呪いの始まり
とある高校の校舎の隅、カーテンが締め切られた部屋がある。
廊下も含めて人気はなく、ここだけ世界から切り抜かれたかのようにシンと静まり返っている。
そんな不気味な教室へ、俺はとある3人組のいじめグループに呼び出された。
部屋に入ると、3人のいじめっ子から俺を見下しきったニヤニヤした目が向けられる。
「よく来たな天原。早速で悪いんだけど金貸してくれよ」
「俺たち今月金なくてさあ。困ってるんだよ」
「友達なら貸してくれるよなぁ?」
断っておくが、彼らを友達として認識したことは一度もない。
でも、断れない。
断ればどうなるかは何度も経験してきたから。
それでも、今回ばかりは断らないとダメなんだ。
「……先週一万円も貸したんだよ?」
「いやさぁ、先週の新ガチャで爆死したから、ほら今週の新ガチャが回せないんだよ」
「そんなこと言われても……うわっ」
鈍い痛みが膝の裏に走り、たまらず崩れ落ちた。
断ろうとしたらやっぱり蹴られた。やっぱり俺は彼らに逆らえないのか。
地べたに這いつくばり、許しを乞うような姿の俺の頭を、リーダー格の野切が掴んできた。
抵抗したい。けど、抵抗したらもっと殴られる。
「本当にお金がないんだよ」
「金がないなら、爺さんの財布から魔法のカードの番号をメモすれば良いって教えただろ? カバンの中にちゃあんと入っているか確認してやれ」
野切の命令で、他の二人が俺のカバンを勝手に物色し始める。
カバンの中から財布を引き抜かれて、中身を広げられると、なけなしの千円札を取られて、小銭入れまでひっくり返された。
「マジでシケてやがる。千円ぽっちしか入ってねえじゃねえか」
「野切、こいつクレカ持ってきてねえぞ。番号書いたメモもねえわ」
当たり前だ。爺さんのクレジットカードをこいつらに渡したら、どんなひどい目に合うか簡単に予想がつく。
こんな奴らのいじめに爺さんだけは巻き込めない。
俺が痛い目を見るだけで済むなら、俺が我慢すればいいんだ。
「おい天原。せっかく金がなくても済む方法を教えてやったのに、何で俺たちの協力を無下にするかな? 誰のおかげでお前が万引き犯にならなくて済んだと思ってるんだ?」
野切の俺の頭を掴む手に力が入る。
一瞬の痛みが走ったけれど、なぜか野切はすぐに手を離した。
「だが、俺たちは心が広いからな。許してやるよ」
いつもと違う。いつもならボコボコにされるのに、殴られていない。
さすがにクレジットカードを奪うのはやり過ぎだと思ってくれたのだろうか。
そんな希望を抱いた瞬間だった。
「忘れたなら仕方ない。お前ら、もう一度体にも教えてやれ」
「げほっ!?」
俺は痛みと息苦しさで思わずせき込んだ。
野切の命令で、残りの二人が俺の鳩尾に拳を放ったせいだ。
「安心しろよ。顔は殴らないからさ」
「顔とか手足みたいに目立つところに傷がついたら困るからな」
そう言いながら二人はドスドスと俺の腹を殴り続ける。
「良いコンビネーションだ二人とも。録画しとくから後でフォームを確認しようぜ」
野切はいつの間にかスマホを取り出し、薄ら笑いを浮かべながら殴られる俺を録画していた。
「ほら、クレジットカードそのものを持って来られないなら、爺さんの財布からクレジットカードの番号を控えて、番号を教えてくれればいいだけだ」
「うっ……げほっ」
「安心しろよ。ちゃんと返すからさ。知ってるだろ? 俺の家は医者で金持ちだから、ちゃんと返せるってさ」
そんなこと嘘だって知っている。
けれど、野切の厄介なところはそこなんだ。
金持ちの医者の息子、成績優秀、表向きには品行方正、多くの人に慕われており、先生からの評価も高い。
俺が何を言おうとも、嘘つきだと処理されるのがオチだった。
なんでそんなことが分かるかって? 既に先生に告発はしたからさ。
その結果はたったの一言、「野切がそんなことをする訳がない」だった。
そんな風に大人は何も知ろうとしない。面倒ごとには関わりたくないから一言で切り捨ててくる。
だから、俺はもう諦めみたいな気持ちに支配されていた。
そんな俺でも、爺さんを巻き込んでしまうことだけは出来ないから、精一杯の勇気をふり絞った。
「……嫌だ。爺さんだけは巻き込まない」
「はぁー……。格好いいこと言うじゃねぇか。そんなに嫌なら金も返すよ」
俺の言葉に野切は深い溜息をつく。
そして、俺の精一杯の勇気なんて全く気にしてないように、呆れ切った表情で俺を見下してきた。
「お前が死んだ後に香典にしてな」
「おえっ」
野切の蹴りが深く腹に突き刺さり、胃の中身がひっくり返されたかと思うほどの衝撃があった。
「いっちょ前に格好つけてるんじゃねぇよ。クソ雑魚ナメクジが! 明日金を持ってこなかったら今日以上に痛い目にあわせるからな」
野切はそう言いながら、何度も俺の腹を蹴り続けた。
その様子を残りの二人がげらげら笑いながら、スマホで俺を録画し続けていた。
そんな自分があまりにもみじめで情けなくて、俺は死にたくなった。




