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明日を生きる

 現実世界に戻った途端、俺は意識をはっきりと取り戻した。

 ここが東宮の所属している事務所の一室なのも分かるし、手足もしっかり感覚がある。

 さっきの感覚は一体なんだったんだろうか? 何というか全部出し切って、体力切れになったような感覚に近い感じだったような。


「「誠司君大丈夫!?」」


 真見と東宮の二人からずいっと前のめりに心配されて、意識も現実に引き戻される。


「だ、大丈夫。二人ともありがとう。何か現実に戻ったら急に体力が戻ったみたい」


 まるで何事もなかったかのように平然と立っていられる。

 多少引っ掛かることはあるけど、今はそんなことよりも大切なことがある。


「小此木さん、このメールは説明してもらえるんでしょうかね?」


 社長がドスの効いた低い声で小此木に詰め寄る。

 社長が言ったのと同じメールが東宮をはじめ、俺たち全員の手元に表示されるのを見て、俺たちは呪い返しが発生したことを確信した。

 そこには小此木が東宮の商談のやり取りがすべて記録されており、ハッキリと小此木に対してキックバックの報奨金額まで書かれている。

 さらには、グラビアやアダルト業界への女性の紹介と報酬金額も併せて記載されている上、金銭の流れが口座情報つきで拡散されている。

 また、大物監督への枕営業を指示する音声や、監督への女性斡旋をにおわせる証言と優先的に小此木と仕事をすることを示唆する返事も流出しており、小此木のおこなった悪事のすべてが闇から表に出た。

 その膨大な量に俺は血の気が引くほど驚いたが、それ以上に小此木は顔から血液が全て身体の方に落ちたんじゃないかと思うほど顔面蒼白となって震えている。


「何かの間違いです。私をおとしいれるために誰かが仕組んだデマですよ。今すぐ調べてきますので失礼します」


 そして、小此木は落ち着いた声と対象に慌てふためいて扉に向かって走り出す。

 この情況で逃げるつもりか!? 

 俺は小此木を逃がしてはいけないと思って同時に扉に向かって走る。

 東宮に謝罪をまだしてもらっていない。

 それだけじゃなく、東宮がまだ言いたいことを言っていない。


「小此木さん! 待って! うわっ!?」

「うおっ!?」


 何とか扉をふさごうと飛び出したのは良いものの、足がもつれてそのまま小此木の背中に向かって俺は頭から突っ込むように転んだ。

 そして、小此木も受け身を取ることもできず、俺はそのまま倒れこんだ小此木の背中に顔面を強打した。マジで恰好がつかない。

 けれど、今は俺の恰好はどうでもいい。


「東宮さん、言いたいことはある?」


 前言撤回、格好悪いので東宮に顔は見せずに聞いた。

 すると、後ろで小さく息を吸い込む音が聞こえると――。


「あなたの脚本、つまらなかったけど最後はハッピーエンドなところだけは気に入ったわ」


 東宮の落ち着いた優しい声音による最大限の皮肉が飛んできた。

 その皮肉の一言で小此木から全身の力が抜けていくのを感じる。

 小此木に対してこれ以上ない屈辱の言葉だったのだろう。

 今まで積み上げてきた黒幕の成功者というストーリーが、この瞬間全て崩れ去って輝かしい未来が閉ざされたのだから。


「それと、社長、この人良い彼氏でしょ?」


 その設定まだ生きてたの!? というかこれに関しては意図が分からないよ!?

 さすがに驚いて振り向くと、東宮はふふんと勝ち誇ったように腕を組んでいた。

 真見も何でこっちをじっと見てくるのさ!?

