スキル
真見は出来る限り物陰に隠れて、ゲームセンターを進んでいた。
投影体の力があれば呪魔の鬼を倒せるのに、出来る限り戦闘を避けているらしい。
「呪魔を倒して進んじゃダメなの? 投影体の力があれば倒せるよね?」
「投影体の力があれば、この程度の呪魔はすぐ倒せる。ただ、問題なのは呪魔がこちらの存在に気付くと、呪いの警戒が厳しくなるの」
「今、ゲームで遊んでいる呪魔が俺たちを探しに来るってこと?」
「そうだね。さすがに数が多いと倒すのも面倒。でも、それ以上に困ることが、呪いの主が倒されることを警戒して、姿を隠して引きこもることや、呪層空間自体を一時的に消滅させることもある」
「え、ちょっと待って。呪層空間が消えたら、今現実で死にかけている俺はどうなるの?」
現実の俺の体は呪いのせいで、電車に飛び込む最後の一押しをされている最中だ。
このまま現実世界に戻されれば、俺は電車にひかれて死ぬ。
「大丈夫。呪いが不発ならギリギリ踏みとどまれる。大事なのは……気合だよ!」
「気合なの!?」
「うん、気合よ。死ぬ気で踏ん張って。普通に呪いの主を倒せたとしても油断しないで」
「……急に不安になってきた」
投影体の力を手に入れたからって大暴れしたら呪いに逃げられた挙句、突然現実に戻され死にかけるかもしれない。
呪いが完全に発動しなくても死ぬかもしれない。
だから、真見は戦闘を避けてくれているのだ。俺一人だったら知らずに危ない目にあっていたかも。
「こそこそしている理由はそんなところだよ。この世界で戦っている瞬間に現実に戻されたら、踏ん張れる状態じゃないと思うから」
「刀を振ろうとと飛び出したら思ったら、その勢いで線路に飛び込むってこと? ……おっけー、出来る限りステルスで行こう」
本当に油断できない。
俺も姿勢を低くして、出来るだけ物音を立てないように真見の後をついていく。
そうしてしばらくすると、なんとなく真見がどこに向かっているのかが分かってきた。
真見はゲームセンターの奥へと向かっているらしい。
どうやらゲーム機が置いてあるゲームフロアではなく、店の奥にあるスタッフルームに目星をつけているようだ。
「スタッフルームに向かってるの?」
「うん。安直な推理だけど、ゲームセンターにいる呪いの主にふさわしい場所はやはり店長室だと思う。店長は店の主だからね」
安直とは言うけれど、やみくもに探すよりはずっと良い。
ただ、唯一問題があるとすれば、そのスタッフルームの前に二体の呪魔の鬼がいることだ。
しかも、他の鬼と違って羽衣を着て、上下に刃をつけた槍を持っている。
そして、何より他の鬼と比べて明らかに一回り、いや二回りは大きい。
鬼というより仁王像みたいだ。
「あの扉の奥に守らないといけないものがある、と言っているようなものだね。あの呪魔は強敵だと思うけど戦えそう?」
「うん。でも、仲間を呼ばれる前に仕留める必要があるんだね?」
「あれ? 私の説明いらなかった。天原君随分慣れてない? 初めて呪層現実に来たとは思えないんだけど」
「あはは……似たようなシチュエーションはゲームと漫画と妄想で予習済みだから」
それがまさか自分の生死をかけた状況で、役に立つとは思わなかったけど。
「なるほど。なら一つだけ約束しよっか。ゲームと違って死んだら終わりだよ。死にそうになったらすぐ逃げる。大丈夫?」
真見の問いに俺がうなずくと、真見はフッと笑い仁王像のような鬼に向かって飛び出した。
同時に俺も拳銃と刀を構えて飛び出す。
すると、二体の仁王鬼もこちらに気づいて槍を構えた。
「天原君、右は任せるよ!」
「任せて!」
鬼たちが攻撃をするよりも早く、俺たちは弾丸を放つ。
俺と真見が放った二発の弾丸が二体の仁王鬼の頭を同時に射抜く。
「「天原アアアア!」」
仁王鬼の頭に弾丸が命中し、半分を吹き飛ばされて尚、雷の轟音のような咆哮をあげる。
いや、咆哮だけじゃない。
鬼が手に持っている槍がバチバチと音を立てながら青い稲妻を放っている。
仁王像の持つ金剛杵は雷を放つと言われている。
この仁王鬼たちはただ仁王像を真似ているだけではなかった。
神である仁王そのものの力を持っていたんだ。
「何でもありかよ!? 頭吹っ飛ばされて生きてる上に、魔法まで使うのか!?」
「上級呪魔の使う呪術だよ!? ここまで強い呪いだなんて!? 避けて天原君!」
真見の言葉でとっさに横へ飛ぶと、俺の横をものすごい勢いで雷が横切った。
雷は床を抉り、ゲームの筐体を次々と破壊していき、黒煙が一帯を隠すほどの破壊が起きた。
明らかに最初に襲ってきた鬼とは強さの桁が違う。
「「投影体使いは殺す」」
二体の仁王鬼が殺意を改めて俺に向ける。
俺が手に入れた投影体の力があっても、当たれば確実に殺されるほど強い呪いの力だと直観がささやく。
正直に言って滅茶苦茶怖い。けれど、それよりももっと怖いのは、野切たちの言いなりになり続ける毎日だ。
