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呪いの主

 城下の色街、怪しげなネオンに彩られた東宮を売る街だった呪いの世界は、妖艶な雰囲気はそのまま、徘徊する悪魔たちは最初から臨戦態勢でそれぞれ武器を手に、裏路地の物陰に隠れていた俺たちを探し回っていた。

 投影使いを殺せ。東宮を捕らえて小此木様に突き出せ。そういった声がいたるところから聞こえてくる。


「すごい数の呪魔だ」


 さすがにどうしたものかと悩んでいると、真見は敵の数以上に大事なことを教えてくれた。


「でも、気付いてる? 今まで聞こえることのなかった小此木の名前を、呪魔たちは口にした。完全に私たちが真相を掴んでいると思い込んでる影響だよ」

「確かに。ホームズの推理だと小此木はやっぱり中央の城型テレビ局にいるの?」

「うん、ホームズはそう言ってる」


 そうなると、城まで1キロ程距離があるけど、その間にいる数百匹の悪魔をどうにかしないといけないってことだ。

 野切の呪層空間の時は黒子が何とかしてくれたけど。


「黒子の影に潜る力でどうにかならない?」

「すまぬ。さすがに拙者の影潜りで闇討ちできる相手に限りはあるし、拙者以外は影に潜れぬ」


 そうだとは思っていた。

 もしできるなら、黒子が最初から提案している。


「敵が全くいない場所を通れれば良いんだろうけど、そんな場所なさそうだしな」


 城に続く通りを覗くと、通勤ラッシュで混雑した駅くらい悪魔がいる。

 そんな都合よく敵がいない場所はなさそうだ。


「……あるにはあるんだよ」

「え? どこに?」


 真見の困ったような言い方に若干引っ掛かりながらも、俺も東宮も黒子も一斉に真見の方を向いた。

 すると、真見は心底嫌そうに目の前にあった色街の建物を指さした。


「緊急事態ってことなのか、どのお店も臨時休業中みたいで、東宮さんの人形だけが転がってる。幸いなことに城下町風の作りをしているから建物と建物の間は繋がっているようなものだし」

「なら、店の中を通れば――って、あ。そういうことか」

「うん、ほら、……誠司君も男の子だしさ」


 俺も真見の言い方で理解した。

 この呪層空間で最初に侵入した娼館のような空間を突き進むということは、東宮さんが見られたくない姿で晒されているのを見る可能性が高い。

 そのことに俺も気が付いて東宮に顔を向ける。


「店に入った瞬間、人形全部燃やすから大丈夫。偽物なんかに浮気して、目を奪われる時間は与えないよ。良いでしょ? 彼氏君」


 東宮はとても眩しいようにも、般若のような影を感じる笑顔でそう言い切った。

 何でだろう? 背筋が凍った気がする。

 あれ? 何か別の方向からも刺されている気がする。


「咄嗟の嘘を掘り起こさないで!? 二人の度胸に負けないよう結構必死に頑張ったんだよ!?」

「ふふ、分かってる分かってる。でも、誠司君も真見ちゃんも度胸は演劇向けだよ。今度この4人で一緒に即興劇やってみよう」


 東宮は今度こそ普通に友達と接するように笑ってくれた。

 その笑顔に、真見もなぜかすごくほっとしたように息をついている。

 分かる。分かるぞ。東宮の怒りを隠す笑顔って超怖いよな!

 とても口に出して言えないけれど、真見にとても親近感がわいた。


「拙者があれこれ言うのは野暮であるが、話はまとまったようで何より。では扉の鍵開けは任された。影に潜んで店内の鍵を開けてくる」


 作戦がまとまり黒子が動き出す。

 こうして俺たちは店の裏口から裏口へ、店の中を介して移動することで敵に見つかることなく移動ができた。

 しかも、都合がいいことに東宮が燃やし尽くした人形の炎上騒ぎが呪魔たちを引き寄せ、先に進めば進むほど敵の数が減っていき、半分の道のりを過ぎたころには大通りを突き進むことができた。

 そして、呪いの主が棲む呪いの中心、色街の城へとたどり着いた。



 城について振り向けば城下は既に火の海となっていて、色街のネオンの色の代わりに赤々と燃え上がる炎と黒々と立ち込める煙の街に変化している。

 本来なら起きえない変化だけれど、それだけ小此木が動揺している影響だそうだ。

 現実世界で心折れずに、嚙みついたかいがあって良かった。


「それにしても本当に趣味が悪いよなぁ」


 城の中に入り、上の階を目指して階段を上ると、それぞれの階ごとにとにかく金、金、金をアピールするようなコレクションの数々が現れた。真っ赤な絨毯、色とりどりの宝石がはめ込まれたトロフィー、そして黄金の巨大な柱時計、様々なものがありすぎて何が何だか分からなくなるほどだった。

