。俺以外にも呪われた人がいるんだ。この呪いが解けたら、今度はその人の呪いを祓いにいこう」

「ありがたい。誠司殿に助力いただければ百人力だ」


 刃を携えた黒子の銀狼姿に最初は驚いたけど、黒の柴犬よりよっぽど似合っている。

 それにしても、こんな危ない呪いが俺の他にもかけられているなんて、思ったより呪いで命を落とす人は多いのかも。

 こんな訳の分からない世界に飛ばされて、呪いの魔物に殺されるのが人生の最後なんて、死んでも死にきれない。

 だから、何としても生き残らないと。


「俺の方こそ成家さん、黒子、力を貸して」

「任せて」

「承知。参る」


 こうして、俺たちは鬼の監視網を潜り抜けながら、ゲームセンターの奥へと向かう。

 だが、そう簡単に奥のスタッフルームにはいけなかった。

 前回は鬼たちがゲームに夢中で俺たちのことを気にも留めていなかったのに、今回は俺たちを全員で探しているのだから。

 おかげで、通路がふさがれて、簡単に通り抜けることが出来ない。

 俺たちは今ゲームの筐体の陰に隠れて、次のゲームの筐体の列まで進みたいのに、ゲームの筐体を挟んで反対側に鬼がいる。

 しかも、厄介なことに手に持っているのは角笛だ。

 俺たちが飛び出せば気づかれて、仲間を呼ばれてしまうだろう。


「あの鬼、なかなか違うところに行かないね。どうする成家さん」

「あの鬼は動く気配がないみたい。視線や姿勢の重心を見る限り、鬼の形をした監視カメラ兼警報装置ってところかも」

「となると、無視して先へ行くのも、倒しても、敵に俺たちの位置がばれるってことか」


 厄介だな。俺たちは黒子が仲間になって3人になったとはいえ、敵の方は何百体といるかもしれない。

 野切閻魔を倒す前に体力が減らす訳にいかないし。


「となれば、拙者の出番だ」


 俺と真美がどうしようか悩んでいると、黒子が策を提示してきた。


「私があの角笛を落とす。その隙に誠司殿と真見は本体を倒すのだ」

「分かった。いつものだね」


 って、成家さん、お願いだから説明をしてよ!?

