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呪いの秘園

 呪いの世界は呪った人が対象者をどう見るかによって形作られる。

 俺の場合はゲームセンターだった。野切たちが俺を殴って金を奪うことをゲーム感覚でやっていたからだろう。

 野切たちの呪いは十分に悪趣味な世界だった。

 でも、東宮にかけられた呪いはそれをはるかに超える悪趣味な世界だった。


「な、なんだこれ……」


 薄暗い空間はピンクや紫色の光で妖艶に照らされ、ソファとテーブルには何人もの薄手の衣装を着た東宮が呪魔である悪魔たちを接待している。

 そして、所々にステージが設けられ、セクシーなポールダンスをする東宮、鞭で打たれている東宮、服を徐々に脱いでいく東宮がいる。

 そんなステージを見て、悪魔たちが下卑た笑い声をあげている。

 真見から聞いた話よりよっぽど酷いものだった。


「またこの夢!? もうやめてよ!? 早く醒めて早く醒めてよ」


 そんな中、観葉植物の鉢の後ろから東宮の泣きそうな声がした。


「えっと、本物の東宮さんだよね?」


 俺がその植木鉢の後ろを覗くと、頭を抱えてしゃがみ込む制服姿の東宮さんがいた。

 先ほどの元気な姿からは全く想像できないほど、東宮は小さくなって震えている。

 さっきまで彼女がどれだけ気丈に振舞っていたかがよく分かる。やっぱりとても怖かったんだろう。


「っ!? って、あれ? さっきの……」

「天原です。野切たちにいじめられていた」

「その卑屈過ぎる自己紹介はどうにかした方がいいと思うんだけど……」

「あはは……、そうですね。でも、おかげでお互いに本物だってわかってもらえて良かった」


 きわどい服装をしている東宮さんが偽物だとはわかっていても、こんなにもたくさんの東宮さんの偽物がいると、制服姿ですら本物か分からなくなりそうだったから、同じ反応をしてくれたおかげで分かった。


「東宮さんごめんなさい。まさかこんな呪いにかけられてるとは思わなくて、思い出させるだけで辛い思いをさせたよね」

「これ本当に一体何なの? どうして同じ夢ばっかりみるの?」

「東宮さんが呪われてるからだよ。これはその呪いの世界。東宮さんを呪った人は、東宮さんのことをこういう風に見てるんだ」

「誰かが私のことをこういう女だって見てるってこと?」

「心当たりはない? その人が誰か分かれば呪いを祓える。そうすれば、この悪夢は消えるんだけど」

「そんなこと言われても……心当たりがないのよ。炎上してるけどアンチは私の知らない人ばかりだし、知り合いはみんないい人たちばかりだし……。事務所の社長もテレビのプロデューサーも炎上は一時的だから心配するな。これが終わったら次はもっと大きくて稼げる仕事が見つかるって言ってくれるし」


 東宮は本当に困惑しているようで、誰に呪われているかも、なぜ呪われているかも、分かっていないようだ。

 真見たちの言っていた通りで、あまりにも呪いを祓うための情報が少ない。

 真見たちも近くにいないからどうしたものかと悩んでいると――。


「おいおいおい、茜ちゃん。ダメだよぉ? こんなところでさぼってたら」


 突如背後から声をかけられる。

 振り向けばスーツのような服を着た悪魔がいた。

 灰色の肌、黄金の瞳、ナイフのように鋭い爪、間違いなく呪魔だ。


「悪い茜ちゃんはステージの上に連れて行ってお仕置きだ!」

「っ!?」


 呪魔の服の中からうねうねと動く触手のような紐が飛び出し、東宮を捕らえようと動く。

 その動きに、東宮が声にならない悲鳴をあげた。

 騒ぎになるとまずい。逃げても追いかけられるのなら、一瞬で倒すしかない。

 真美と黒子を待っている時間はない。一人で助けないと!


