呪いの主は誰だ?
呪層現実から現実へと戻る。
けれど、俺は呪いの空間にいた時より恐怖していた。
車に引かれかけた東宮を助けるために、俺は彼女に飛びついていたんだ。
でも、そのおかげで車は無事に俺たちの横を通り過ぎ、事故は起きなかった。
ただ、俺の助け方があまりにも情けなかった。
「……あの天原君、起き上がってもらってもいいかな?」
俺の頭は東宮さんのお尻の上に見事に突っ込んでいた。
手もふとももをがっちりつかんでいて、完全に変質者だ。
すべすべでとても気持ちがいいと思ったのは内緒。
「ご、ごめん! 通報しないで!?」
「あはは、別に大丈夫だよ。助けてくれたってことは分かってるからさ」
俺が慌てて起き上がると、東宮さんは少し恥ずかしそうにはにかみながら許してくれた。
どうやら怒ってはいないらしい。さっきのガチギレを見てるから間違いないはず。
「天原君、助けてくれて本当にありがとう」
「ううん、東宮さんが無事でよかったよ」
「あはは、天原君は演技しないのに、物語の主人公みたいなことを言うんだね」
褒められているのか、褒められていないのか微妙に分からないことを言われて、少しふくざつな気分になるけど、笑った顔がとてもかわいかったので何も言えなくなった。
そんな風に東宮とお互いの無事を確認して立ち上がると、真見の声がスマホから聞こえてくる。
「誠司君、東宮さん、二人とも大丈夫?」
「何とかね。こっちに戻った時は死ぬかと思ったけど」
「ごめんなさい」
真見の声がした途端、東宮がスマホに向かって頭を下げる。
しぐさの一つ一つが律儀な子だ。
「私を守ってくれていたのに、全く信じてなくて、あげくに私に変な夢を見せる変質者かもって思ってて」
「……わ、私が変質者。私えっちじゃないもん……」
「そ、そんな意味じゃなくて!? 本当にごめんなさい!」
でも、そんな東宮の律儀さが真見を変に傷つけていた。
割と本気でへこんでいる真見に、俺はあわてて助け舟を出す。
「そ、それよりも真見さん。呪いは一時的に引っ込んだけど、これからどうする? 呪いの核は出なかったし、あの店長は呪いの主じゃなかったんだよね?」
「あ、そうだったね。誠司君の言う通り、呪いは祓えてない。どこか落ち着いた場所でこれからのことについて話あわないと」
その提案に東宮も俺もうなずいて、今後のことを話すために移動することとなった。
〇
そして、真見と集合したのがこの前と同じファミレスだった。
「落ち着いた場所? 普通ににぎやかな場所だと思うんだけど」
「あはは……。東宮さんもそう思うよね。俺も最初はそう思ったよ」
「こういうところの方が他の話し声に紛れるから。それに学生が話している内容なら誰お気にも留めないし」
真見の言葉に、そういうモノなのかな。と東宮が若干納得いかない様子ながらも頷いた。
まぁ、実際こういうところで呪いの話をしていたら、子供同士の戯言と聞き流されるだろう。
中二病仲間が三人そろって話しているようにしか見えない。
どうしよう。少し嫌になってきた。
「茜殿、こちらの世界ではお初にお目にかかる」
「あれ? 今の誰?」
「スマホを見ていただければ」
「かわいい! え? 何このわんちゃん、私いつの間にこんな子入れたっけ?」
「拙者の名は黒子。呪いの世界でオオカミの姿をしていた者だ」
「あっ、あのオオカミの? って、え? あれ? 人間じゃないの!?」
何か似たようなリアクションをした自分がいたなぁと、東宮にシンパシーを感じてしまった。
黒子は投影体とアプリの見た目でギャップがあり過ぎるからな。
「うむ、ではまず拙者たちのことについて知ってもらおう。その方が茜殿も整理しやすいであろう」
黒子は自分が人間だったころの記憶が抜け落ちていること、真見は自分の父さんを助けるために呪いを祓っていること、そして俺はそんな二人に救ってもらったから手伝っていることを知ってもらった。
そして、最も大事なことである東宮の呪いが、近くにいる人たちを呪っているということを話す。
「な、なるほど。ちょっとびっくりする話だけど、自分の身に起きたから本当のことなんだね。それに私にかけられた呪いのせいで、天原君も呪われていたなんて……。ごめんなさい」
「気にしないで。そのおかげで野切たちの悪事を暴けたし、真見さんと黒子に出会えたから」
しかも、投影の力まで手に入って、こうして誰かを助けることまで出来るようになったのだから、決してマイナスではなかった。
「あはは、本当に天原君は物語の主人公みたいなことを言うんだね」
「うん、誠司君はとんでもないお人よしだから」
「誠司殿ほどのお人よしはそういないでしょうな」
三人が頷きあいながら、俺のことをあれこれ言っている。
おかしいな。全く褒められている気がしない。
みんなのその生暖かいまなざしは何!? 俺そんな不満そうな顔してたかな!?