 現実世界にあったら一体いくらするのだろうか? 宝くじの特賞3億円を100回くらい当てれば同じような物が作れるだろうか。


「呪いの主に近づけば近づくほど心象風景に近づいていくから、小此木が今までの悪意のろいで手に入れたものはこう見えているんだろうね」

「野切の時は空っぽだったけど、小此木の場合はこれかぁ……」


 一体どんな風に世界を見たらこんな風になるのだろうか。分かりやすい成金の世界のはずなのに、空恐ろしくなってきた。

 けれど、東宮はどこか納得がいったらしい。


「あの人がいるのは見栄えの世界だからね。成功しないと生き残れない。常に競争に勝ったことを見せないと逆に食い殺される世界だから」


 芸能界って怖いな。

 そこで生き残るために、ここまで突き抜けることができるのか。


「借金があったり、不相応な願いがあったり、叩きやすい性格や、何か失敗をして、少しでも弱さを見せれば食い殺される。それは私も嫌というほど分かってる」

「それでも他人を食い物のにするのは良くないよ」

「うん、誠司君の言う通り。他人を食い物にする大人は燃やすべきだし、自分の実力を磨く努力をしないのに高望みする人は、もっと自分を見つめ直すべきだと私は思ってる」


 東宮は迷いの全くない様子でそう言い切った。

 こんな情熱と覚悟を持ち合わせた東宮の本気の演技を見てみたい。そう思わずにはいられなかったほどに。

 そうして、俺たちが何回目かの階段を上りきった時、今までのコレクション部屋から一気に雰囲気が変化した。


「ここが呪いの主の部屋。城って見た目をしているだけあって天守閣にあたる場所だね」


 真見が指さしたのは横一列にずらっと並んだ襖。

 左右にそれぞれ二十枚くらいはあるだろうか。外から見た天守閣よりずっと広い。呪いの世界だから縮尺がずれることもあるのだろう。


「ここを開けたら戦いは避けられない。準備はいい?」


 真見の最終確認に俺たちは頷く。

 それを合図に真見が襖を勢いよく開いた。

 その瞬間、全ての襖が自動ドアが開くようにスライドし、一気に外の燃え上がる色街の世界が眼下に広がる。

 まさしく城下を見下ろす天守閣、その中心にいるのは色街を統治する悪魔の王サタンの姿をした小此木流星だった。

 その姿はまさに異形であり、黒い蝙蝠のような四枚羽、ドラゴンのような2本の尻尾、頭から生えるねじれた角は王冠のようにも見える。漆黒の宮廷服から生える手足にはもはや短刀にしか見えないほど鋭い爪が生えていた。


