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9 盗みに入ったが、そうじゃない


 怪盗アカシアは、貧富の差など気にも留めず、そこに宝石が在れば窃盗を繰り返すこそ泥の一人。

 貴族だろうと平民だろうと関係ない。そこに宝石があるかないか、それだけがアカシアの出没理由だ。

 宝石のあった場所に残される黄色い花…アカシアの花から「アカシア」と呼ばれているだけで、その辺りに存在するこそ泥と何も変わらない。


 別に、盗んだ宝石を本当の持ち主に返却したこともない。

 それなのに何故、義賊扱いを受けているのか。


「忘れたか? 君の犯行が明るみに出たのは、その悪辣領主が騒ぎ立てたのが発端だったはずだが」

「…確かに、悪辣と評判の男の家にも盗みに入りましたが…」

「君は領主の家から複数の宝石を盗み、アカシアの花を置いていった。当時は怪盗アカシアの存在も知られておらず、領主は宝石の紛失は妻の呪いだと考えた。数日前に領主の妻が()()()を遂げていて、その妻が愛した花がアカシアだったからだ」

「ええ…」


 領主の妻はアカシアが盗みに入る数日前に()()()を遂げていた、というのが不安要素。

 元々評判の悪かった領主は妻と不仲なのも有名だった。それなのに妻の所持していた遺産全てを夫へ譲る、なんて遺書が発見されたことから、より疑いの目が向けられていた。

 しかしその、譲られた遺産の一つである宝石がある日、アカシアの花に姿を変える。

 ――妻を謀殺して手に入れた遺産の一部が、妻の愛した花に置き換わっていた。

 領主は館に盗人が侵入した可能性よりも、自らの罪を誰かに咎められたように感じたらしい。


「疑心暗鬼に陥る領主は隙だらけで、兼ねてから隙を窺っていた捜査員が調査に成功し、悪行の証拠を掴み失脚まで追い込んだ。領主は捕らえられる最後まで妻の呪いだ、アカシアの呪いだと騒いでいた。それを知っている悪党達のところに君が何度も盗みに入るので、アカシアの花は罪人を知らせる魔除けの花だと言われはじめた」

「えぇえ…」

「不当に手に入れた宝石がある日、アカシアの花と入れ替わる。悪党達は『お前の罪を知っている』と追及される気持ちになり、隙ができる。何人か検挙できたし、多くが自首してきた。おかげさまで随分と風通りが良くなった」


 結果、悪党に苦しめられていた人々がアカシアに感謝して、怪盗アカシアの認知後も、彼女は正義の使いであると義賊扱いされていた。


 おかしい。

 ミモザの認識とかなりの差異がある。


(私はただ、宝石自慢の人達のところに盗みに入っただけなのに…)


 盗んだ宝石の代わりに花を置いていったのは、深い意味があったわけではない。

 ただ同一犯だよと分かるように、共通点があった方が捜査がしやすいかもと思い置いていただけ…どちらかというと、自らの罪の証明のような物だった。

 それがまさかの、ミモザではなく被害者側の罪の証明と思われていただなんて。


(盗みに入った先が悪党だったのは、必然と言えば必然だし…)


 最も美しい七色を探し、辿り着いた先が悪党だった。

 悪党も宝石の輝きに魅せられる。そうした輩ほど、財を自慢するように見せびらかすので話が入ってきやすい。その多くは不当に手に入れた、欲深き象徴だ。

 善人が代々受け継いでいる宝石もあるが、そういった宝石ほどひっそり保管されているので、そもそもミモザが目にすることがない。


 というわけで、盗みに入った先は悪党が多い。

 しかしまさか、盗みに入った結果相手が失脚し、報復を願っていた人々の助けになっていたとは思わなかった。


 人は恨みも忘れないが、恩義も忘れない。

 たとえ本人が与り知らぬ恩だとしても、おかげさまで助かったという意識は残る。

 民衆の恐ろしいところは、噂話で話が大きくなり、いつの間にか怪盗アカシアが本当に正義の味方のように扱われている事だ。

 …本当に、何もしていないのに。


「だから、アカシアが捕まれば責められるのは騎士団の方だ」

「罪のありかを間違えないで民衆!!」

「ということで、罪を償いたいというのならアカシアではなくミモザとして俺に捕まってくれ」

「曲解が過ぎませんか!」


 なんでそうなるの。

 どうして怪盗では捕まえられないのに恋泥棒なら捕まえられるの。

 おかしい。犯罪として確実なのは怪盗としての宝石窃盗なのに、不確かな恋泥棒で頑なに捕まえようとしてくる。ミモザは怪盗として自白しているのに、怪盗として捕まえると騎士団が不利益を被るってどういう事だ。

 何が民衆をそこまで熱狂させているのだろう。


 ミモザは頭を抱えた。

 頭を抱えて蹲るミモザの前で、エピメディウムは相変わらずミモザの手を握り、じっと彼女を見詰めている。


「俺に捕まるのは不満か」

「…怪盗としての私が、見ないふりをされるのは、不満です」

「見て欲しかったのか…目のやり場に困る、あの姿を…」

「そうでは…そうではなくて…!」


 ちょっとイケナイお姉さん系怪盗の格好を思い出すのはやめて欲しい。

 色々必死に考えずに来たところが、羞恥心としてミモザを責めるので、やめて欲しい。


「罪は正しく、罰せられるべきでしょう…!」


 ミモザは罪の子。生きていることを許されるために贖罪を求められている。

 あなたの所為じゃないと一言、誰かに言われることを願った。自分の所為じゃないと誰かから許しが欲しかった。


 けれど、ミモザは贖罪のために罪を重ねた。誤魔化しなどできない。自分で選んだ罪の道だ。

 罪には罰を。罪には贖罪を。

 じゃないと、ミモザがなんのために…贖罪のために重ねた罪の意味が、分からなくなる。


「私は私が生まれた罪に対する贖罪をしないといけないんです。私が生まれた所為で失われた宝石を産み直すために、そのために宝石を盗み続けました。世界一美しい輝きを見つけるために何件も…窃盗は罪です。盗品が手元に帰ってきたからって、盗まれた事実はなくなりません。盗んだ時から罪は生まれて、許されるまで贖い続けなければいけないんです」


 ミモザが生かされたのは、贖罪のため。

 母と同じ顔をした六人が、そう決めたから。


「宝石を産む…」


 ミモザの発言に、エピメディウムが呆然と呟いた。


 …そういえば、エピメディウムがどこまで突き止めていたのか、詳しく聞いていない。

 ミモザの出生は突き止めたようだが、ミモザの目的を正確に理解していなかったようだ。

 一族のためかと聞かれたが、一族のために七色の宝石を呑み込んで一つの宝石を産むなんて、思いつくような内容ではない。


「それは、許せないな」


 強く、握られた手に力が込められる。


「君が俺以外の子を産むのは許せない」

「…!」

「無機物が間男になるとは思っていなかった」


 ミモザもそんなパワーワードを聞くことになるとは思っても見なかった。



>>間男は無機物<<

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