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第一話 背番号を持つ巨人たち

3/30 一部文章を読みやすく修正しました。内容や物語の大筋に変更はありません。

「次は、日本かも──」

そう誰かがつぶやいたのが聞こえた。

図書館の自習室。人はまばらだ。

当たり前だ。いま、日本中が“巨人”の話で持ちきりなのだから。


俺は白井ヒロト、高校一年。

本当なら今日は月曜日、学校がある日だ。だけど、昨夜、“カリブ海”に現れた“海の巨人”を受けて、全国の学校が臨時休校になった。


(休みは嬉しい。……けど、正直、不安のほうが大きい)


家にいても、テレビもネットも巨人・巨大生物の話題ばかりで気が滅入る。

両親は共働きで昼間は家にいない。誰かと話すわけでもない。

それで、なんとなく足が向いた。近所の市立図書館。ときどき来る場所だ。


勉強でもするかと教科書を開いてはみたけれど──ページは、まったく進まない。

SNSもニュースも、どこもかしこも『バックナンバーズ』の話題ばかり。


--------


世界中で、謎の“巨人・巨大生物”が現れている。


最初は1週間前。ニュージーランドの山中に、黒い石像のような巨人が突如出現した。登山客132名が襲われた。生存者が撮影した動画は、SNSを通じて瞬く間に拡散された。


──巨人の背中には、緑色に点滅する『34』という数字。


その2日後の深夜。今度はブラジルの都市。四本足で歩くカメレオンのような巨大生物。それは街を悠然と徘徊し、何も壊さず人を襲う気配を見せず、わずか3分ほどで忽然と消えた。監視カメラが捉えた映像──背には『32』。


そして昨夜。

カリブ海、巨大な“顔”が海面から浮かび上がった。まるで、神話の怪物のように。

“海の巨人”の周囲の海水は高々と隆起し、それは巨大な水の壁になった。クルーズ船の客が亡くなる前に撮った動画。その船は巻き込まれ、転覆したらしい。背中には──『29』。


