押し殺し、抱えていたもの
ファミレスからの帰り道の途中、俺は東宮と別れ、真見と二人になった。
日は暮れて、周りの家やマンションの電気がついていて、街路の電灯が俺たちの道を照らしている。
真見も疲れているはずなのに、俺と違って余裕がある感じだ。
そこは俺よりも呪いの世界に入った経験が多いからだろうか。
「真見さんは疲れてないの?」
「疲れてるよ。ただ、疲れていられないだけって感じかな」
「疲れていられない?」
「お父さんを一日でも早く助けるために、何ができるんだろう? ってずっと考えてる」
そうだった。俺と違って真見は家族が呪いの被害を受け続けているんだ。
いつ殺されてしまうか分からないんだから、気が気でないだろう。
「もし、東宮さんの呪いを解こうとする直前に、お父さんの肉体が呪層世界に連れていかれたら、私はどっちを選ぶんだろう? お父さんを選んで、東宮さんを選ばなくて。そうなったらどうなるんだろう? とか」
真見はそういうと真っ暗になった空を見上げた。
珍しく聞いた真見の弱音に、俺は彼女も疲れているんだと痛いほど伝わってきた。
動き回っている時は何も考えなくて済むのに、疲れ切って何もできないから嫌な考えが堂々巡りして頭から離れなくなってしまう。
そんな心が押しつぶされるような疲れ方をしているんだ。
「その時は迷いなくお父さんを選んで、黒子と一緒にお父さんを助けてよ」
俺がそう言うと、真見は意外な言葉を聞いて驚いたような、変な人を見たような不思議な顔でこっちを見た。
「その時は俺が東宮さんを助ける。それで東宮さんを助けたら、二人で一緒に真見さんの助けに行く」
「でも、東宮さんだって殺されるかもしれない呪いなんだよ?」
「うん、でも、それで真見さんのお父さんが呪い殺されるのも間違ってると思うんだ。どっちかしか救えないなんて、そんな結末、俺は嫌だな」
「あはは、すごく欲張りな考えだね。というか、考えなし?」
「まぁ、そうなんだけどさ。ほら、投影の力って結局その全部取りに行くって力なんじゃないかなって思うんだ。嫌なこととか、理不尽なこととか、そういうの全部ぶっ飛ばして、笑って生きるための力っていうか」
俺の場合はいじめられ続けて死ぬか、爺さんの金を渡して後悔し続けるか、そんなひどい選択しかなかったのを全部ぶっ飛ばせた。
東宮さんだって、理不尽なことだらけで、身体を売って芸能界を続けるか、身体を売らないで芸能界から追放させられるかっていう、ろくな未来がなさそうな状態から、またやり直せる未来を今つかみ取ろうとしている。
だから、きっと欲張った選択は間違いじゃないんだ。
俺たちの手に入れた力は、きっとそのためにあるんだと思うから。
「そんな投影の力で俺も東宮さんも救われた。だったら、今度は真見さんが願う全部を手に入れるのだって間違っていないし、俺はそのための力になる。だから、お父さんのことで困った時は安心して俺に任せてくれ。東宮さんもきっと分かってくれるから安心して」
「誠司君、この間私は君に頑固者でお人よしって言ったけど、あれは間違ってたね。訂正するよ」
真見はそういうと大きく息を吸って、ゆっくり長く吐いた。
まるでため込んでいたものを全て出すように。
「君は超お人よしで、超頑固者で、超欲張り」
「余計ひどくなってるんだけど!?」
「それでかなりの女たらし! ……そんなに優しくしてたら勘違いするよ」
「な、なんかごめんなさい」
「東宮さんにも謝ること!」
「えー……何か分からないけどごめんなさい」
俺が意味も分からず謝ると、真見はくすくすと小さく笑った。
怒っているわけじゃなさそうなんだけど、それなら何で俺は怒られたんだろうか。
そんな不満を抱いていると、真見はもう一度大きく深呼吸をした。
「黒子がいなくてよかった」
「え?」
「黒子がいたら、こんな弱音吐けなかっただろうから。やっぱ疲れてたんだね私」
そういった真見は少しスッキリしたようにも見えた。
とはいえ、すぐにあくびをするくらいに疲れてはいたらしい。
さっきまで元気に見えていたのも緊張しっぱなしで、気が緩むことがなかったからで、真見だって俺と同い年の女の子っていうことだ。
「途中で転ばないように家まで送るよ」
「誠司君はえっちだね」
「どうしてそうなる!?」
何か変なことを想像しているのなら、そっちの方がえっちなのでは!?
一体俺が何をすると想像するのか問いただしたくもなったが、俺が問いただす前に真見はそっと身体を俺に預けて寄りかかってきた。
「……実はかなり疲れてて、歩くのもきついから何も言わずに身体貸して」
思っていた以上に軽い彼女の存在に、いろいろ出かけていた言葉が全て引っ込んでしまう。
この身体であんな恐ろしい呪いを5人も助けて、父親も助けようと必死になるあまり疲れの感覚がおかしくなっていて、一体どれほどのストレスを抱えているのか。
きっと立っているだけで辛いはずなのに、真見は前に進むんだ。
「ありがとう誠司君」
「疲れた時はいつでも肩を貸すよ」
「東宮さんにも同じこと言うでしょ?」
どうしてここで東宮さんが出てくるかは分からなかったけど、東宮さんが辛いときはきっと同じように肩を貸すかな?
「するよ。疲れて辛いときは助け合わないと」
「はぁー……そういうところなんだよなぁ。いや、そういうところなんだけどさぁ。何かどっと疲れたよ」
「どういうこと?」
「何も言わずに肩を貸してくれればいいの。後ちょっとでつくから」
急に呆れられた理由が分からなくて混乱してる俺に説明もせず、真見は俺にもたれかかるのを止めて、逆に腕を引っ張って前を歩き出した。
そんな真見に振り回されながら俺たちはそれぞれの家に帰り、夜が更けていく。




