憧憬顕現
「ホームズ! 力を貸せ!」
俺は地面に刺さった真見の杖を引き抜き、青い炎が灯った杖を刀とともに構える。
どんな形をしていようと投影で作られた武器は、呪いを払うための武器。
理由は分からないけど、握った瞬間青い炎が広がったからホームズの力も引き出せるかもしれないと思ったんだ。
(素晴らしい。私の助手は良い相棒を見つけられたようだ)
「ホームズの声?」
(その通り。真見に代わり私から助言だ。投影を形作る青い炎の中に活路はある)
ホームズの言う通り俺は手の中に青い炎を生み出した。
小此木に対する怒り、東宮を襲う巨大な悪意への怒り、そして何よりもみんなを助けることができなかった自分の弱さへの怒り。
そして、こんな絶体絶命の状態でも、みんなと生きて戻ると願う強い気持ち。
その気持ちから生み出される青い炎の中に、俺は別の世界を見た。
(見えたか。それが君の生きる力の根源になる憧憬の世界)
炎の中にはありとあらゆる武器が並べられており、まるで荘厳な博物館や美術館のような世界が見えている。
今まで使っていた武器や能力はこの世界から零れ落ちたもの、そう直観させるには十分な雰囲気だ。
(悪意や呪いが形となって世界を作るなら、生きる意思や憧れが世界を作ることも可能だ。それだけの強い意志を君は持っている。さぁ、燃やしてみせろ。君の世界でこの呪いの結界を!)
ホームズの呼びかけに応じて、俺は手にともした炎を自分の胸に当てて自分の存在全てを賭けて火をくべる。
そして、青い炎が俺の体全部を飲み込んだ時、彼は現れた。
〇
「よぉ、主殿。ホームズの旦那がよろしく言うちょったき」
俺が振るっていた刀と拳銃を携えた侍が軽い口調で話しかけてくる。
「儂は坂本龍馬。ちゅうても、本物の坂本龍馬じゃない。主殿の心象世界の管理者として坂本龍馬のような戦える武器商人が適任じゃと主殿が無意識に考えた結果じゃ」
「武器商人?」
「おうよ。古今東西、現世だけでなく地獄の底から天国の果てまで武器を取りそろえ、主殿のこの世界〈英霊大商会〉に集めるのが儂の仕事ぜよ」
英霊大商会、そう坂本龍馬が言った瞬間、俺の視界が急激に広がり、様々な武器が並べられた博物館のような世界が現れた。
そこには俺が倒した仁王や閻魔、バフォメットが生きているかのように自分たちの武器を振るい、その性能をアピールしているかのようだった。
そして、別の方角を見ると、ホームズのような姿をした男、刃を持った忍者装束の犬、魔法の杖を持つ女性がこちらを見て手を振っている。
「あれは真見さん、黒子、東宮さんの投影の力?」
「そうじゃ。主殿の〈英霊大商会〉はありとあらゆる呪いや投影の力を集めて、自分の武器にすることが可能じゃ。英雄に憧れる主殿らしい憧憬の世界じゃな」
これが俺の憧憬の世界。
ホームズは言っていた。この憧憬の世界で呪いの世界を燃やせと。
そして、この世界に足を踏み入れて、自分の力が何なのか理解した瞬間、俺はこの後どうすれば良いかも同時に理解した。
「主殿、人を呪い殺す世界など、儂が用意したこの武器で燃やし尽くしてしまうぜよ」
その言葉が聞こえた途端、俺の意識は小此木サタンの作り出した結界の世界に戻った。
真見も黒子も東宮も床に伏せ、立ち上がることすら困難な情況で、迫りくる数百体の悪魔の軍勢。
絶体絶命のピンチは何も変わらないというのに、もう何も怖くなかった。
「憧憬顕現〈英霊大商会〉」
俺は心の中から浮かんだ言葉を叫び、体中を包む炎を刃にまとわせ地面に突き立てた。
この呪いの世界を焼き払うかのように自分の中にある全ての熱を刀に吸わせ、青い炎を最大出力でほとばしらせる。
すると、次の瞬間悪魔のオーディション会場全体が青い炎に包まれ、代わりに現れた世界は――。
「なっ、なんだこれは!? こんな映像私は知らないぞ!?」
小此木サタンが自分の世界を壊され困惑する。
赤い絨毯が敷かれた石作りの地面に、剣、槍、斧など無数の武器が並べられた世界は、呪いの空間でなく、俺の生きる意思の空間だ。