数字は減っていっている。

誰かがカウントダウンしてるみたいに。


------


『バックナンバーズ』──謎の巨人、巨大生物たちは、そう呼ばれるようになった。


世界中で確認されているその姿は、どれも異様で、そして共通している。

──背中に緑色の数字。淡く脈打つように点滅している。


ニュージーランドの“黒い石像”は『34』。

ブラジルの“四つ足の怪物”は『32』。

そして昨夜の“海の巨人”は『29』だった。


どれも3〜5分ほど現れて、跡形もなく消えた。

その正体も、目的も、なにもわからない。


テレビじゃ連日、専門家と称する誰かが緊急生放送で「日本も時間の問題」と煽っている。

スーパーからはトイレットペーパーも米も消え、ネット上では“終末”ってワードがトレンド入りしていた。


誰にも正体がわからない“何か”って、本当に怖いんだ。

だから人は、想像で一番怖い未来を作ってしまう。


そして俺たちは、今その渦中にいる。


--------


同じ中学出身の男子たちが集まるグループLINEは、今日も『バックナンバーズ』の話で埋め尽くされていた。


──宇宙人派、人工兵器派、AIが作ったフェイクニュース派。


「どう考えても宇宙人だろ」

「いやいや、あれは人工兵器。見た目が完全にそれ」

「じゃあさ、背中の数字は?」

「出現順が34→32→29って、カウントダウン説あるらしい」

「まじか……次、28番?」


誰かが貼った海外フォーラムのスクショには、

「ナンバーが小さいほどヤバい」

「0になったら人類終了」なんて不穏な予測も踊っていた。


「全部CGだよ。AIが作った映像。人類パニック誘導のプロパガンダ」

「でも死者も出てるって……」

「それもフェイク。 現地の情報って、政府が規制してんじゃん」


──みんな言いたい放題だ。


特にうるさいのは、朝日拓真と小宮正吾。

拓真はクラスの中心人物、小宮はリアルでは無口なのに、ネットだとよく喋る。


ふたりとも、中学からの腐れ縁だ。


一方の俺は、ほとんど何も書き込まない。ただ、スマホの画面を眺めて、既読をつけているだけ。

……なんだろう、他人事みたいに思えてしまう。

この感覚、不謹慎なんだろうか。


黒髪、平均的な顔、平均的な背丈。

教室で浮くこともなければ、埋もれるわけでもない。中庸。凡人。


唯一、自信があったのは、野球だったのに……。


少年野球では1番でショート、中学でも1年からレギュラーだった。

でも──それも、“あの夏”で終わった。


……そう、“あの夏”までは。


中学3年。後から野球を始めた拓真に、レギュラーを奪われた。

自分より少しだけ背が高くて、守備が華麗で、肩が強くて、打球も遠くへ飛んだ。

本気で悔しかった。誰にも言えなかったけど、涙が出るほど。


その後、肘を痛めたこともあって、俺は静かに部活を辞めた。野球を辞めた。

いや──逃げたんだと思う。


皮肉なことに、拓真も高校に入ったとたん「もう野球はやらない」とあっさり退部した。


今でも友達付き合いはある。会えば笑って話すし、LINEもする。

でも──彼の明るい笑顔を見るたびに、どこか胸の奥がザラつく。


まるで古傷が、再発するみたいに。


--------



スマホをカバンにしまって背伸びをした。


大きな窓から差し込む昼の光が、木製の机と床に優しく広がっている。

ネットニュースの喧騒が、どこか遠くの出来事のように思える。

少なくともこの空間は平和だ。


「……とはいえ、ここもいつ休館になるかもわからないな」


そんなことをつぶやいた矢先、耳元で小さな声がした。

その声は、鼓膜をなぞるように柔らかくて。


驚いて顔を上げると、そこには一ノ瀬遥がいた。

学校で“学年一の美少女”と噂されている女の子──その張本人が、俺の目の前に立っていた。。


「い、一ノ瀬さんっ……!」


思わず声が裏返る。

ドギマギする。顔が赤くなっているだろう。だって、彼女とは学校でもまともにしゃべったことがない。


「……本が多いとこ落ち着くから、ついここに来ちゃったの」


「わ、わかる。俺も同じような理由で来たんだ」


ギクシャクした会話。


「こんなときこそ、っていうか……」


すぐ目の前にいる一ノ瀬さんの顔を直視できない。なぜか顔が半笑いになる。自分でもキモいと思うが、上手く表情がコントロールできない。


一ノ瀬さんはふっと小さく笑った。


「わかる。私も、一人だと怖くなってくる」


そんなことを言われてしまったら、なおさら返す言葉に詰まってしまう。


「そ、そうだよね……」


何とか相槌を打ち、場をつなごうとするけれど、やっぱり気の利いた言葉は出てこない。


(ダメだ……全然会話になってない……)


一ノ瀬さんはそれでも気にした様子もなく、小さく微笑みながら俺を見ている。その表情がますます俺の焦りを加速させる。


「い、今、来たの?」


苦し紛れに訊ねると、一ノ瀬さんは首を軽く横に振った。


「ううん。さっきからいたよ……。ヒロトくんが、たまにこの図書館に来るのも知ってたし」


「……え? あ、そうなんだ。」


思わず間の抜けた返事になってしまう。


「前にも声、かけようとしたことあるんだよ?」


彼女は静かにそう言って、またふっと笑った。


胸の奥が妙にざわつく。


「あ、ありがとう……なんか、ちょっと……嬉しいかも」


言ってから、顔が熱くなる。

自分が、思春期のテンプレみたいに感じる。


(なんで、こういうときに限って、それ以上の言葉が浮かばないんだよ……!)


すると、一ノ瀬さんはふと思い立ったように小さく口を開いた。


「横、座っていい?……あ、カバンとってくるね」


「あ……う、うん」


俺の返事を待たずに、一ノ瀬さんは元いた席に戻っていく。

彼女の後ろ姿をつい目で追いかけてしまう。もちろん制服ではなく私服だ。白を基調とした、派手でも地味でもない、清楚という言葉がぴったりな服装だった。


胸の奥で、緊張が波紋のように広がっていく。


彼女が戻ってきて、当たり前みたいに俺の隣に腰を下ろした。

ふわりとした香りが鼻をかすめて、思わず息を止めてしまう。


「一緒に勉強しよ。……勉強で現実逃避ってのも変だけどね」


小さな笑い声。

それに釣られて、俺も笑おうとするけど──うまくいかなかった。


(現実逃避……っていうか、今のこれが非現実すぎる)


世界を騒がせている巨大生物も、一ノ瀬さんが俺の隣にいるということも、どちらも信じがたいくらい現実味がない。状況が状況すぎて頭が追いつかない。


そんな俺の様子を気にしたのか、一ノ瀬さんが少し照れくさそうに言った。


「ねぇ、昼ごはん、うちで一緒に食べない? すぐ近くなんだ。簡単なご飯くらいなら作れるよ」


一瞬、言葉の意味が理解できなかった。


(えっ……昼ごはん? うちで? 一ノ瀬さんと……?)


顔が熱くなってきているのがわかる。思考が追いつかない。


「え……い、いいの?」


口が、勝手に動いていた。


一ノ瀬さんは軽く頷いて、小さく笑った。


「うん。うち、親いないし。誰かと一緒のほうが安心するから」


そう言って、彼女はわずかに首を傾げる。

その仕草があまりに可愛くて、俺はとうとう何も言えなくなった。


神展開とはこのことだ。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます。ぜひブックマークをお願いします。

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