2 窃盗罪だけど、そうじゃない
緩い坂道を下り、ミモザの前に立つエピメディウムは真剣な眼差しをミモザに向けている。
とても真剣な目をして、とんでもない事を言われたミモザはうっかり目眩に見舞われ思考を放棄しかけた。
(だ、ダメよしっかりして私…気持ちを強く持つのよ)
じゃないとなんか、なんか全くわからん罪で捕まる。
「申し訳ありません。心当たりがありません」
「言い逃れをするのか」
「待ってください本当に知らないんです」
「そんなはずはない。確かに27人、君に心臓を打ち抜かれたと涙ながらに証言している」
「身に覚えがありません!」
なんだその証言。
嘘でしょ。
「覚えがない? 幼気な騎士を悉く陥落させていながら?」
「私はそんなことをしていません!」
「往生際が悪いぞ」
「本当に知らないんです!」
本当に知らない。何の話だ。
思っていたのと違う展開だ。
「…そうだな。君が物理的に盗んだのは心臓ではないな…」
物理的な話はしていない。
物理的に心臓を盗んでいたら窃盗犯ではなく殺人犯だ。
「君が盗んだのは――…騎士達の心だ。観念しろ、この恋泥棒!」
「言いがかりです!」
なんでこうなった。
確かにミモザが自覚している罪状は窃盗罪。
しかしそれは名も知らぬ27人の恋心を奪ったなんて意味の分らない内容ではない。
アカシアとしての罪状を糾弾するなら認めるつもりだったが、全く身に覚えのない罪状で捕まるのは違う。
冤罪だ。弁護士を呼んでくれ。
叫んでから、なんだなんだと近所の人が窓から外を覗いているのに気付いた。
目立つのは良くない。ミモザは慌ててエピメディウムの腕を掴み、店内に誘導する。
罪を認めてさっさとお縄につくつもりだったが、この展開はよろしくない。
窃盗犯にだって矜持がある。盗んでいない物で騒がれるのは決まりが悪い。
「立ち話もなんですし、中に入ってください」
「その思わせ振りな態度で多くの騎士を惑わせていったのか」
「なんでそうなるんですか!」
むしろ、彼の腕を掴んだミモザの手を両手で包み直すエピメディウムの仕草に心揺らされているのは、ミモザの方だ。
どうして手を包み込んだ。どんな意図があってそんな事をした。言え。
いいや、やっぱり言わなくていい。どんな顔をしたらいいのかわからなくなる。
とにかく目立つので、彼を店内へと引きずり込んだ。扉にはCloseの看板を掛けて、ガラス窓部分のカーテンを下ろす。
何事かと覗く人目が遮られてほっとしたミモザだが、振り返って息を呑んだ。
ミモザが押し込んだはずのエピメディウムは、店の奥で廃棄品が纏められた花瓶を覗き込んでいた。
そこは普段お客さんが入り込まない、目に付きにくい場所だ。そんなところにわざわざ足を進めて、彼はじっと花瓶の底を覗き込んでいる。
一度安堵で緩やかになった鼓動が、不穏な音を立てた。
「…そうだな、君が物理的に盗んだ物は他にもあった」
(むしろそれしかないのでその他の物は酷い言いがかりです)
言い返しそうになったが、ミモザはきゅっと唇をすぼめて黙った。
やっとミモザの思い描いていた流れになったと思ったから。
エピメディウムは花瓶を持ち上げて、萎れた花を抜き取った。
ハラハラと足元に散らばる花たちは、萎れている事もあり物寂しい。
花を全て抜き取って、花瓶の底に手を入れる。じゃらりとこすれ合う音がして、手を引いたエピメディウムの拳には、明らかに何か握られていた。
そして花瓶に入れた彼の手は、全く濡れていなかった。
だってその花瓶には、水が入っていないから。
無造作に広げたエピメディウムの手の平には、色とりどりの、小ぶりの宝石。
花束を作るためのテーブルの上に並べられたのは、18個の宝石だった。
エピメディウムの桃色の目が、入り口で固まったままのミモザを振り返った。
「これは君が盗んだ物で間違いないか」
「…はい」
肯定の言葉は枯れていなかっただろうか。
震える指先を握りしめて、ミモザはしっかり頷いた。
「私が盗みました…私が、怪盗アカシアです」
誤魔化すつもりはないので認め、自白する。
自白、するけれど…?
3/18 6:00 投稿予定。
次から朝一更新になります。