8 罪はあるけど、そうじゃない
本当は、宝石など盗みたくなかった。
それは誰かが努力して手に入れた財宝で、代々受け継いできた家宝で。
美しく魅了するからこそ価値が高く、見合った者しか許されない宝だと分かっていたから。
(だけど私は罪の子。私が生まれた所為で失われた宝石を取り戻すため、美しい七色を取り込まなければならない)
「ミモザ。君の生まれは一つもおかしくない。男と女が愛し合って子供が生まれた。それの何がおかしい。当たり前に生まれた君が、一族の重荷を背負う必要などない」
黙ってしまったミモザに、エピメディウムが語りかける。
座り込むミモザの正面で膝を突いて、ミモザの手を握りながら真摯に言葉をくれる。
今日は奇行が目立つけれど、普段の彼は誠実の騎士を体現する人だ。
(そんな彼に私は恋をして…彼になら、捕まってもいいと思っていた)
捕まるなら、彼がいい。
贖罪を果たすことができなくても、罪を暴かれるなら彼が良かった。
誠実な彼なら、罪深いミモザの事も、平等に裁いてくれると思って…。
(…彼ならこう言ってくれると、甘えたのかもしれないわ)
罪はないと、誰かに言って欲しかった。
ミモザは生まれただけで、一族の決まりとか、母の裏切りとか、父の無責任さなんて、子供のミモザではどうしようもできないことばかりだったから。
ずっと、罪の子と責められて過ごした。
自分が悪いのだと思いながらも、理不尽な糾弾に叫び出したかった。
だけど。
「それでも私はアカシアです。窃盗の罪があります」
怪盗として宝石を奪い続けた。
これは、言い訳できぬミモザの罪だ。
「…罪を認めるんだな」
「目的のため、宝石を手に入れる方法として窃盗を選びました。間違いなく、私の罪です」
「君は盗むのがとても上手いからな…」
「しみじみ言わないでください…」
その盗むはミモザの関与できない部分な気がするので、コメントも難しい。
「しかし困った。君が怪盗の責を負うならば、俺は君の罪状に繋がる全ての証拠を隠滅して歩かねばならない」
「なんで!!!!!」
真面目な顔をしてとんでもない発言ばかりするエピメディウムに、ミモザの心からの叫びが飛び出した。
なんで、どうして。
エピメディウムの騎士団長としてあるまじき発言が止まらない。
「君が捕らえられるのは困る。牢屋に入れたら触れられないし囚人への接触は限られた人間にしか許されていない。騎士団長の俺は手続きさえすれば許されているが流石に入り浸るのは許されないからな。看守へ転職希望を出してしまいそうだ」
「騎士団長から看守へ転職なんて認められませんよ!?」
「だろうな。だから君の罪を全て隠滅して君を無罪にし、俺だけが捕まえていい罪状を考えた。そう、初恋泥棒としての罪状を」
そうはならんだろ。
「問題は騎士団での聞き取りで君の罪歴が更新され続けていることだ。俺だけの初恋泥棒といいきれないのが遺憾の意。とんでもない恋泥棒だ」
「心当たりがありませんが!?」
「これは罪深い」
結局私は罪深いのか。しかしこれで罪深いと言われるのはこちらこそ遺憾の意。
「確かに私は罪深いですが盗んだのは心ではなく宝石です!」
「言いがかりでおふざけな罪状ではなくその罪を認めるというのか」
「良かったおふざけの自覚はあったんですね…」
思わずほっとしたミモザだが、考え直す。
自覚があってこの言動の方がやばい。
「繰り返しますが私の罪は窃盗で」
「恋泥棒だな」
「そっちじゃない…! 私が盗んだ宝石を見たでしょう! どうしてなかったことにしようとする…違います私の身柄なんて言い訳はやめてください。誠実な騎士として正しい行動をとってください!」
なんで罪人のミモザが騎士に懇願しているのだろう。
見逃してくれではなく騎士らしくしてくれなんて懇願する罪人はミモザくらいではないだろうか。
あと、流石にそろそろ誠実の騎士の二つ名は返上すべきだと思ってもいる。
頭痛が痛いなんて顔をするミモザに、言動はともかくずっと真面目な顔をしているエピメディウムがこちらを諭すように声を掛けた。
「だがミモザ…アカシアが捕まれば、民衆は黙っていないぞ」
「えっ」
「怪盗アカシアは悪を正す義賊として知られているからな。騎士団がアカシアを捕まえれば、アカシアの減刑を求める民衆が殺到すること間違いなしだ。なぜなら君は、悪辣領主失脚の立役者だからな」
えっなにそれ知らない。
あるまじき発言が止まらないエピメディウム。ミモザは頭痛が痛い顔をしている。
そしてなんかアカシアに功績があるけれど、本人がわかっていない。