 そんなこんなで小此木の悪事が暴かれた後、社長は関係者に連絡を取ると小此木を別部屋に閉じ込めて、俺たちは処分が決まった後に連絡するからと帰された。


「ここからは何もできなかった大人が自分たちで尻ぬぐいをするよ。東宮さんもみんなも守れるよう精一杯手を尽くすから今日は帰って」


 社長はそういうと頭を深々と下げた。そんな社長の態度でさっきの言葉は信頼できる気がして、俺たちは事務所を後にしたのだった。



 事務所を後にした俺たちはいつものファミレスに立ち寄り、今回の呪いの決着について話をすることになった。

 主な内容は俺が小此木の生み出したオーディション会場を焼き尽くし、作り変えた力について。

 真見が脱出中にホームズの力を使って、俺の身に何があったかを解析してくれたらしい。


「誠司君の憧憬顕現だけど、あの憧憬の世界を作り出すときにすごい炎を出したの覚えてる?」

「うん、何か全身燃える勢いで出た青い炎だよね?」

「そう。投影体の武器とか服とかもあの青い炎の中から生まれてくるんだけど、あの炎はホームズに言わせると私たちの魂とか精神のエネルギーなんだって。その魂のエネルギーが呪いの空間内に私たちの中に眠る憧れの力や形を投影して、形となったのが投影体なんだってさ」


 悪意の塊である呪いを払うのは、俺たちの生きるという意思や抗おうとする怒りが形となった武器だけ。

 ならば、今回俺が生み出したあの空間は一体なんなんだろう?


「悪意が積み重なってできた空間が呪層空間というのなら、誠司君の生きたい、理不尽な悪意に抗いたい怒りが生み出した空間が憧憬の世界なんだけど、何万人何十万人の悪意を塗り変えるほどの精神エネルギーを使うから、めちゃくちゃ疲れて倒れたみたい。身体本当に大丈夫?」


 真見が心配そうに尋ねてくる。けれど、身体に異常はなかった。

 自爆技みたいな一回限りの切り札を使った反動で倒れはするけど、あくまで呪いの世界限定な副作用らしい。現実世界に影響がないならここぞという時に使える。

 ただ、気楽に使えるものではないから、次使う時は気を付けないと。


「真見も黒子も知らなかった投影体の力がまだあるのかな? もっと他に使いやすいスキルみたいなのがあると心強いよね」

「分からない。ホームズが憧憬顕現自体はみんな使えるようになるって言っていたけど、他の力は教えてくれなかった」

「あったとしても手探りで見つけるしかないってことか」


 スキルツリーとかレベルとか分かりやすいものがあると助かるんだけど、そうはいかないみたいだ。

 とはいえ、呪いの主が強烈な呪いの空間を作っても切り抜けられることが分かっただけで、戦いやすさや安心感が全然違う。


「ふむ、誠司殿、真見、話の途中だが始まったぞ。ニュースを見ると良い。茜殿のところの社長はしっかり仕事をこなしたようだ」


 黒子が突然話に割って入り、スマホの画面にニュース配信を表示させる。

 そこには小此木流星の悪行がこれでもかと報じられており、彼と彼の周りで悪事を働いていた大人たちが一斉に捜査を受けることが報じられている。

 そこにはもちろん東宮茜も恋愛リアリティショーを通じて炎上させることで、彼女の業界内での印象を悪化させ、小此木に仕事確保を依存させ、東宮茜に興味を持った俳優へ売り渡そうとしていたメールの文章も含まれていた。