こうなれば先ほどまで俺たちを押さえつけていた力はなくなる。
「誠司君、身体が急に軽くなったんだけどこれは何!? って、ホームズが戻ってきて――誠司君の心象世界って言われても何がなんやらなんだけど!?」
呪いの結界が晴れ、みんなの投影の力が戻った。その途端、真見が大混乱している。
同じく突然の出来事に黒子も東宮も困惑しきっていた。
けれど、細かく説明している時間はない。
「俺が突っ込む! みんなはフォロー頼んだ!」
俺は力いっぱい小此木サタンに向けて武器の中を駆け抜ける。
わざわざ武器は手に持たなくてもいい。
だって、ここは俺の心の中の世界なのだから。
「撃ち抜け仁王!」
声を出すだけで飾られたすべての武器から雷が小此木サタンに向けて放たれる。
「我が悪魔の炎の前には効かぬわ!」
だが、小此木サタンは黒い炎で身体を包んで雷を防御する。
「その程度の炎! 焼き払え閻魔!」
今度は炎をまとった武器が小此木サタンの炎に突き刺さり、彼の炎を飲みこむかのように赤い炎が小此木サタンの身体を燃やす。
「叩き伏せ! バフォメット!」
そして、全ての炎を吹き飛ばすかのように巨大な鎌が小此木サタンの頭を捉え、黒い炎が霧散する。
「や、止めろ! 今私を見逃せば、お前にも良い思いをさせてやる! アイドルグループの女なんてどうだ!?」
「そんなもんはいらない!」
そして、がら空きとなった小此木サタンの首に俺は刃を振るった。
全力で振りぬいた刃は小此木サタンの首を飛ばし、小此木サタンの首が宙を舞う。
二度目の再生は絶対に許さない。
俺は体の方に刃をさらに振り下ろし両断すると――。
「東宮さん! 頭を燃やして!」
「小此木ぃっ!」
そう言う前に東宮さんは既に箒で小此木サタンの首に突撃していて、杖を小此木サタンの口の中に突っ込んでいた。
「今のが一番むかついたかも。誠司君がそんな誘惑に乗る訳ないでしょ?」
「ガキどもにこの我が負ける!? ああああああああ!?」
東宮はそういうと今までの中でも最大火力の炎柱を生み出し、小此木サタンの首を塵も残らず焼き尽くした。
苦しそうに叫ぶ小此木サタンの声はその姿が消えてもなお、長く続いたような気がした。それだけ俺たちの攻撃が効いたのだろう。
こうして、小此木サタンが完全に消えたことで、俺の憧憬顕現も役割を果たしたのか同時に消えた。
「これで呪いの主は倒した。後は証拠が出てくるはず」
そして、代わりに現れたのは炎が鎮火した城下町を見下ろす天守閣。
その天守閣の中心には光の球が転がっていた。
「東宮さん、その光の球をスマホに取り込んで」
「分かった。あれ? 吸い込まれて消えたけど、これで良いの?」
「うん、スマホの中を見てみれば小此木の犯罪の証拠が入っているはずだよ」
東宮がスマホを開いて俺たちに中身を見せてくれると、そこには確かに小此木とのいろいろなやり取りと金銭の授受の記録が表示されており、東宮に関する取引のやり取りも出てきた。
大量の証拠にげんなりしかけたが、これで小此木の犯罪は止められるはず。
「とにもかくにも、これで野切の時と同じように……あれ?」
ホッとした途端俺は目の前の景色が真っ暗になり、前のめりに倒れた。
急に体から力が抜けて立っていられなくなったんだ。小此木サタンの不合格よりも身体の自由が効かない。
「「誠司君!?」」
みんなが心配して駆け寄ってくれるが声を返せないほど疲れている。
何とか手を挙げて応えたいけど、指すら上がらない。
「真見、茜殿、誠司殿が心配なのは重々承知しておる。だが、急いでこの空間から逃げ出さねば崩れるぞ! とにかく誠司殿を抱えて走るのだ!」
黒子がそういうやいなや、世界が音を立てて揺れ始める。
野切の時も呪いの主を倒したら世界が崩壊して揺れたっけ。
こんな非常事態にも関わらず動けない俺を、真見と東宮は二人で一緒に担ぎ上げてくれて、必死に城から逃げるように駆け抜けた。




