4 罪人への態度は、そうじゃない
じりじりと距離を詰めたエピメディウムと壁に挟まれて、ミモザは身動きが取れなくなる。
太い腕に囲われて、咄嗟にエピメディウムを見上げたミモザは後悔した。
誠実の騎士、エピメディウムは。
「俺をどうにかしないと、君の秘密は暴かれてしまうぞ」
湿度の高いじっとりした目付きで、ミモザを見下ろしていた。
喉が鳴る。
男らしい腕が狭い檻のようで、女の部分がこの男に屈服されたがっている。抱きしめられたいなんて、厚かましい欲望が脳裏を過る。
(違う。そうじゃない!)
捕まるなら彼がいいとは思っていたけれど、こんな展開を望んでいたわけではない。
ミモザは胸元を握りしめ、なんとか震える声を絞り出した。
「ど、どうにかなんて…」
「ここで俺を始末すれば証拠隠滅できる」
またとんでもねぇ事を言い出した。
距離感からのときめきで胸が締め付けられていたのに、思いがけない発言にときめきも引っ込んだ。
しかしエピメディウムは大真面目だった。
「か弱い君の手で撲殺は難しいな。絞殺も厳しい。現実的なのは刺殺だろうか。取り敢えず刺せば出血多量で手軽だからおすすめだ。逆に毒殺はおすすめしない。何故なら俺は毒に耐性があるからだ」
「過激すぎませんか!」
「それとも怪盗の色香で誘惑してみるか? 正直、逃走中に振り撒かれる君の色香に惑わされてみたいと思っていた。少しでいいから誘惑してくれないだろうか。今なら正体に繋がる証拠隠滅だけでなく今後の情報操作に協力する誓約書も付いてくる」
「手厚すぎませんか!?」
騎士が容疑者にかける言葉じゃない!!
翻弄されてばかりだったミモザだが、唇を噛んでキッと相手を睨み付けた。
「いい加減にしてください…っこんな事をせず、私を捕まえたらいいじゃないですか! 先程からおかしな罪状を告げたり擁護するような事を言ったりして…騎士団長は、一体何がしたいのですか!」
ミモザは最初から、逃げも隠れもするつもりは一切なかった。
それなのにエピメディウムは怪盗に対して、肝心の罪状を告げてこない。言いがかりに等しい罪状ばかり並べて、肝心の罪を言及しない。
騎士ならば、街の秩序を乱す怪盗になど慈悲を見せるべきではない。
騎士ならば、罪を重ねる怪盗を野放しにすべきではない。
騎士ならば、清廉潔白な騎士ならば。
怪盗の正体を突き止めたそのときに、速やかに捕らえるべきだ。
そう、誠実と称される騎士ならば。
「こんなの、誠実の騎士として相応しい態度ではありませんっ」
絞り出すように叫んだミモザの前で、エピメディウムの表情は変わらない。
「ああ、そうだな。俺は誠実とはほど遠い」
怒鳴られても、焦りも怯えも動揺もなく、彼はミモザの頬に触れた。
珍しい桃色の瞳がじっとりとした湿度と熱量を持ってミモザを見下ろしていた。
表情は変わっていないはずなのに、どんどん湿度と熱量が変わっていく。
ミモザはその視線を知っていた。
その熱に溺れた者が助からない事も知っている。
ミモザは咄嗟に両手を突き出してエピメディウムを突き飛ばした。
逃げも隠れもしないと決めていたが、これは違う。距離を取らねばならない。
しかし突き出した腕を掴まれて、逆に引き寄せられる。背中に回った腕が、痛いほどミモザを抱きしめた。
「だって…だってこんなにも、乱してしまいたい」
「…っ!」
「俺しか見えない、感じられなくなって欲しい。ぐちゃぐちゃに乱したい」
なんて事を言うんだ。
犯罪者相手に、騎士がなんて事を。
反論したいのに、胸が疼いて上手く言葉が出てこない。
視線も合わせられないし、囲いから逃げる事もできない。
ミモザは追い詰められていた。
だけど背中に回っていた腕が腰まで降りて、太ももに触れて、ぎょっと身を強張らせた。
どこ触ってんだこら。