7 責任はあるけれど、そうじゃない
ミモザは愕然とした。
自らの出自を語りながら引かれる覚悟をしていたのに、こちらが引くことになるとは思っていなかった。
「わ、わかっているのですか。私は普通の人間ではないのですよ」
「人間誰しも普通でないところがあるものだ」
「絶対意味が違います」
規模も違うと思う。
「こ、この宝石を探っていたということは、予想もしていたのですよね? 私が宝石を宿していると」
「場所は把握できていなかったが予想はしていた。とても眼福だ」
「凝視しないでください!」
話ながら身を起こすことに成功し、座り込み向かい合う形になっていて良かった。押し倒されたままなら衣類を直すことも難しかった。ミモザは身を竦ませながら、外されたボタンを直した。
残念そうな顔をしないで欲しい。こんなときだけ分かりやすい表情を見せないで。
「ミモザ。『宝石の女』を祖に持つ君がアカシアとして宝石を盗むのは、一族のためか?」
「…一体どうやって調べてきたんですか…」
「君の行動理由全てを把握するために生まれから今に繋がるまでできる限り調べてきた」
「率直に恐ろしい!」
ミモザは自分を抱きしめて、できるだけエピメディウムから距離を取った。距離を取るが、エピメディウムは容赦しない。
「君に心臓を奪われた複数人に遅れを取るわけにはいかなかったし、アカシアに惑わされている複数人が正体に勘付く前に俺が捕まえてしまいたかった。そう、俺の初恋泥棒を捕まえるのは俺だ」
「はつ…!?」
おかしい。
深刻な話をする流れかと思ったのに、エピメディウム怒濤の攻めが変わらない。
自分を守るように抱きしめながら後退するミモザを追ってグイグイ迫るエピメディウムは、ミモザ的にはトップシークレットだった生まれすら、ミモザを知るための情報としか認識していない。
身体をまさぐって調べた宝石の在処だって、情報の確認でしかない。いや、胸元を見る目に下心はあったがひんむいたときにはなかった。
逆にどういうことだ。
「初恋は実らないというが、俺の初恋は君に奪われている。奪われたら取り締まらねばならない。つまり初恋泥棒を捕まえるのは合法だ」
「非合法です!」
何故ならそんな罪状はないからだ。
「おかしいな。君は責任感のある子だから、非があると分かれば抵抗しないと思ったのだが…」
「その点に関して、私に非は、ありませんね…?」
怪盗アカシアとしての罪状ならともかく。
それ以外でミモザの責は…。
握りしめた胸元。指先が硬質的な感触に触れて、ミモザはエピメディウムから視線を逸らして俯いた。
俯くミモザに、エピメディウムは少ない沈黙のあと、彼女の手を取った。
「ミモザ。君の罪は27人+25人…つまり51人の心を射止めた事だけだ。それ以外は君に非はない」
「待ってください計算がおかしい。合計52人では?」
「両方に含まれる一人は俺だからおかしくない。俺は清楚で貞淑なミモザも奔放で魅惑的なアカシアも大好きだから間違っていない」
「ちゃっかり分裂しないで…!」
どちらかではなくどちらをも選ぶのは反則ではなかろうか。
違う。人数より大事なのは、エピメディウムの言葉。
「君の所為じゃない」
「…本当に、どうやって調べてきたんですか…」
グイグイ距離を詰めながら言われて、ミモザは思わず苦笑を漏らす。
今彼が伝えているのは、初恋泥棒についてではない。
彼は本当に、ミモザの事情を調べてここに来たのだと。
――ミモザの母は、七つ子の長女。
本来ならば、亡き母の残した宝石を呑み干して七つ子を産む役割を担っていた。
しかし母は迷い込んだ男と恋に落ち、ミモザを産んだ。
ミモザ一人を、産んだ。
直系の宝石…七色の宝石を継承するはずの長子が宝石を呑まず、男と愛し合う。
それは、裏切りだった。
宝石と女だけで成り立っていた世界が崩壊する出来事だった。
――ミモザの誕生で、継承され続けた七色の宝石が、石くずになって崩れた。
正確に何年、何代続いてきたのかは分からない。けれど実話が作り話になるくらいの年月継承された宝石は、あっさり形を崩した。
女が宝石以外を愛したから。
ミモザが生まれたから。
世界で一番美しい宝石が失われたのはミモザが生まれた所為と、一族はミモザを『罪の子』と呼んだ。
エピメディウムはミモザの所為ではないと言うけれど、彼の優しい言葉よりも同胞達の呪禁の方が、ミモザに重く絡みついている。
『世界で一番美しい七色の宝石を奪ったお前は、それを取り戻す事で罪を償いなさい』
母と同じ顔をした六人が決めた、ミモザがすべき贖罪。
ミモザを産んで亡くなった母と、山から逃げた父の責は残された子が負うものだ。
――最も美しい七色を身体に取り込んで、ミモザの身体で一つにして、最も美しい七色の宝石を産む。
それが、ミモザが一族に求められる贖罪。
そのためはじめたのが、宝石を盗む怪盗アカシア。
(悲願のためなんて言いながら、私はまた、誰かから宝石を奪っている)
アカシアとして宝石を盗むのは、美しいと有名な宝石ほど価値が高く、買い取る財力がなかったからだ。
美しさに妥協は許されない。一族のため、誰もが認める美しい宝石を七色呑み込むため、ミモザはアカシアとして夜の街を暗躍し…罪を償うために、新しく罪を積み上げていた。
ミモザの出生は調べようと思って調べられることでないので、余計に怯えるミモザ。
どこまで調べてどこまで知っているんだろうこの男。
誠実とは。
ミモザ、とても引いているけれど、好意をめちゃくちゃ伝えてくるのでどうしたらいいかわからない。