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第二話 地球人ヲ、センメツセヨ──覚醒する38番

図書館を出てから、ずっと足が地に着いていない気がする。

横には、一ノ瀬遥。学年で一番の美少女。

信じられない。彼女の家に誘われるなんて──


(「……うち、親いないし」って、どういう意味なんだ……?)


--------


一ノ瀬さんの家は、素敵なマンションの最上階だった。

玄関からすでに洒落た香りが漂い、リビングはクーラーがほどよく効いていて涼しい。


キッチンで料理をする一ノ瀬さんの後ろ姿を見ていると、まるで夢のようだ。世界的な巨人の騒動も、やはり画面の中だけのものなのだ。


「はい、簡単なものだけど。召し上がれ」


一ノ瀬さんがテーブルに運んできたのは、バジルソースのパスタとアイスレモンティーだった。

真っ白な皿に、鮮やかなグリーンのソースがパスタに絡み、カットされたレモンがグラスの縁を飾っている。まるで、おしゃれなカフェで出てくるような仕上がりだ。


(すごい……これが、簡単ってレベル?)


しばらく見とれていると、一ノ瀬さんが少し照れたように微笑んだ。


「どうしたの?」 「あ、いや……その、お店みたいだなって」


ありきたりすぎることしか言えない自分が情けない。でも、今の俺の精一杯だった。


一ノ瀬さんは「ふふっ」と小さく笑った。


「料理、得意ってほどじゃないんだけど、好きなの。だからこうやって作ると、気分も落ち着くっていうか……」


一ノ瀬さんの柔らかい声を聞いているだけで、不思議と俺まで落ち着いてきた気がした。

フォークを手に取ってパスタを口に運ぶ。バジルの爽やかな香りが口いっぱいに広がり、驚くほど美味しかった。


「美味しい……」


(いや、語彙力……。それだけじゃ、伝わらないだろ)


一ノ瀬さんは俺のその反応を見て、くすくすと笑った。


「そんなに喜んでもらえると、作った甲斐があるな」 「うん……いや、本当に美味しいから」


精一杯の感謝を込めて言ったつもりだったが、ますます情けない気分になる。でも、一ノ瀬さんは優しい表情で嬉しそうにしてくれている。その笑顔を見ているだけで、胸が妙にくすぐったくなった。


食事を終え、食器を片付けると、一ノ瀬さんはリビングのソファに俺を誘った。


「ふだん、テレビなんてあんまり見ないんだけど……」


何か話さなきゃ、と思っているうちに、彼女はリモコンを手にしてテレビをつけた。画面からは、巨人関連の特番が流れてくる。けれども、それよりも、隣に座っている一ノ瀬さんの存在のほうが気になって仕方ない。


ふたり並んでソファに座っていると、彼女の髪からふわりといい匂いが漂ってくる。

距離が近すぎて、まともに横顔を見られない。視線はテレビの画面に向けているけど、全く内容が頭に入ってこなかった。


(なにか話さないと……でも何を……?)


会話のきっかけが見つからず、胸ばかりが落ち着きなくドキドキしている。


ちらりと横目で一ノ瀬さんを見る。彼女はテレビ画面を静かに見つめている。まるで何かを考えているようで、それがまた俺の焦りを煽った。


静かな部屋のなかに、テレビの音だけが響く。

ふたりだけの空間。嬉しいけど、息苦しいような緊張感。

まるで、夢のなかにいるようだ。


(非現実すぎる……)


俺は大きく息を吸ったが、胸の高鳴りはまったく収まってくれなかった。


どのチャンネルも、巨人関連のニュースが流れ続けている。

日本に出現する可能性を、コメンテーターが真剣な表情で語っている。

正直、現実感がなさすぎて、俺の思考はうまく追いつかない。


「こういうの、本当に日本にも来るのかな……」 ふと一ノ瀬さんが呟いた。

「さあ……遠い場所の話だって気がするけど……」


なぜか、一ノ瀬さんと一緒にいるという状況に、頭がふわふわしている。


そして、どうしようもなく緊張している。一ノ瀬さんの太ももと自分の太ももが触れ合う距離にいるからだ。意識すると余計に息苦しくなってくる。一ノ瀬さんは、太ももを寄せてきているようにも思える。そんな、気のせいだ。でも確かに太ももが当たっている。ふたりとも言葉を発しない。心臓がバクバクして仕方ない心臓の音が聞こえるって本当なんだ。