 そう言おうとした時には、黒子が投影体のスキルを解放していた。


「黒子が陰に潜った?」


 黒子が水に潜るかのように、ゲーム筐体の影に沈み込んだ。

 そして、黒い影がゆらゆらと地面を這い、角笛を持った鬼の後ろ側へと回り込む。


「影切」


 影の中から銀狼が飛び出し、刀による黒い一閃が鬼の腕を断ち切る。

 その瞬間、真見が飛び出し、俺もそれに続く。


「敵――」


 鬼が声を上げようとした。その瞬間、鬼の喉に真見の杖が突き刺さる。

 その衝撃で顔をはね上げた鬼の首に向かって、俺は刃を振るった。


「鮮やかなお手並み。誠司殿、投影体使いになられて二日目とは思えない戦いぶりだ」

「黒子の方こそ、影に潜って敵の背後をとるなんてすごいよ」

「私はこう見えても忍の力を持つ狼である故な。影に潜み奇襲を仕掛けるのが得意なのだ」


 それが黒子の持つ投影体の力なのか。

 人によって投影体の力は全然違っていて、それぞれ得意なことが全然違うんだ。

 様々な情報を分析する探偵のような真見、影に潜み奇襲をかける忍びのような黒子、そして俺は能力を集める謎の力。

 これだけの力があれば警備をかいくぐって突破できそうだ。


「成家さんが敵の少ないルートを構築して、黒子が奇襲をかけて、俺が速攻でとどめを刺す。こんな感じでいけそうだね」

「それが最も効率的だね。なら私が先頭で進むからはぐれないように」

「その策でいこう。では、真見頼むぞ」


 俺の提案に二人が同意してくれて、少し回り道もしたけれど敵に気づかれることなくスタフルームの扉をくぐることが出来た。


 スタッフルームの扉をくぐれば、やはり何も置かれていないただただ広い部屋がある。

 そして、その奥には呪いの主である野切閻魔がいた部屋に続く扉があった。

 その扉を開けると――。


「アアアアアアア!? 何でだ!? 何でこの俺が疑われないとならねえええええ!」


 頭をかきむしって叫ぶ野切がいた。


「証拠は完璧に消した! 念のためファイルもラインのグループも削除もした! それなのに、そんな目で見るな高田! 木戸! てめえらが先生と両親にちくったのか!?」


 野切の正面に並べられた大量のモニターには、俺をいじめていた残りの二人、高田と木戸が不安そうな表情で野切を見つめる様子だった。

 そして、それだけではない。黒子が野切のスマホに侵入して作り出した偽の両親からのメッセージや先生からのメッセージが映し出されている。

 偽物ではあっても、守ってくれると信じていた人たちからの疑いの目が向けられて動揺しているのは間違いない。


「天原ぁ! 成家ぇ! てめえらが余計なことを言わなければあああああああ!」


 そして、俺たちに気づいた野切が振り向く。

 その顔は怒りの炎が燃え上がっているのか、真っ赤になっている。

 まだ閻魔の姿をしていないのに、既に鬼のようになっていた。


「うん、あのいら立ち様、狙い通り不安を抱えているね。これなら攻撃が通るはず」

「だが、この呪いの主はなかなかの力を備えておる。油断するな」


 真見と黒子がすかさず臨戦態勢に入り、俺も刀と拳銃を構える。

 そして、こっちの世界でも宣戦布告の予告を出してやる。


「俺たちは何も余計なことをしてないよ野切。全部お前の自業自得だ」

「ふざけるな! てめえなんて屑が俺様に逆らった時点で間違ってるんだよ!」

「今すぐみんなに謝れば、まだ罪は自分だけで償える。自分の間違いを認めて謝れ野切」

「違う! 俺は何も間違ってない! 弱い奴が俺に歯向かうのが間違ってるんだよ!」

「なら、お前の悪事は俺が全部ばらす! 裁かれるのはお前だ!」


 激昂した野切の体が膨れ上がり、炎の衣をまとった閻魔に姿を変える。

 やはり、話し合いで解決は出来なかった。

 こいつを倒さないと俺にかけられた呪いはとけないんだ。


「天原ァァ!」

「野切! お前は絶対に倒す! お前を守ってくれる人はもういない!」


 だから、俺はためらいなく雷を帯びる銃の引き金を引いた。

 すると、炎とともに真っ赤な血が飛び散る。

 解き放たれた雷の弾丸が野切閻魔を貫いたのだ。

 もう野切閻魔は無敵ではなくなった。


「は? 何で俺の体に血が?」

「天原君、黒子、野切の無敵スキルがなくなったおかげで弱点が分かった。そいつの弱点は首だよ。首を切り落とせばこの呪いは祓える!」


 攻撃が効くと分かった瞬間、真見と黒子が左右に分かれて、野切閻魔の足に向かって攻撃を始める。

 真見は拳銃を撃ち、黒子は無数の手裏剣を投げつける。

 その攻撃が野切閻魔の足を折った。


「拙者と真見で動きを止め続ける。誠司殿がその呪いに引導を渡すのだ」

「くそ! くそくそくそ! なんの力もないお前たちにやられる訳があああああ!」


 だが、野切閻魔は立てないながらも炎のシャクをぶんぶん振り回し、必死に抵抗する。

