第八話 夜の野球場での特訓──予期せぬ侵入者
前話の内容:かもめの喫茶店で、新たなバックナンバーズ、オットマー・ハヤシが突然現れて、ヒロトに警告をする。
人気のない深夜の市立野球場。少年野球チームが使う、小さな外灯があるだけの簡易球場。フェンス越しの海と街の灯りが、夜気の中でぼんやり揺れていた。
「さあ、特訓の続き! やるわよ」
野球帽にパーカー姿の朝比奈真央が、マウンドの上に腕を組んで立っている。
ポニーテールが風に揺れていた。
俺はその向かいで、軽く肩で息をしていた。
あれから家で仮眠をとって、すぐに特訓って……スパルタすぎる。
「昨日の“変身”は偶然だった。このままだと──次は、死ぬわよ」
朝比奈真央は、なぜか妙に張り切っていた。というか、熱血タイプなのかもしれない。
俺は何度か変身を試みているけれど──うんともすんとも言わない。
「何も……起きません」
倉庫の中で感じた怒りを思い返そうとするが、うまくいかない。
怒りだけがトリガーじゃないはずだ。一ノ瀬さんの家でも、声は聞こえた。
でも、巨人に変身するための糸口は見えない。
「怒ったら変身する、みたいなこと──試してみる価値は……ある?」
彼女がグッと右手を握る。
「ちょ、ちょっと待ってください……!」
俺は思わず手で顔を覆った。
「冗談よ。本気で殴ると思った?」
「いや……ちょっと目がマジでした……」
「だったら、ちょっとは考えなさい」
「えっと……もしかして?」
そう答えながら、俺の中にもぼんやりとした“条件”のようなものが浮かんでいた。
最初のときも、倉庫の中でも──緊張して、背中が熱くなって、心臓が高鳴って、あの声が聞こえてきて……
「うーん、やっぱりわかんないな……」
気が抜けた瞬間、俺はバランスを崩し、倒れそうになる──
次の瞬間、
朝比奈真央の胸元に、顔をうずめてしまった。
「……っ、わわ、ごめ──!」
パンッ!
鋭い音が、夜のグラウンドに響く。
頬に熱さが残る。
「な、何するのよ、変態!」
「いや違っ……事故で!」
「事故なら2秒以内に離れなさいよっ!」
でも、その瞬間──
「数字が……光ってる!」
朝比奈真央が叫んだ。
「……え?」
「ヒロト君、背中……光ってる」
彼女がスマホでサッと数秒の動画を撮影し、俺に見せてくる。
「ほら、番号。点滅してる」
確かに、スマホの画面には、Tシャツ越しに数字が明滅しているのが見える。
(まさか──)
心臓がドクンと跳ねた。背中にじんわり熱がこもる感覚がある。
そして──“声”が、また聞こえてきた。
『チキュウジンヲ……センメツセヨ』
「こ、これは……」
「どうしたの!? 変身しそう?」
そのとき──
ベンチの陰から何かが飛び出し、階段でつまずき、グラウンドに転がり出た。
「いってぇ……」
土まみれのジャージに、メガネの小柄な学生風の男。
現れたのは──
「小宮……!?」
「よう、ヒロト」
小宮はメガネを押し上げながら、息を弾ませて立ち上がった。
中学からの同級生、クラス1のオカルトオタク──小宮正吾だった。
「お前……なんでここに」
「2階の部屋の窓から見えたんだよ。さっきヒロトと生徒会長が二人で自転車で出かけていくのが──この組み合わせ、明らかに怪しいって!」
「……!」
「だって、おかしいじゃん。こんな騒ぎの最中にさ。それで、ピーンときたんだよ。俺の勘が。“ついてけ”ってさ。オカルト大好きな俺が、この現象を追わないわけないっしょ!」
俺は首を振る。小宮はお構いなしに早口でまくしたてる。
「そしたら、さっきの……ヒロトの背中の数字。俺の勘、当たってたんだな。まさか、ヒロト、お前が“38番”だったとは」
朝比奈が頭を抱える。
「……なんなの、あなた」
「小宮正吾っていいます! 覚えてて!」
「名前はどうでもいいけど!! そんなことより──あんたのせいで、数字消えちゃったじゃない!!」
確かに。小宮の登場に驚いて、心臓の高鳴りも、背中の熱さも、あの声も──すべて消えていた。
「あんた、バカー!? どうしてうまくいってたのに、何してくれてるのよ!」
朝比奈はすごい剣幕で小宮を怒鳴りつける。
「のぞきなんて最低よ! それにね、モブのくせに出てくるタイミングってあるでしょ!」
ちょっと小宮が可哀想になってきて、「あの、小宮はオカルトが大好きすぎて……居ても立ってもいられなかったんじゃ」と擁護すると──
「ヒロト君は黙っといて! 早くもう一度、背中に数字を出してよ!」
と俺が怒られる羽目になった。
「あっ、それなら多分ですが」と小宮が口を挟む。
「心拍数じゃないですか? ヒロトの」と、メガネを上げながら言った。まだ顔に土がついている。
「えっ、心拍数?」
俺と朝比奈真央は顔を見合わせた。
「そうです。心拍数がある一定の速さを超えるのが、何かしらのトリガーになってるんじゃないかって。さっきヒロトは興奮してたわけだし……。
定量化できるものって言えば、心拍数くらいかなって」
「じゃあ、もう一度、朝比奈先輩の胸に──」
「何言ってんの! それだったら走りなさいよ!」
朝比奈真央は頬を膨らませて言う。
「ランニング、決定! 全力でベース一周、10周!」
「えぇぇ……」
俺は頭を抱える。
「仕方ないよ、ヒーロー」
小宮は肩をすくめて俺をなぐさめた。
「何言ってんの、あんたも一緒に走りなさい。のぞきのバツよ!」
──俺と小宮は、並んでベースランニングを始めた。
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第9話は2日以内に更新予定です。第9話は、新たな敵が登場します。