「させるか!」


 俺は瞬時に投影体を呼び出し、刀を呪魔の首めがけて振り抜いた。

 呪魔は油断していたのだろう。俺の剣に反応することなく、呪魔の首が飛び、体が黒い霧となって霧散する。


「東宮さん、ここは危ない。どこか魔物の少ない場所へ逃げよう」

「え、その姿……天原君なの?」

「うん、この姿と力については逃げた場所で話すから、信じてほしい」


 一時も早くこの場から離れないと敵が集まってくるかもしれない。

 俺は東宮の手を取り、薄暗い店内を駆け抜ける。

 幸いなことに呪魔たちは東宮の偽物に夢中で俺たちに気づく様子はない。

 そのまま敵を避けつつ扉を開けていると、倉庫の部屋に入ることが出来た。

 中はお酒や食材の箱がたくさん置いてあって、隠れる場所も多い。

 それに呪魔もいないから、落ち着いて話すことが出来るだろう。


「とりあえず、ここなら安全かな」

「天原君、それはコスプレ……じゃないよね? 私、同じようなコスプレをした人たちを見たことあるんだけど」

「うん、俺も東宮さんと同じで、探偵みたいな姿をした真見さんと、狼みたいな黒子に助けられたんだ」

「それじゃあ、あの二人は本当に私を助けようとしてくれたんだ。どうしよう!? あの化け物と同じだと思って逃げちゃった!? 現実でもそっくりな人がいて怖くて!」

「大丈夫だから落ち着いて。二人ともまだ東宮さんを助けようと動いてくれてる。きっと今もこの呪いの世界のどこかに来ている。だから、今から俺の言うことを信じてほしい」


 俺は改めて東宮の身に起きていることを説明する。

 誰かに呪われていること、この呪いの空間で魔物に殺されると現実で事故にあって死んでしまうこと、生き延びるためには呪いの主を倒して呪いを祓うしかないこと、そして、東宮の身に迫る車を説明した。


「そんなこと……あるわけが……。あぁっ!? 思い出した。確かに車が近づいてきてた!?」

「今、呪魔に殺されると、その車にはねられる。だから、何としても生き延びないといけないんだ」

「……そんな危ないことになってたなんて、全然知らなかった。でも一体誰が……」


 ようやく自分の置かれた状況に現実感が出てきたのか、東宮は少し落ち着きを取り戻した。

 ただ、それでも東宮は自分が誰に呪われているか分からないみたいで、困惑し続けている。


「ねぇ、天原君も呪いに殺されかけたって言ってたけど、呪いの主を倒すってどうやればいいの?」

「俺たちみたいにこの投影の力があれば倒せるみたい。真見さんたちが言うには投影体は俺たちの生きたいっていう強い気持ちが生む力みたいで、生きたいっていう気持ちが死の呪いを祓うんだって。俺も昨日手に入れたばかりの力だからちゃんとは分からないけど」

