呪いの深層
呪層空間に取り込まれた俺たちは、ともに同じ場所に現れた。
もちろん、全員投影体の姿をしていていつでも戦える状況だ。
そして、俺たちが臨戦態勢なら、呪いも俺たちを狙って動いている。
その予測通り、店の中は武器を持って警備する悪魔が歩き回っていた。
「やはり流れ込んだ悪意で呪魔が強化されている。茜殿、誠司殿、油断されるな」
黒子が言うには呪魔は前に入った時より強くなっているらしい。
しかも、変化は呪魔が武器を持っただけではない。
「気のせいかもしれないけど、店の照明が明るくなってない?」
東宮の言う通り、薄暗い部屋がピンクのネオンで照らされていた光景が、わずかに明るくなっている。
部屋の照明の光が白色に変わり、強くなっているせいかもしれない。
「呪いの主の認識が変わった結果だろう。真見、ホームズの力で変化した場所は分かるか?」
「うん、店に裏口が新しく作られている。その先に踏み入ったことがない場所が出来ている感じがする。でも、なんかすごい違和感があるんだよね」
真見はそういうと店の地図を取り出し、奥に丸をつけた。
場所はスタッフルームの奥の扉。現実のお店であればスタッフが人目につかないように出入りする扉になるのだろう。
呪いの主が隠していた扉ということは、その扉の奥に何か大きな秘密が眠っているに違いない。
「何が出てくるかは分からないけど、誠司君と東宮さんのおかげで手がかりが手に入りそう」
そして、俺たちはコソコソと呪魔たちの目をかいくぐり店の奥へと進んだ。
〇
店の奥に新しく現れた裏口の前につく。
その見た目に一瞬拍子抜けするほど、普通の扉だ。
ドアノブがついた金属製の扉は、何の飾り気もなければ何か細工がされている様子はない。
手をかけてみれば鍵がかかっている様子もなかった。
こんな扉を呪いは厳重に隠そうとしたのか? それとも罠?
「真見さん、この扉は罠だと思う?」
「ううん、ホームズの直感は罠を検知していないよ」
「となると、本当に気づかれないと油断していたのかな?」
「そうだと思う。でも、万が一待ち伏せされていたとしても、対処できるよう準備は万端にしておこう」
扉を開けた瞬間、悪魔の形をした呪魔と切り結ぶことを覚悟しながら、俺たちは戦闘準備をしてから扉を開ける。
だが、それは無駄だった。
代わりに、目に飛び込んできた光景が信じられなくて、戦う意欲が削がれてしまったから。
「なっ!?」
「何これ!? これが違和感の正体!?」
俺は言葉を失い、真見ですら目を見開いて驚いた。
そんな俺たちに黒子と東宮がぶつかる。
「急に止まってどうした――バカな。こんな……これほどの空間が広がっているとは」
「え? なにこれ街!?」
遅れて踏み込んだ黒子と東宮も足を止めてしまうほど驚いている。
無理もない。
だって、あまりにも信じられない世界が広がっていたのだから。
「これ、遊郭って言うんだっけ?」
俺は漫画の知識から、この光景に当てはまる言葉を引っ張り出す。
薄暗い空に、赤い提灯の灯された道、立ち並ぶ建物には木で出来た囲みがあって、その中に女性が座っている。
看板には女優、アイドル、声優、そしてセクシー女優、店によって色々なジャンルが書かれ、お店の名前には人の名前のようなものがつけられている。
そんな建物が何件も立ち並び、悪魔たちが女性を物色していた。
中でも最も悪魔の客が集まっていたのが女優茜屋と書かれた店で、囲いの中には東宮の姿があった。
「うわぁ……趣味が悪い……」
他の店にも名前があるけど、同じように女性の名前なのだろう。
だが、その店の名前を見た東宮は何かに気づいたように頭を抱えた。
「……これ全員もともと芸能界にいた人たちの名前じゃないかな?」
「東宮さん、見覚えがあるの?」
「う、うん……。知らない人もいるけど、芸能界の人たちだと思う。知ってる女優さんとか……いるし……」
そう言われて看板や店を見てみると、俺でも知っているようなアイドルの名前もある。
店に捕らえられている人は、数を数えきれないほどの店並びから考えるに、百人は優に超えているはずだ。
まさかと思い黒子に話を振る。
「呪われている被害者は東宮さんだけじゃなかったってこと? こんな一気に何人も呪いがかかることがあるの?」
「落ち着くのだ誠司殿。呪層空間は悪意で作られている。この街並みは呪いの主の悪意を通して見た世界だ。野切たちが誠司殿よりも前に、いじめていた者たちの映像と同じようなものだ」
だから、ここに囚われている女性たちは本物じゃない。ただの人形みたいなもの。
今ここの世界にいる彼女たちを助けても、本人が救われる訳じゃない。
けれど、呪いをかけている人はそういう目で人を見ていることに違いはない。
「そういう意味では、茜殿以外は呪われてはいないから安心していい。それでも、随分と悪意を持った目で他人を見る奴だと辟易するがな」
「安心して良いと言われても複雑な気分になるね……」
黒子の言葉に俺はげんなりした。
でも、呪いの主が隠してきた悪事の証拠を全て手に入れて、逮捕されればきっとこの悪意は断ち切れる。
そうなると一刻も早く呪いの主を見つけたいんだけれど、それが出来そうにない。
「こんなにも広いと呪いの主がどこにいるか見当がつかないな」
街一つが丸々呪いの空間になっているせいで、どこに隠れているのか全然分からないんだ。
呪層空間があまりにも広くなったのは、一つの呪いを核に積み重なった多くの呪いが空間を広げ続けているから、と黒子は語る。
こうして広がった呪いが野切たちの悪意で変性し、俺にかけられた呪いに変わったのだろう。
「街を形成するほどの悪意といえど、呪いの核となる建物があるはずだ。どこかにないか?」
黒子のいう通り、どこか目立つ建物はないかと改めて街を見回してみる。
すると、街の奥の方に何とも趣味の悪い塔が見えた。
ギラギラとピンク色に輝く球を天辺に置いた大きな城で、その見た目は何かに似ているようにも見える。
「あの城、あからさまに怪しいんだけど……」
「テレビ局……かな?」
俺が城を指さすと、東宮が困惑気味につぶやいた。
言われてよく見ると、アンテナのようなものが天守から飛び出していて、テレビ塔のようにも見える。
明らかに罠にしか見えないけど、それ以外の建物は全て遊郭のような店だし、城のように目立った建物はない。
そうとなれば行くしかない。
「誠司君、東宮さん、ホームズの推理の手がかりを手に入れるためにも、あの塔にいってみない?」
「そうだね。他に手がかりはないし、行ってみよう」
こうして俺たちは東宮にかけられた呪いの奥へと向かうこととなった。