 部屋中に炎がばらまかれ、激しく火の手が上がる。

 その炎に囲まれて、真見と黒子は身動きが取れなくなっていた。


「くっ、昨日より炎が強い!? 天原君大丈夫!?」

「何という炎! これでは影に潜れぬ。誠司殿! 無事か!?」


 俺も何とか無事だけど、野切閻魔が目の前にいて、周りが炎に囲まれている。

 どうやら二人は助けに来られない。

 俺は炎に囲まれた不利な条件で、野切閻魔と一対一の状態になっている。

 しかも、厄介なことに攻撃で折ったはずの足が再生し、立ち上がっている。

 無敵ではなくとも再生能力が恐ろしく高い。どこまでも厄介な奴だ。


「はは、ハハハ! どうだ天原! これでお前たちは焼け死ぬ! 土下座すれば許してやるよ! 焼き土下座だ! あーはっはっは!」

「お前みたいなのに従う訳ないだろ。今までいろいろな人の気持ちを踏みにじってきた痛みを今度はお前が知るんだ!」


 俺には怯んでいる暇も、二人が助けてくれることを祈る暇もない。

 今ここで倒すために、俺は勇気を振り絞って剣と拳銃を構える。


「無駄無駄無駄ぁ! その拳銃じゃ、どれだけ威力があっても俺の首は落とせねえ! その刀で首を切ろうとしても、俺の炎がお前を焼き払う!」


 野切閻魔の言う通り、雷の力を宿した弾丸は高威力だけど、ただ貫くだけだ。

 首を落とすには至らない。

 刀で切り込もうにも、近づく最中に炎で吹き飛ばされるだろう。

 いや、そもそも身長差がありすぎて、刀が首に届かないんだ。

 だから、遠距離攻撃も近距離攻撃も有効打は与えられない。

 悔しいけど、野切の言うことは正しい。


「それでも手がないわけじゃない!」

「まだ強がりを言えるのか。天原のくせに生意気だ!」

「強がりなんかじゃない! 仁王!」


 俺は雷を宿す拳銃を構え、引き金を引いた。

 だが、野切に向かって放ったのではない。

 自分の背後に強力な一撃を放ったんだ。


「はっ! そんな弾丸、いくら打ち込まれようが再生して――ばかなっ!?」


 俺は雷のような速度で宙を飛び、一気に野切閻魔の首元へと跳躍した。

 俺は仁王の力を借りた弾丸を自分の背後に向けて撃ったその反動を利用して、雷のような速度で野切閻魔の目の前まで飛んだのだ。


 自分は無敵であり、小さい弱い人の力は決して自分に届くことはないと驕っていたその無策さに、俺の全力を叩きこむ。


「罪を償え野切!」

「やめ! やめろおおおおお!」


 野切が叫ぶ。

 だが、俺はその声を無視して刀を力いっぱい振るった。

 刀が青く輝き、振り抜いた瞬間竜の咆哮のような音がする。

 そして、竜に首を食い破られたかのように、野切閻魔の巨大な首が跳ね飛ばされた。



 野切閻魔を倒すとあたり一面を覆っていた炎が一斉に消える。

 部屋の中は煤で真っ黒となり、落ちていた玩具や壁に無数に置かれたモニターも全て焼き尽くされていた。

 証拠は全部消した。野切の呪いが言っていた最後の抵抗が生んだ心理世界なのだろうか。


「全部焼けたんだけど……証拠は残ってるのかな?」

「出てきた。野切の呪いの核だ」

「え? 全部焼けたはずじゃ?」


 俺の不安の言葉に対して、真見は部屋の奥の壁を指さした。

 焼かれて壊れたモニターしか並んでいないはずの壁が崩れ、中から白く輝く光の玉が転がり出てくる。


「天原君、スマホを光の中に入れてみて」

「うん」


 真見に言われた通りスマホを光の中に入れると、野切たちがおこなってきた様々ないじめの動画がスマホの画面に流れ始めた。

 俺だけじゃなくて、俺の前にいじめられていた人たちの全ての記録が再生されては、光の粒になって宙へ飛んでいく。


「これで野切の呪いは本人に戻された。罪の証拠を周囲にばらまきながらね」

「というと?」

「野切のスマホからあいつの登録している全ての連絡先に、すべてのSNSに、今手に入れたいじめの証拠が全部流されたのよ。もう言い逃れは出来ない」


 クラスメイトだけじゃない。学校の先生や、親、ネットで知り合った人全てに野切の悪行が拡散していったらしい。

 これで野切は自分の間違いを誤魔化せなくなって、罪を償うしかなくなった。

 もういじめられることも、呪いで殺されることもないんだ。

 助かった――。と思った瞬間、急に地面が揺れた!?


「呪いの世界で地震!? まだ敵がいるの!?」

「いや、呪いが消えたからこの世界が消えようとしているの。巻き込まれて一緒に消える前に脱出だよ」

「そういう大事なことは先に言って!?」

「何かすごく感慨深そうにしていたから邪魔しちゃいけないと思って」

「気遣い下手か!? せっかく勝ったのに、世界の崩壊に巻き込まれて消えるなんてごめんだよ!?」


 こうして、俺たちは何とか現実世界に戻ることが出来たのだった。


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