「なら、天原君はどうやってその投影? の力を手に入れたの?」

「ゲーム感覚で殺されてたまるもんかって気持ちで、こんな呪いで死ねない。絶対に償わせてやるって思ったら、いきなり出来たからよく分からないんだよね……ごめん」


 気づいたらなっていた。というのが正直な話だ。

 そんな掴みどころがない話だったから、東宮はさらに質問を繰り返してくる。


「感情の力っていうこと? それなら私も演技で出来る?」


 どうしよう。こんな時に真見と黒子がいてくれたら心強いのに。俺は戦えるようになったけど、詳しい話はよく分からないんだ。

 そんな風にいない二人に助けを求めている時だった。


「お客様にお知らせです。投影使いが侵入しましたが、当店のスタッフが投影使いを追い出します。皆様は引き続き東宮茜との甘い時をお過ごしください」


 店内アナウンスが俺の侵入を告げる。

 まさかと思って扉から外を覗くと、スーツを着た呪魔たちが武器を片手に警備をはじめている。

 武器は直刀や拳銃といったもので、悪魔にしては随分現代的なものを使うようだ。

 変な感覚だが、悪魔が任侠映画のコスプレをしているようにも見える。

 そういうのが相手だと、戦っている中で流れ弾が東宮さんに当たるかもしれないし、一人で彼女を守りながら戦うのが難しいだろう。


「東宮さん、俺が敵の注意を引き付ける。絶対にこの倉庫から出ないで隠れていてくれ」

「大丈夫なの!?」

「大丈夫。俺は俺にかけられた呪いの世界で、もっと強い呪魔を倒してきたから。だから、安心して」


 俺は自信満々なふりをして応えたけど、半分本当で半分嘘だ。

 野切閻魔とか仁王とか大きな呪魔は確かに倒してきた。

 けれど、この数を相手に戦ったことはない上に、真見たちは東宮にはものすごい悪意が集まっているから呪魔も強いと言っていた。

 戦って勝てるかどうかは分からない。でも、今ここで東宮を守れるのは俺だけなんだから、覚悟を決めてやるしかない。


「呪魔を倒しまくって、呪いに今は殺せないと諦めさせれば、現実に戻せるから」


 真見たちがいない今、そうするしかこの世界を抜ける方法はない。

 それに真見たちがこの世界に侵入しているのなら、俺が暴れれば暴れるだけ気づいてもらえるはずだ。

 全部倒すにせよ、真見たちの応援が来るにせよ、俺が戦わないと事態は好転しない。

 だから、俺は意を決して扉を開け、店内で最も目立つステージの上に躍り出た。


「閻魔! 力を貸せ!」


 そして、野切の呪いを祓ったことで手に入れた新たな力を刀に宿す。

 刀から深紅の炎があふれ出し、一振りすれば炎がたちまちステージを飲み込んだ。

 燃え広がる炎は獣のようにステージを走り、ショーを見物していた呪魔の観客を飲み込み燃やす。


「いたぞ! 殺せ! 投影体だ!」

「投影体からお客様を守れ!」


 すると、火に集まる虫のように呪魔たちが一斉に俺のいるステージに集まった。

 その瞬間、呪魔たちのスーツが破れ、背中から悪魔の翼を生やし、ズボンからナイフのついた尻尾が飛び出す。

 数はおよそおよそ三十体。拳銃を構えた呪魔たちが銃弾を俺に向かって一斉に放つ。

 さすがにこの数は厄介だ。逃げ回ってたら追い詰められる。


「仁王!」


 それならば逆に攻めることで攪乱すればいい。

 俺は真っすぐ前に突っ込むと、仁王の力を借りて稲妻の弾丸を打ち込んだ。

 稲妻が呪魔の壁を破りわずかながらも突破するための穴が開く。

 そこへ俺は炎の剣を振り回しながら突っ込んだ。


「ぐあああ!?」

「くそっ! この投影使い強いぞ! 囲め! とにかく囲んで叩け!」


 よし、攻撃が効く。倒せば再生もしない。これなら何とかなる。


「応援をもっと連れてこい! 数で圧倒するんだ!」


 俺の炎と稲妻によって呪魔の陣形は見る見るうちに崩れていく。

 戦闘は明らかに俺が優勢だ。

 でも、敵の数は一向に減らない。

 常にどこからか援軍が現れて、襲い掛かってくる。

 正直に言ってかなりうっとうしい! 無限沸きかよここの敵は!?


「投影使いを押しつぶせ!」

「っすぞオラアアアア!」


 常にどこからか弾丸と直刀が飛んでくる。

 投影された刀で何とか弾くことは出来るけど、休む暇もなく飛んでくるとさすがに集中力が切れそうになる。


「くっそ、こいつら一体何体いるんだ!?」


 何体倒しても終わりが見えない。

 百体くらいはもう倒したはずなのに、どこからともなく次々と沸いてくる。

 でも、これだけ敵が集まってくれば、他のところの警備は手薄になる。

 その分、東宮の安全は確保されるし、真見たちが俺を見つけやすくなるはずだ。

 だからここで踏ん張らないと!


「天原君! 遅れてごめん!」

「誠司殿助太刀いたす!」

「真見さん! 黒子!」


 そして、ようやく狙い通り真見と黒子が俺に気づいて、ステージにいる敵を一掃して合流する。

 その瞬間、呪魔たちの攻めが途切れた。

 どうやら俺たちが集まったことで攻めきれないと判断したらしい。


「呪いもあきらめてくれた……のかな?」

「いや、何か変だよ。諦めたのならもう呪層空間が消えてもおかしくないのに消える気配がない」


 このまま、呪いが諦めて呪層空間が消えてくれればいいけど。

 残念ながらそうはならなかった。


「ンンンンッ! 投影使い諸君! 茜がどうなっても良いのか?」

「天原君助けて!」


 呪魔の間から、東宮の首に担当を突き付けた個体が現れる。


「「「店長!」」」


 どうやらこの店のボスらしい。

 人質にされている東宮は偽物の東宮と違って学校の制服を着ている。

 ということは、本物!? それとも、学校の制服を着せた偽物か!? どっちだ!?


「真見さん、あれが本物か分かる? 東宮さんの偽物だらけだから、あれが偽物の可能性もあるよね?」

「まずい……。ホームズが本物だって言っている」


 最悪の事態になった。

 東宮がこの世界で殺されたら、現実世界で交通事故に巻き込まれて殺される。

 でも、一体どうして?

 敵は俺が引き付けたはずなのに。


「……ごめんなさい。天原君の声がして助けが来たと思って扉を開けたら、人の声を真似する悪魔だったの……」


 呪いというのは本当に一筋縄ではいかない。

 あの手この手で人をだまし、危機へと誘って殺そうとする。

 でも、東宮を殺したいのなら、どうして見つけた瞬間に殺さなかったんだ?