「俺の話はいいだろ!? 黒子、これからどうするって話だったはずだよね!」
「ふむ、確かに誠司殿の言う通りだな。とにかく今大事なのは、茜殿の呪いは誰がかけたかということだ。心当たりはあるか? 誰かに恨まれるとか」
呪層現実で話をした時も、周りの人は東宮を助けてくれていると言っていた。
だから、心当たりがなくて困っていた。
一体誰が、どのような理由で、東宮に強い悪意を持っているのだろうか。
「呪いを生む強い悪意って言われても、今回の炎上騒ぎはプロデューサーが計算して作ったものなんだよね。私の演技が一番上手だからヒール役を自然にできるからって」
どうやら黒子と真見の推測はあっていたらしい。
悪意を集めている理由自体は東宮本人に原因がある訳ではない。
そうなると、誰かが世間の悪意を集めて呪いに変えてしまっているとなると、東宮の近くの人間が怪しくなるのだが、東宮は余計困ったような表情で、身の回りの人たちのことを話始める。
だが、それは俺たちを余計に混乱させるような内容だった。
「プロデューサーや社長は周りの声は気にするな、って言ってくれているんだよね。だから、事務所の人とかテレビ局のスタッフに恨まれている気はしないんだよ」
「それなら共演者は?」
真見が尋ねるが、東宮は首を横に振った。
「みんな台本通りに動いているだけだからなぁ。プライベートで恨みを買った覚えもないし、仲良しだよ。演技のことについていっぱい話をして一緒に練習してるし」
「うーん。呪いを持つほどの悪意を東宮さん本人が認識していないと、やっぱり推理が難しい」
「あの呪いの空間って、私をそういう風に見ているってことだよね? あんな風に見ている人は、私の周りにやっぱり心当たりがないよ。ファンの中にそういう目で見る人がいるかもしれないけどさ」
呪層空間は呪った人がどう相手を認識しているかで変わる。
例えば、俺は殴れば金の出るゲームの対象として見られていたから、ゲームセンターのような世界だった。
だから、仮に東宮に対する嫉妬が呪いの原因だったら、あんな大人のお店のような雰囲気ではなく、もっと違う形となって現れているはずだ。
例えば、嫉妬の炎でメラメラと燃え上がるような世界になり、東宮のことを妬むような言葉がもっとあふれている。
でも、実際の呪層空間に現れた店長が言っていた台詞は嫉妬にしては、過剰にストーリーにこだわっていたような気がした。
あれ? 待てよ。これって呪いの中でも台本が用意されるってこと?
「東宮さん、台本って言った? その台本って誰が書いてるの?」
「え? 放送作家さんだよ。番組の台本専門の作家さん」
「東宮さんはその放送作家さんと知り合い?」
「ううん、全然。プロデューサーと監督が台本くれて指示出すし、ちゃんと話したこともないよ」
「うーん、なら違うかな」
呪いの世界であそこまで台本にこだわった呪魔がいたから、もしかしてと思ったんだけどはずれだったみたいだ。
もし、作家が東宮の知り合いで、二人の間に何かがあったのなら呪いの主の可能性が高かったんだけどな。
こうして推理が外れてがっかりした俺に、真見が興味深そうに顔を近づけてくる。
「誠司君、なんで放送作家が怪しいって思ったの?」
「うん、俺と東宮さんが倒したあの自称店長なんだけど、妙に東宮さんのことをショーの道具扱いしてたんだよ。ショーとか物語に固執してたから、もしかして台本を書いてる人が関係してるのかな? って」
「なるほど。でも、全く面識がないなら呪う理由もなさそうだよね。それに放送作家が呪いをかけたのなら、倒した店長が呪いの主だったはず」
真見の言う通り、面識がないなら東宮を呪う理由が想像できないし、店長を倒したら呪いが消えてもおかしくない。
けれど、台本やショーという発想を持つ人間の呪いでないと、呪層空間の説明がつかない。
「うーん、放送作家は接点がない。共演者は呪いの内容が説明できない。事務所やテレビ局のスタッフは炎上することは計算済みで守ってくれてる」
俺は頭の中を整理しようと出された情報を口にした。
この中に台本にこだわる犯人はいないのか?