「まさか我に牙を剥くとはな東宮茜。そのまま人形でいれば良かったものを余計な知恵をつけおって」


 エコーがかかったように震える低い声には明確な怒気が含まれていて、ただ声を発しているだけなのに、城そのものが怯えているかのように床や柱がガタガタと揺れる。

 他の呪魔とは比べ物にならないほどのプレッシャーを感じる。さすが呪いの主といったところか。

 けれど、そんな圧力に屈する仲間は誰もいない。

 俺も含めて全員が武器を構えて小此木サタンと対峙した。


「東宮茜、我に逆らった貴様を絶対に許さぬ」

「私やみんなの夢を食い物にしたことを絶対に許さない」


 小此木サタンの言葉を東宮が強く否定する。

 そして、小此木サタンが宙に浮かび、東宮の杖から炎がほとばしる。


「今度こそ呪い殺そう!」

「あんたの悪事全部燃やし尽くすから!」


 小此木サタンの手から黒い火球が放たれ、東宮の杖から放たれた炎がぶつかる。

 爆発の轟音とともに、黒と赤の炎があたり一面に飛び散ったのを合図として戦いが始まった。

 まずは俺が飛び掛かり刀を振るう。しかし、俺の攻撃を小此木サタンはひらりと宙に飛んで逃げた。


「想像以上に速い! 危なっ!?」


 小此木サタンの翼は見掛け倒しではなく、俺たちが全速力で走るよりも素早く宙を飛び回ることができる。

 しかも、攻撃から逃げる間際、龍のような尻尾を鞭のようにしならせ同時攻撃までしてくる。

 ギリギリで受け止めたからダメージはなかったけど、滅茶苦茶重い。

 自動車にでもぶつけられたと思うくらい、強く吹っ飛ばされた。


「ふはは、所詮子供の力か。大人の力を思い知るといい」


 小此木サタンが高笑いとともに宙で両腕を広げる。

 すると、その両の手に黒く燃え上がる巨大な火球が形成された。


「真見さんホームズの力でどうにかできない!?」

「翼を一枚でも壊せれば飛べなくなるみたい。とにかく翼を壊すことができれば地面にたたき落とせるんだけど、こうもすばしっこく動かれるなんて!」


 いわゆる部位破壊をすれば能力を失わせられるのに、小此木サタンの動きが滅茶苦茶速いうえに縦横無尽に飛び回るせいでこっちの攻撃が全く当たらない。

 それなのに、小此木サタンは黒い炎を一方的に俺たち向かってに宙から投げてくる。

 しかも、黒い炎は床に触れると一定時間消えることなく燃え盛り、触れていなくても肌が焦げそうな熱波を放ってくるんだ。

 このままだとジリ貧でどうしようもなくなるか、と思ったその時だった。


「くっ、足場がどんどんなくなる」

「みんな大丈夫!? 水の魔法で炎を洗い流してみる!」


 箒の力で宙に浮かんだ東宮の杖が青く光り、光の中から飛び出した超高圧の水が炎を飲み込んでかき消した。  

 おかげで一気に気温が下がり、肌がジリジリと焦がされるような感覚も消える。


「東宮さん助かった!」

「ありがとう東宮さん、今のでこいつを倒す作戦ができた! みんな東宮さんのそばに集まって!」


 真見も黒子も炎の中から無傷で生還し、真見の指示で全員が東宮のそばに一度集まる。

 もちろん、小此木サタンは邪魔しようと黒い炎を放ってくるが、そのことごとくを東宮の生み出す水の壁が炎を阻む。


「それで真見ちゃん作戦は?」

「東宮さんが誠司君を箒に乗せて飛んで空中戦を仕掛ける。黒子が影から飛び出して攻撃できる高度1メートル以下まで追い込んだら、黒子が影からサタンに奇襲して隙を作ってもらう。その隙に私が翼を壊す」


 全員による連携攻撃、練習なんてしたことないぶっつけ本番な作戦だ。

 でも、この作戦が最も有効だと真見が言うのなら、俺たちは迷いなく信じた。


「誠司君、しっかり捕まって!」

「東宮さん頼んだ!」


 まるでバイクに二人乗りするかのように、俺は東宮の箒の後ろにまたがる。

 すると、いきなり落ちそうな勢いで箒が超加速した。

 乗り心地はバイクというよりかは、セーフガードやシートベルトのない絶叫マシンアトラクションだ。

 小木サタンの攻撃を避けながら追いかけまわすために、右へ左へ、上へ下へとグワングワン身体が揺さぶられるのを左腕一本で身体を支えながら、右手の銃で何十発もの雷を放つ。