そのとき──


『……チキュウジンヲセンメツセヨ……』


耳元をかすめる、不気味な男の声。

ゾッとして、思わず肩が跳ねる。


「どうしたの?」


一ノ瀬さんと目が合った。心臓がバクバクしている。背中が熱い。


『……地球人ヲセンメツセヨ……』


また声が聞こえる。


『……センメツセヨ……』


心臓の高鳴りとリンクするように、背中が熱い。皮膚が焼けるような熱さだ。

背中の汗でソファを汚しそうで、俺は思わず立ち上がった。


一ノ瀬さんが不安げな表情で、俺の背中を指差した。

「ヒロトくん……背中……」


彼女は、小さく震える声で呟いた。


(背中……?)


俺は、振り向いた。


リビングの窓に映った俺の背中には、『38』という数字が緑色に点滅している。


(嘘だろ……?)


嘘ではない。『38』という数字が、たしかに、緑色に点滅している。


(これって、背中の数字って……!)


『……地球人ヲセンメツセヨ……』


声は、人間のものではなかった。

機械のようで、生きているようで、どこか俺の声にも似ていた──

頭の中で色々な感情や考えがぐちゃぐちゃになり、思考が追いつかない。

心臓が、狂ったように暴れている。全身に冷や汗が噴き出した。


(なんで俺が……嘘だろ、こんなの。意味がわからない……)


「ご、ごめん……俺、帰る。ここにいちゃダメだ……」


立ち上がろうとするも、足が震えて思うように動かない。

一ノ瀬さんも動揺していて、すぐに言葉が出ないようだ。


「待って……。でも、どうしたら……」


戸惑ったままの彼女を見ると、胸が締めつけられた。


「本当にごめん……誰にも言わないで……」

俺は、震える手で鞄を掴み、逃げるように玄関に向かう。


「ヒロトくん……」


一ノ瀬さんが何かを言おうとしているが、聞いている余裕はもうなかった。

背中が燃えるように熱い。

慌てて外に飛び出し、ドアを閉めると、一気に息が苦しくなった。


『……地球人を殲滅せよ……』


あの不気味な声が、何度も頭の中で繰り返される。

背中が熱くなり、数字が皮膚の奥で脈打っているような感覚がある。


「なんなんだよ……!」


泣き出しそうな気持ちを抑え、俺は夢中で走った。

行く先も考えられないまま、人目を避けて、現実から逃げるように。

すべてが混乱し、俺の心はもう、限界寸前だった。


頭の中にはあの声が響き続ける。


『──地球人を殲滅せよ──地球人を殲滅せよ──地球人を殲滅せよ──地球人を殲滅せよ──地球人を殲滅せよ』


背中が熱い。心臓が暴れて、自分の体がねじられて、何か別なものに変わりそうな感じもする。

だけど、俺は必死でそれを拒んだ。


「いやだ……俺は、誰も殺したくない……!」


そう強く思った瞬間──


『──センメツセ……──』


声は消えた。


背中の熱も、少しずつ引いていく。


気がつくと、俺は高校の正門前に立っていた。

臨時休校中なのに、門は開いていた。──誰か教師が来ているのだろうか。

周りをざっと見渡しても、人影はない。


どこか落ち着ける場所が欲しかった俺は、学校の敷地に入る。


誰にも見られたくない。

校舎を避けて、グラウンドの隅にある、あまり使われていない倉庫へと向かう。

幸い鍵はかかっていなかった。


逃げ込むように倉庫の中へ入ると、息が荒くなり、汗が止まらなくなった。


ポケットからスマホを取り出して、手を伸ばして背中を数秒映してみる。


良かった……数字は消えている。

まだ、俺は“俺”のままだった。

最後まで読んでいただき、どうもありがとうございます。

次話もなるべく早く更新しますので、ぜひブックマークしてください。

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