ちょっと待てよ。誰かが似たようなことを言っていた気がする。
「東宮さんを嫌われ役にしたのって誰!?」
「え? きゅ、急にどうしたの天原君」
黒子が東宮は演技力を買われて嫌われ役となった、と言っていたはずだ。
みんな台本通りに動いているというのなら、配役を決める人間は、東宮が視聴者から嫌われることを最初から知っていたことになる。
「え? うーん、プロデューサーの小此木さんだよ。あ、でも、仕事をとってきたのは大山社長だっけ」
「その二人とは会ったことあるの?」
「うん、プロデューサーは現場に来るし、社長は小さいころからの付き合いだし。って、まさか二人を疑ってるの? ないない。だって、私の炎上騒ぎをすごく心配してくれてるよ?」
東宮は苦笑いしながら手を振って否定する。
とても面倒見の良い人たちで、自分を恨んでいるようなことはされていない。だから、この二人から呪われている訳がないと言う。
だが、真見は俺の考えに気付いたようで、ハッと顔を上げた。
「でも、誠司君が言う通りその二人なら呪層空間の光景に説明がつきそう」
「真見さん、私嘘はついてないよ」
「もちろん、東宮さんの言葉を疑っている訳じゃないよ。ただ、呪いに進化する悪意は直接ぶつけられるものだけじゃないと思うんだ」
「どういうこと?」
「誠司君に対する野切や、東宮さんに対して悪意をぶつけるSNSの人たちのように、明らかな悪意は分かりやすい。けど、例えば、表向きには優しく接して、腹の中では他人を使って陥れようと動く人間もいる。そういうキャラクターを演じたことはない?」
他人を扇動してイジメを起こし、自分の手を汚さず相手を傷つける。
そして、自分は綺麗なままでいる。そんな悪意だって世の中には存在する。
真見はそういうと、東宮は若干ためらいながらも頷いた。
その様子から、自分を大切にしてくれたプロデューサーと社長を庇いたい東宮の気持ちが表れているように見えた。
「で、でも、その二人のどっちかが私にどんな悪意をもって呪いをかけたの? 理由がわからないよ」
「問題はそこなのよね。あくまで二人が怪しいってだけで証拠なんて一切ない。東宮さんの呪層空間に何度か入っているけど、それらしい情報はなかったし」
真見のいう通り、あくまで怪しいというだけだ。
東宮を辱めて快楽を得たい。
それ以上の感情や悪意の形はあの空間に一切なかったと真見と黒子は加えて説明する。
こうなると完全にお手上げだ。状況証拠の一つすらない。
これ以上どうしようもなくなって、俺は長い溜息をつきながら思ったことを吐き出した。
「自分は守られてるから無敵! って思っていた野切の時みたいに、自分の悪意は隠されているから絶対に見つからない。って思っていて、あの呪層空間自体がもっと別の何かを隠していたりして」
「それか!」
黒子がスマホの中から突然大きな声をあげる。
その声に俺たちがビックリしてスマホをのぞき込むと、黒子が興奮しているのか画面いっぱいに映っていた。
「誠司殿、その考えは当たっているかもしれないぞ! 先ほども言ったが、拙者は何度か茜殿の呪層空間に入ったことがあるが、あの店は統一され過ぎていると違和感があったのだ」
「統一され過ぎている?」
「うむ、誠司殿にかけられた野切の呪いは、野切本人の呪いに近づくほど、野切の人間性が出ていた。自分は全て他人に与えられているだけという劣等感、自分の力を誇示したい承認欲求のようなものが、歪な部屋を作っていただろう?」
何も置かれていないスタッフルームや、遊ばれていない玩具が転がり監視カメラの映像が壁一面にあった店長室は、確かに普通のゲームセンターではあり得ない光景だった。
だが、東宮の囚われた呪いの世界では、そういう呪った人間の人間性が出る歪な部屋がなかったという。
「つまり、茜殿の呪層空間にはまだ隠された部屋がある。呪いの主が茜殿に自分の悪意を認識されていない。そう思い込んでいるおかげで、呪いの主につながる道が隠されているかもしれない」