 その雷にあわせて東宮の杖から火球も放たれる。赤と黒の炎と青く輝く雷が宙を激しく行き交う様子は、まさに物語で見かけるような魔法使いの戦いのようだった。


 お互い攻撃が当たることがない超高速機動戦闘だったが、さすがに数に勝る俺たちが優勢で徐々に小此木サタンの高度が落ちて追い詰めていく。


「これで我を追い詰めたつもりか?」


 小此木サンタが突如ニヤリと笑う。

 その瞬間、逃げていたばかりの小此木サタンが俺と東宮に向かって突っ込んできたのだ。

 しかも、左右から尻尾と両手の炎で挟み込んでくる上に、角からは黒い稲妻が、足の先から剣と化した爪が伸びている。 


「追い詰めたと思った瞬間が最も狩りやすい」


 全く余地していなかった小此木サタンの攻撃動作で、東宮の動揺が伝わってくる。

 完全にしてやれたと言っても良いだろう。

 けれど、俺は最大のチャンスが来た、と思わず笑ってしまった。


「後は俺に任せて! 東宮さんはあの黒い炎を水で消してくれ!」


 俺はそう言うと同時に雷銃を後方に向けて発射し、小此木サタンの懐に一直線に飛び込んだ。


「バフォメット!」


 俺が叫んだ瞬間、右の中に青い炎が灯り、この間倒したばかりの山羊の悪魔が持っていた巨大な鎌が現れる。

 俺の身長を超える程度の大鎌を小此木サタンの頭に向けて振り下ろした。


「なかなかやるが、この我を叩き落すには非力!」


 だが、大鎌は小此木サタンを捉える前に両腕で白刃取りをされしまう。

 けれど、これで腕を封じられた。狙い通りだ。


「閻魔!」


 今度は左手に灯った青い炎から炎の剣が顕現し、大鎌を止めている腕を焼き切るために振り下ろす。

 小此木サタンの両腕が燃え上がり、苦しむようなうめき声をあげながら、俺を叩き落とそうと尻尾が振るわれる。


「小癪なあああああ!」


 だが、小此木サタンは俺の雷に打たれて地面に向かって落ちていく。


「仁王!」


 俺は持てる限りのスキルを連発して、何とか小此木サタンを地面にたたきつけた上、突き刺した武器がそのまま小此木サタンを地面に釘付けにした。


「想定以上だよ誠司君! 黒子やるよ!」

「任された!」


 そして、地面に釘付けになった小此木サタンの翼を黒子の刃と真見の杖が引き裂いた。

 引き裂かれた翼は霧散し、再生する様子もない。

 これで何とか飛行能力は奪うことができた。

 逃げる力さえ奪えば、後はこちらが一方的に囲んで叩くだけ。

 その第一の矢は空中にいた東宮の杖から放たれる。


「これは苦しめられたみんな痛みだ!」


 炎、氷、岩、風の槍が次々と小此木サタンの身体に突き刺さり、その身をバラバラに吹き飛ばす。その衝撃で小此木サタンの角は折れ、片腕と足の先が失われ、尻尾と翼は根本からもげた。

 もうこれで逃げられないし、ろくな反撃もされないはずだ。


「みんな畳みかけるぞ!」


 俺は床に着地すると同時に飛び出す。

 その瞬間、悪魔が吠えた。


「クソガキどもが……調子に乗るなあああ! この我を誰だと思っていやがる! この世界を牛耳る王だぞ!」


 だが、小此木サタンの戦意は全くそがれていないどころか、逆に殺意が大幅に増した。

 その殺意と咆哮が世界を揺らし、炎上していた色街から光が消える。

 それと同時に天守閣が崩壊し、代わりに現れたのは――別世界だった。


「なっ!? 何だこれ!?」


 現れたのはオーディション番組会場のようなセット。

 ネオンで模られた光り輝く星型の背景、目の前には階段状になった観客席、そして足元は演技を見せるための広い足場。

 まるで俺たちが番組の演者にされているかのような情況に、真見が声を張り上げた。


「ホームズの解析によるとこれは呪法による結界の中! 私たちはもう既に小此木の攻撃を食らってる。何が起きるか分からないから気をつけて!」


 その声に俺たちが身構えると観客席の中にスポットライトが当たり、全てのダメージが癒えた小此木サタンが座っていた。


「ご明察だ。だが、残念。お前は不合格だ。我の目にかなる美ではない」


 小此木サタンがそう言葉を発した瞬間、背景の星型の光がバツ印に形を変える。

 それと同時に真見がその場に倒れこんでしまった。


「真見さん!?」

「な、なるほど。番組プロデューサーとしての絶対的な権力と自信。番組という中では最強の存在……不合格にされたら番組の中では無力な存在として扱われるのか……。これだけで死にはしないけど、かなりやばいかも。力を奪われる瞬間までしかホームズの解析ができなくて、これ以上分からない」


 真見が動けないながらも、何とか解析結果を伝えてくれる。

 つまり、この空間では小此木サタンの気分一つで俺たちの命運が決まってしまう。

 けれど、それなら最初から不合格で動けなくするのではなく、自害しろとでも命令をすればいいのでは?


「死にはしないっていうけど、死ねって言われたら殺されるんじゃ?」

「それはない。あいつは呪いの主で、東宮さんを殺すための存在だけど、これはあくまでテレビ番組であることを前提とした呪法。テレビ番組として放映できないような内容はできないし、あいつは直接演者に手を出せない」