 これで東宮の炎上は小此木が仕組んだことで、東宮自身が炎上を起こそうと動いたのは出ないことが証明できる。


 同時にこれらの証拠の数々が公開されたことで、ネット上ではとんでもない炎上騒ぎが始まっていた。

 小此木から始まった炎上はテレビ局だけでなく、俳優や監督といった著名人も巻き込んで、芸能界の闇を全て焼いてあぶり出すような大騒ぎだ。


 呪いの返報はしっかりとなされた。

 ただ、そんなことよりももっと大事なことがあった。


「ねぇ、黒子。小此木がちゃんと炎上してるってことは、東宮さんの呪いはこれでなくなって、もう死なずに済んだってことだよね」

「うむ、呪層現実の反応も完全に消えた。茜殿の身の危険はこれで完全になくなった」

「良かった。これで全部元通り、東宮さんも女優の夢に向かって進めるってことだよね」

「うむ、茜殿の炎上も下火になっておる。愉快犯は残ろうが、本格的な炎上騒ぎを茜殿で起こすことはないだろう」


 黒子のお墨付きに俺は心底ほっとした。

 けれど、当の本人である東宮から俺たちはとんでもないことを言われてしまう。


「全部が元通りって訳にはいかないみたい。社長から連絡があって、テレビの仕事は全部なくなったって」

「え!? なんで!?」

「さすがに今回の大炎上の中心にいる人物だからね。必死に炎上を抑えたいテレビ局は、この事件を思い起こさせる私を使えないってこと」

「それじゃあ東宮さんの女優の夢は!?」

「当分はテレビドラマとか映画は出演できないから、数年は先延ばしかな」


 そんなのあんまりだ。東宮はとっくに大きな被害を受けたのに何でこれ以上苦しめるような仕打ちをするんだ。

 そう心が苦しくなったはずだった。

 けれど、そんな考えが一瞬で消えるほど、東宮は心底嬉しそうに笑っていた。

 演技ではない。等身大の子供っぽい無邪気な笑顔。

 それなのに、思わず見とれてしまう。人を引き付ける魔法のような振舞いに、俺たちは全員固まっていた。


「今回の事件で思い出したの。私小さいころ魔法使いになりたいって思って、魔法使いの映画に出演したいから女優を目指したこと。だから今はテレビ出演とか有名になりたいとかどうでもよくて、もう一度自分の演技を見つめなおす時間ができたから嬉しいし、楽しみなんだ」


 投影体は憧れが形になったもの。

 まさに東宮の魔女姿は、彼女が小さいころから抱いていた憧れそのものの姿だった訳だ。


「ということで、自分の演技の原点も見えたことだし、私もみんなと一緒に呪いを祓って、真見ちゃんのお父さんを探す手伝いをするね」

「「えっ!?」」


 東宮の提案に俺と真見が同時に驚く。

 どうして今の話からそうなったのか全く見当がつかない。

 真見はもちろん、黒子ですら少し困惑したように黙っている。


「私、そんなびっくりするようなこと言ったっけ?」

「俺が言うのもなんだけど、あんな怖い目に遭ったのに、他の呪いの世界に行くの怖くないの?」

「んー、怖いといえば怖かったけど、投影体を使って戦っている時って小さいころの魔法使いになる夢が叶ったみたいですごく楽しくて、現実では絶対にできない浮遊アクションとかを自分の思った通りにできるからすごく演技の勉強にもなるのよ。だから、投影体が使えるなら呪いの世界を渡るって良い経験値になるなって」

「なんかバトルジャンキーなキャラみたいなこと言ってる……」

「あはは、演技の幅を広げるためなら確かに何でもしたいって思っちゃうから、あながち間違いじゃないかも」


 そんな強い奴に会いに行くみたいなノリで、呪いの世界に入りたいと言うなんて、本当に筋金入りの演技好きなんだな。


「命を救ってくれた真見ちゃんに恩返ししたいってのもあるけど、後は誠司君のせいかな?」

「へ?」


 どうしてそこで俺が出る? それにどうしてそこで真見が前に身を乗り出すの!?


「誠司君が誰かを助けようとする姿を、もっと見てみたいって思ったからかな?」


 どういうことだろう? 何でそれが危険を冒してまで一緒に呪いを祓う理由になるんだ?

 そんな風に俺が困惑していると、東宮は苦笑いしながらうんうんと頷いた。


「真見ちゃん、これは苦労するよ」

「うん、さすがに今のは呆れる」


 そしてなぜか女子二人で分かりあっている。

 あれ、俺だけ置いてけぼりにされてる?


「な、なぁ、黒子。これってどういうこと?」

「拙者があれこれ口出しするのは無粋であろうことだ。誠司殿はそのままでよい」


 なんだか黒子も軽くあしらってくるし、もう一体なんなんだよ!?

 その後も一体どういう意味だったのか真見と東宮に聞こうとするも、軽くあしらわれた。

 そんなことよりも、呪いを打ち払った打ち上げを全力で楽しみたい。

 そんな東宮の意見に賛成して、俺たちはお腹いっぱいになるまで色々なものを食べて騒いだ。



 東宮の事件から数日後、俺たちの開設していた裏垢流出炎上チャンネルは事件を予言していたことで、ひっそりと話題になり始めていた。

 チャンネル主はテレビ局の関係者なのか、次に炎上するのは誰になるのか、こいつが悪事を働いているから証拠を流出させて欲しいとか、色々な憶測が書き込まれている。

 そんな中、俺たちは新たな予告動画を公開する。


「悪事の証拠は手に入れた。次はお前が炎上する番だ」

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