 東宮を見つけた瞬間に殺せば、呪いは成立したはずだったのに。


「ンンンー、それにしても囚われた茜。そして投影使い。ンー! おかげで最高のショーを提供できる」

「……ショーだって?」

「良いかい? 東宮茜は大事な商品なんだ。客にいじってもらうことを楽しんでもらい、痛い目にあわせて楽しんでもらい、その美しい体に触れて楽しんでもらう。そして、最後には死んだ姿に涙を流してもらう。そういう商品なんだよ」

「ふざけるな! 東宮さんを何だと思ってるんだ!?」

「ンンン、良いセリフだ。そのまま引き金を引け投影使い。最高の感動ショーになるからさ。正義の味方に殺される東宮茜、その死体を見て人は泣き、正義のヒーローを叩きつぶして燃やす。そんなショーが見せられる」


 そんな三文小説以下の筋書きを呪魔が語ると、避難していた客の呪魔が一斉に殺せコールを始めた。

 いや、コールだけじゃない。

 実際に偽物の東宮茜が呪魔たちに殺され、血まみれになってそこら中に倒れている。

 その死体に客たちが群がり、積み重なって犯している。

 悪夢という言葉では片づけられない凄惨な光景だ。


「見ろ。東宮茜がぐちゃぐちゃだ。最高のショーだと思わんかね? ほら、見てみろ茜。これが、世間がお前に求めている姿だ」


 店長が東宮を高く持ち上げ、周りで犯される自分の姿をよく見えるようにしている。

 その光景に東宮の目から涙がこぼれた。


「ネットでみんな言ってるだろう? アカネは死ねって。みんなお前が死ぬショーを見たいんだよ。お前の死を味わいたいんだ。女優になるのがお前の夢なんだから、どういう役を演じればいいか分かるだろう?」

「私は……死んだ方がいいのかな……」


 東宮の首に店長の尻尾の刃が刺さり、赤い血が零れ落ちる。

 ダメだ。このまま諦めたら東宮さんが殺される。

 でも、それと同じくらい俺が否定しないといけないことがある。


「違う! ふざけるな東宮茜!」

「……天原君?」

「こんな理不尽で殺されちゃだめだ! 他人のうっぷん晴らしのために死ぬなんて、そんなの女優の仕事じゃないよ!」


 そんな理由で死んだら、何のために生きてきたのか分からないじゃないか。

 野切たちにいじめられて死にかけた時、俺は生きたいと強く思った。

 だから、こんな呪いでは絶対に殺させない。


「このふざけた呪いは俺が祓う! だから、こんな悪意に負けるな! あなたは俺が死なせない! 諦めるな!」

「ンッンッンー! 良いぞ。良いセリフだ。東宮茜の最後のショーにふさわしい!」


 だが、俺の思いはむなしく、店長は東宮を勢いよく天井へと投げ飛ばした。

 地面に落ちれば助からない。


「誠司君! 行って! 今この距離を飛べるのは君だけ!」

「誠司殿! 雑魚は任せよ!」


 そして、俺たちが助けに行こうにも、大量の呪魔たちが俺たちの行く道を邪魔する。

 真見と黒子の助けがあっても、ギリギリで届きそうにない距離がある。

 だから、真見と黒子は敵を一手に引き受けて、俺に託してくれた。


「東宮さん! 手を伸ばして!」


 俺は仁王の稲妻の反動を使って飛び上がり、東宮に手を伸ばす。

 勢いよく飛び上がった俺の体は悪魔たちを飛び越え、東宮の目の前に達したのだ。


「ありがとう。天原君。本当にごめん」


 でも、俺の手は東宮に届かなかった。

 東宮が手を伸ばせば、確実に届いていたのに、何故か東宮は俺に手を伸ばさなかった。


「東宮さん!」


 落ちていく彼女に声をかけるが、東宮さんは笑っていた。


「そうだよね。ふざけてるよね。そうだよ。何で私がくっだらない台本を演じて、死なないといけないの? アンチのために死ぬストーリー?」


 でも、その笑顔は最初にあった柔らかいほわほわした雰囲気なんて全くなくて、怒りが今にも爆発しそうな顔を無理やり抑えている仮面のようにも見える。


「そんなくっだらないストーリーを私は演じない! このくそみたいな脚本にどれだけイライラしてきたと思ってるの! あーっ! むっかつく! こんな脚本全部燃やして灰にしてやる!」