 あくまで、番組プロデューサーが出せる演出までのことしかできないらしい。


「けれど、それなら全員動けなくなるだけで、お互いに決定打を打てなくなるだけじゃないの?」

「魔法の言葉……スタッフが全ておいしくいただきました」

「この情況でどんな冗談……って、マジかよ」


 真見の言葉の意味が分かった時、俺は背筋が凍った。

 無人だと思っていた観客席には大量の武器を持った悪魔が座っている。

 しかも、雑魚悪魔ではなく、店長クラスのバフォメットが当たり前のように大量に座っていた。


「つまり、俺たちが動けなくなった後、あの悪魔が俺たちを処理するってこと?」

「……そういうこと」


 俺の想像が正解だというお墨付きをもらった。全くうれしくない。

 小此木サタンが俺たちを品定めする前に、何とかこの結界を打ち破る方法を考えないと。

 けれど、小此木サタンは俺たちに時間を残してはくれない。


「おい、そこの犬。何か芸をしろ」

「ならば、ご照覧あれ。拙者の一撃を!」


 黒子が影に潜み、スポットライトでできた影から飛び出して小此木サタンに奇襲を仕掛ける。

 だが、その奇襲攻撃は小此木サタンが悪魔を引っ張って盾にし、身代わりを作られることで止められた。


「ふん、なるほど鋭い動きだ。不合格」

「くっ!? 身体が動かぬ!」


 動けなくなる黒子を見て、俺はおそらく何をしても不合格にされると悟った。

 オーディションというのはあくまで呪いを発動させるための呪文のようなもので、俺たちの技量や行動によって回避できるものではなさそうだ。

 ならば、審査される前に攻撃して、小此木サタンを倒せばいい。


「仁王!」


 俺の審査が始まる前に審査席に向かって雷を放つ。

 雷は小此木サタンを直撃し、審査席がバラバラに吹き飛んだ。


「なんだこれっ!? 身体が重い!?」


 俺が先手を取ったはずなのに、全身に大量の重りを括り付けられたかのように、身体が重くて動けなくなる。


「バカめ。審査を受けなければならないルールを破った時点で不合格だ」

「くそ……そんなのありかよ」


 審査を無視しても呪われるし、審査を受けても呪われる。

 どちらにせよ身体が動けなくなる呪いをかけられるのは、あまりにも卑怯だ。

 まさかこの一瞬で東宮以外動けなくさせられるなんて。


「残りは東宮茜だが、お前には合格を渡して、自由にしてやっていい」


 小此木サタンの誘いに東宮は乗らず、無言を貫いている。

 それはそうだ。小此木サタンが約束を守るような悪魔である訳がない。


「今動けなくなっているそいつらを殺せば、自由を約束しよう。我は演者を直接手にかけられないが、演者が演者を殺すのは演出や演技として誤魔化せる。良い脚本だろ?」

「そんなくそみたいな脚本を私が受ける訳ないでしょ?」

「くくく! そうだよな。でも、審査を受けず棄権は不合格になるぞ? 仲間と一緒に我に殺されるぞ? それでも良いのか?」

「やれるもんならやってみなさい! スタッフ全員燃やせば、あんた一人じゃ何もできないでしょ!」


 呪いが発動する前に東宮の魔法が観客席を襲う。

 炎、氷、岩、風が混ざりあい、観客席を暴風が襲ったかのような勢いで吹き飛ばした。

 一瞬にして観客席からスタッフを奪うことで、動けなくされても小此木サタンに何もさせない、というテレビに慣れた東宮のやり方で、東宮は膝をつきながらも対抗する。


「……これであなたも何もできないでしょ……」


 真見のホームズによる解析がない中で何とか手を打てた。

 スタッフがいなければ小此木サタンは俺たちに手出しができなくて勝てないから、一度この結界を解かざるをえないはず。

 そうなれば俺たちも動けるようになって、今度こそ仕留められるはず。


「いいや? スタッフは他にもいくらでもいる」

「なん……だって」


 観客席の奥にあった扉が開き、新しい悪魔がぞろぞろとやってくる。

 数は優に100は超えている。一体どこにこんな数の悪魔を隠していたんだ。

 このままじゃ手も足も出せずに一方的にやられるだけだ。どうしたらいい!?


「東宮茜。お前にかけられた悪意は10万人。数百の悪魔を殺そうが代わりはいくらでもいるぞ? それともその状態から10万の悪魔を焼き殺してみるか?」


 それだけの悪意を力に変換した結果がこの呪いの空間。

 東宮茜を殺すための悪魔たちは反撃を全く恐れず迫ってきて、ついにステージ上にやってきた。


「誠司君ホームズの最後の力を使って!」


 しかし、その悪魔が俺の前にやってくる直前、真見の杖が俺と悪魔の間に割って入った。

 杖が刺さった地面は空間が歪み、現実世界が見えている。

 この状態で真見は俺を逃がそうと力を振り絞って脱出用のゲートを開けてくれた。

 この穴に這ってでも入れば、きっと俺は助かる。


「ほほぉ、一人は生かして次に活かすつもりか。面白い、続編が出来るのならこちらとしても好都合」


 小此木サタンがあざけるようにそういうと、指を鳴らす。

 すると、俺の前にいた悪魔たちが足を止め、俺が逃げ出すのを煽るように手を叩き始めた。

 この穴に入れば助かる。

 俺は重くなった体を刀で無理やり支え、穴の前に立った。


「ごめん。みんな」


 本当にごめん。俺は真見の期待に応えられない。

 こんな奴から逃げるなんてまっぴらごめんだ!

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