「殺されてたまるか!」
「天原君!?」
俺は恐怖を打ち払うように、迷いなく真っすぐ仁王鬼に向かって走り出した。
仁王鬼の投げた槍が戻ってくる前に速攻で仕留めるために。
「天原ァアアア!」
仁王鬼が吠え、雷を帯びた丸太のように太い腕が振り下ろされた。
格好よく突っ込んだ手前言うのは恥ずかしいけど、やっぱり怖い。とても怖い。
でも、俺の中の魂と心が戦えと叫ぶんだ。
野切のいじめと戦って、勝てって。
「俺はもうお前の言いなりにならない!」
俺は仁王鬼の腕を寸でのところでかいくぐり、一気に懐へと飛び込む。
その瞬間刀を思いっきり振り抜き、仁王鬼の首を刎ねた。
「これで一体!」
首を落とされた仁王鬼の体が霧散して、刀に吸われていく。
どうやら、ちゃんと止めを刺せたらしい。
「天原君まだ! もう一体が呪法で君を狙っている!」
真見の声に視線をもう一体の仁王鬼へと向ける。
そこには満身創痍になりながらも、雷を帯びた槍を構えた仁王鬼がいた。
仁王鬼は片膝をつき血まみれになっていて、今にも崩れ落ちそうな見た目をしているが、最後の力を振り絞って俺を殺すつもりらしい。
俺の銃弾ではあの雷を止めることは到底出来ない。
でも、少しでも仁王鬼の腕をそらすことが出来れば、敵の攻撃を外せるはず。
「これでどうにかなってくれ……え?」
そう思った瞬間、急に時がゆっくり流れ始めたような錯覚に陥った。
(神仏の守護者たる俺様が呪いの力にされているとは情けない。小僧、俺様を呪いから解き放った褒美に、俺様の力を貸してやる)
意味が分からないはずの言葉なのに、何をすれば良いかは体が知っていた。
気づけば俺は青白い炎が灯った銃を構え、仁王鬼の胸を狙っている。
「仁王!」
そして、先ほど倒したはずの呪いの名を叫ぶ。
すると、青白い炎が仁王像の姿へと変わって拳銃に宿り、銃口がバチバチと音を立てながら放電を始めた。
そして、拳銃の引き金を引いた瞬間、腕が吹き飛んだかのような衝撃とともに青い閃光が放たれた。
「天原アアア許さね――」
放たれた閃光は仁王鬼を飲み込み、断末魔すらかき消すほどの轟音を鳴らし、跡形もなく仁王鬼を消し去った。
「天原君、今一体何をしたの!?」
真見は何が起きたか理解できないようで、慌てながら駆け寄ってきた。
とはいえ、何をしたと言われても、俺自身よくわかっていない。
「何か仁王の力が宿った気がして……同じ技を使えたみたい」
「宿った気がしてって!? 呪いは人を呪い殺す悪意だよ。私たちの使っている投影体とは正反対の力で、本来どちらも使えるものじゃないらしいんだけど!?」
真見は困惑しながら俺の武器を見つめていると、何か答えを見つけたのか小さくうなずいた。
「ホームズの能力でも情報が少なすぎて確定できない。でも、分かることは一つだけある。君の投影体の能力は倒した呪魔の力を取り込んで、自分の技に出来るんだと思う」
「投影体のスキル? へぇ、ますますゲームっぽい。真見さんのもスキルがあるの?」
「私のスキルはホームズって呼んでるんだけど、様々な推理をして、真実を導く力があるの。何というか常にAIが補助してくれるというか、ずっと情報を頭の中でお喋りしてくれるような感じ」
「へぇ、でもそうなると俺の憧れは刀と拳銃と侍? うーん、漫画の影響をいろいろ受けた結果のごちゃ混ぜって感じだから……何だろうなこれ?」
その人の憧れが形をとったものが投影体だというのなら、俺のはごちゃごちゃしすぎて統一感がない。
逆に言えばごちゃごちゃしているから、なんでも取り込めるということになるのだろうか。
「良く分からないけど、とりあえず便利なスキルだよね? 戦えば戦うほど強くなるみたいな感じで」
「そうだね。私は戦闘よりも人探しの力が欲しかったから、天原君より戦いに向いてないけど、天原君はいじめと戦うために目覚めた力だから戦闘向きなのかな?」
同じ投影体でも人によって見た目だけでなく、力の方向性も変わるらしい。
俺は野切たちを許さない、倒すって思ったから戦闘タイプの投影体が生まれたんだろうか。
「でも、私だって経験の差がある分、簡単に天原君には抜かされないけどね!」
「成家さんって負けず嫌いって言われるでしょ?」
「どうして分かったの?」
今の一言で十分わかる。
なんてとても言えないから真見の投影体の力を借りて、こう言おう。
「初歩的な推理だよ。ワトソン君」
「それ私の決め台詞! 私がホームズなんだから!」
真見がぷくーっと頬を膨らませる様子がおかしくて、俺はフフっと小さく笑う。
真見ともう少し、早く出会いたかったな。
そうしたら、野切たちと一緒にいることはなかったのに。
「って、やばいよ成家さん! 鬼が騒ぎに気付いてこっちに向かってきてる」
「おっと、門番も倒したし、見つかる前に奥へ急ごう」