 叫ぶ東宮の体が輝く。

 その輝きは瞬く間に姿を形作って東宮の体を包み込んだ。


「全部燃えちゃえええええええ!」


 東宮の渾身の叫びとともに投影体が姿を現す。

 その瞬間、東宮の体がふわりと宙に舞い、宙にいた俺のところに飛んできた。


「天原君ありがとう。おかげで助かったよ」


 そういって、俺をキャッチした東宮は黒いローブに身を包み、右手には翼をあしらった杖を持ち、箒に腰掛けて空を飛んでいる。

 魔法使い。そうとしか言いようのない姿をしている。


「天原君のおかげで私も投影体の光が見えたよ」

「はぁー……無事でよかった。手を取ってくれなかったから、あきらめたかと思ったよ」

「あはは、ごめん。心配かけちゃったね。私は生きることをあきらめないよ。悲劇のヒロインとか私に一番似合わない役柄だし。誰が私にこんなことを仕掛けたのかはっきりさせるんだから」


 そして、魔女の姿になった東宮は生き生きと笑った。

 呪いの悪意を全て笑い飛ばすような明るい表情で、呪いを自分から祓いに行く気満々に杖を振り回す。


「まずはあのふっざけた店長をぶちのめす! 天原君、手伝ってもらえる?」

「りょ、了解!」


 東宮が笑いながら言い放った言葉と、燃え上がるような怒りを覗かせる瞳のギャップで、俺は正直少しびびった。

 手伝わないなんて言える空気じゃないよ!

 そう内心で慌てながら、俺は東宮と店長のいるステージに飛んで戻る。


「ムウウン! バカなっ! まさか茜が投影体の力に目覚めるとは。心はほぼ折ったはずなのに!」

「うん、一度は折れたよ。でも、大事なことを思い出したから二度と折れない」

「ンンンンッム! なら、その状態で殺せばそれはそれで良いシナリオだ! 死んでくれ茜!」


 東宮の喝破に、店長の体がブクブクと膨れ上がり、見る見るうちに体つきが変わっていく。

 二つの螺旋の角、筋肉質な蹄の足、背中には巨大な翼と刃のような尻尾、そして手には巨大な鎌を持つ、山羊の悪魔バフォメットに変身したのだ。

 野切閻魔と同じくらい大きい。

 だが、見た目の禍々しさは野切閻魔よりはるかに上だ。


「茜ぇ! その首、夢と一緒に刈り取ってやる!」


 バフォメットが大鎌を振り下ろす。


「させるか! 閻魔!」


 俺はその鎌を炎の剣で受け止めた。

 気を抜けば押しつぶされそうな重い一撃。

 パワーだけで言えば野切閻魔以上だ。決して雑魚じゃない。

 閻魔の力を使っていなければ、叩き潰されているってはっきり分かる。

 でも、こいつを倒すのはもっと適任がいるから少しも怖くない。


「今だ東宮さん! こいつは俺が抑える!」

「ありがとう天原君! 精霊召喚!」


 東宮の翼の杖が輝くと、四体の精霊が現れ、それぞれ炎、水、風、土の槍を構えた。

 そして、その四体が同時に魔法の槍を放つ。


「いっけー! テトラボルト!」

「バカなっ!? この俺様がっ!?」


 東宮から放たれた四色の槍がバフォメットの体を貫き四肢を裂く。

 その瞬間、俺も刀を振り抜いた。


「よし! 斬れた!」


 バフォメットの上半身が宙に舞う。

 だが、体はまだ霧散していないということは、バフォメットは生きている。


「まだ生きて、再生しかけてる!? しぶとい! 東宮さん額を狙って! 角と角の間!」


 なにせ、残った頭の角から禍々しい黒い稲妻を生み出すくらいに力を残しているのだから。


「ンンンン! まだだ! まだ終わってなああああい!」

「始まってすらないっての! あんたのシナリオは没なんだから!」


 だが、黒い稲妻は放たれることはなかった。

 それよりも早く、東宮の氷の槍がバフォメットの額を捉えたから。

 青く輝く氷の槍はそのままバフォメットの首を跳ね飛ばし、巨体が黒い霧となって霧散する。


「あんたの脚本なんて二度と演じないからバアアアカ!」


 東宮が叫ぶ。よっぽど腹に据えかねていたのか、絶叫した後は肩で息をするほどの大声だった。

 そんな東宮に俺を含め真見たちもあっけに取られてしまったけど、俺たちの勝ちに違いはない。

 その瞬間、景色がかすみ、呪層空間と現実が混ざり合い始めた。

 どうやら、呪いがここで東宮を殺すことを諦めたらしく、現実に戻されている。


 何とか守り抜いた。


 そこでホッとしてしまったのが悪かったのだろう。

 俺はこの後何が起きるかを全く考えていなかったのだから。

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