悪事も悪意も見つからないことに確信を持っているからこそ、俺たちの目には映らず隠されている。
逆に言えば、その確信が少しでも揺らぐと、呪層空間で目に映らなかった何かが現れるかもしれないと黒子は説明した。
つまり野切の無敵を解除した時と同じことをすればいい。
「黒子、その場合、俺の時と同じように呪いの主を予告状で煽らないといけないの?」
「予告状は一回限りしか効果がない。呪いの主が特定出来ぬ今は止めておくべきだろう。此度に関しては少しでも呪いの主の認識を変えられれば良い」
予告状をただのいたずらだと思われてしまっては、もしもの場合に効果を失ってしまう。
野切の時のようにどうしようもなく強い呪いを切り崩す時の切り札にするべきだと、黒子は付け加えた。
「茜殿、炎上覚悟でSNSの投稿を頼めないだろうか?」
「ちょっと黒子、そんな火に油を注ぐようなことを――」
黒子のとんでもない提案に俺は待ったをかけるが。
「良いよ。何て書けばいい?」
「東宮さん!?」
黒子の酷い提案に対して、東宮のあまりにも早い決断に俺は驚いてしまう。
「もう既に十分すぎるほど燃えてるし、これ以上炎上騒ぎが大きくなっても何も変わらないかなって。黒子さん、私は何を書けばいいの?」
「感謝する茜殿。茜殿には自分が性的な道具や、演出の道具扱いされていることを投稿してほしい。そうすれば、相手がその投稿を見た時、もしかしたら自分の悪意がばれているかもしれない。そう少しでも思わせることが出来れば、呪層空間の認識が変わるはずだ」
「うん、わかった。番組を批判するのは難しいから、少し調整するけど」
これなら呪いをかけた人は自分が特定されたとは思わないものの、東宮が自分の悪意に気づいたかもしれないと揺らだろう。
その代償に悪意はより強くなる。それはつまり呪いが強くなることにつながるはずだ。
でも、東宮さんはなんの迷いもなく指を動かして、文字を入力していく。
これから起こるかもしれない炎上騒ぎを一切恐れている様子がない。
「東宮さん、大丈夫なの? 悪意が集まれば、またいつ呪いに取り込まれるかもしれないのに」
「そうだね。心無い言葉がたくさん送られてくると思う」
東宮はそういうと文字を入力する手を止めた。
そして、真っすぐ俺の目を見つめてくる。
「私がまた呪いに飲まれたら助けてくれる?」
「絶対にまた助ける」
俺は即答する。
そして、真見もまた頷いた。
「私たちが必ず呪いは祓う。安心して」
俺たちの返事に東宮はにっこり笑い、大きく手を振り上げて指をスマホの上に振り下ろした。
「うん、なら、私は大丈夫。さぁって、燃えろ! 燃えろ! 燃えろ! あはは! 普段言えないこと言うのってサイコーに気持ちいい!」
東宮がとんでもなくうっぷんを溜めていたんだと伝わる言葉とともに、振り下ろされた手の勢いは誰も止めることは出来ず、東宮の放った言葉は瞬く間にネットの海へと拡散する。
そして、同時に多くの悪意が東宮に吸い寄せられる。
押し寄せる悪意が呪いとなり、東宮の周りの景色が歪む。
するとすぐに東宮茜を見世物にする劇場が姿を現して、現実を侵食しはじめた。
「いきなり呪いが活性化した!? 悪意がめちゃくちゃ強くなってるってこと!?」
「いや、呪いをかけた者が動揺して、呪いが慌てて茜殿を殺そうと現れたのだ。茜殿、誠司殿、真見、悪意が増大しただけでなく、悪意がより明確になることで呪魔は強くなっている。最大限の警戒で挑むぞ」
黒子が呪層空間の変化に気づいた。
どんな空間が現れたのか、どんな新しい呪魔が現れるかは全く分からない。
けれど、ここで呪いを祓いに行かなければ、東宮は殺される。
約束したばかりで見殺しになんて出来ない。
「東宮さん、絶対助けるから」
「ありがとう。こんな物語の登場人物みたいなみんながいるなら、私は負けない」
そういって笑う東宮は、とても呪われているように見えない柔らかな表情をしていた。




