エピメディウム視点 3
流石のエピメディウムにも、墓を暴く男の行動は狂気的に映った。
なんの事情も知らなかったエピメディウムは、男の墓荒らしを止めた。騎士として、死者への冒涜を見過ごすことはできなかった。
しかし止めに入って、骸骨のように痩せ細った男の顔が、ミモザによく似ていることに気付いた。
目が飛び出すほど痩せていたが、エピメディウムには分かった。愛しい人の特徴を見逃すほどエピメディウムは鈍くない。百人に百人が気付かなくても、エピメディウムならば気付ける。百一人目に俺はなる。
邪魔するなと威嚇する男をミモザの親族と確信したエピメディウムは親身に説得した。誠実の名を存分に発揮して男に寄り添った。
その結果、男は騎士団長としてのエピメディウムを信用して、ミモザを助けて欲しいと訴え出た。
ミモザの父親から、エピメディウムはミモザの詳しい話が聞けた。予想していなかった境遇や、彼女に課せられた理不尽な責務。アカシアがどうして生まれたのかも、話を聞いて理解した。
彼の話は、それこそミモザが産まれたころから始まる。
彼は我が子が生まれた瞬間に妻の親族から襲われた。
襲われたときに瀕死の重傷を負い、なんとか山から逃げ出して、麓の村で手当を受けた。幸い生きていたが、歩けるようになるまで三年かかったらしい。それから何年もかけて療養し、妻の親族を警戒しながら妻と子供のために山に戻った彼は、そこで最愛の妻の死と子供の性別を知る。
妻と子を抱えて逃げるつもりだった男は、ここで一度、最愛の妻の死に心が折れた。
男にとって何より大事だったのは妻の存在で、性別も知らぬ我が子は二の次だった。
妻がいないのなら、我が子を引き取り育てる気持ちになれなかった。
…母親の親族に育てられる方が、特殊な一族だから、会ったこともない父親に引き取られるよりも幸せだと、無理矢理納得した。彼はその親族に襲われたが、娘は一族の出だから大丈夫だと自分に言い聞かせた。
それが過ちだったと気付いたのは、娘の成長が気になって山に入った何度目かの頃。
妻の親族が幼い娘を罵倒する姿を見た。
男はようやく、妻の弟妹が彼女をどのように扱っていたのかを知った。
何故自分が彼らに襲われたのかも理解した。
――男が妻と恋に落ちたから、子が産まれたから。男が迷い込んだから。男がいるから、彼らの祖である宝石が朽ちたから。
全ての責任を押しつけられて、男は襲われた。
男が逃げたから、我が子が犠牲になっている。
罪の子。
愛した女との愛の結晶は、その存在を否定され、父親にも捨てられたのだと教え込まれていた。
否定できなかった。だって彼は、妻がいないから娘をそばに置くことを諦めた。
そんなの、見捨てたのと同じだったから。
後悔して涙を流す男を慰めながら、エピメディウムはミモザの幼少期に受けた仕打ちに歯噛みした。控えめに微笑む花屋の娘が、親族に罵倒され育ったなど信じたくない。
何故あれほど美しく愛らしいミモザを愛せない。
親族は目が悪いのか。性根が腐っているのか。根腐れしているのか。いや、親族がミモザを愛せず幸せにできないならエピメディウムがその分愛して幸せにするしかない。エピメディウムは義父の背中を撫でながら決意した。想いを自覚してから毎秒決意している。
男から聞いた、ミモザの一族の話は特殊だった。しかし信じられないわけではなかった。
疑っていなかったがエピメディウムの反応が乏しかったため、男はミモザの身体にも宝石が埋まっていると語った。
一族である証拠にミモザの身体にも宝石があると聞いて、エピメディウムの妄想は止まらなかった。ミモザもアカシアも露出を避けているので、魅惑の肉欲的ボディのどこに宝石があるのかは分からない。アカシアはピチピチレオタードだが、身体の線が分かっても露出はほぼゼロ。大粒の宝石でない限り、場所など分からない。
分からないが、あの人体の何処かに宝石があるなど背徳的すぎる。どこにあっても過激すぎる。思わず深呼吸をした。全く落ち着けなくて義父に混乱していると思われた。混乱ではなく興奮していた。
後悔し、娘を救おうと奮起した男だが、妻を失い絶望していた。生きる気力を失い、亡霊のように娘の成長した姿を遠くから覗くだけの日々を送っていたため、彼には娘を連れて逃げる気力も体力も財力もなかった。生命力も枯渇して、自分でも長く生きられないと分かっていた。
だから親族が力尽きて宝石となり、ミモザが山を下りたあとも、彼女の前に姿を見せることはできなかった。
今更だ。今更ずっと見守っていたと言われたところで、ミモザも困る。
男は分かっていた。自分が父親失格だとちゃんと分かっていた。
だから彼は。せめて最後に、父親として。
――せめて娘が自由になれるようにと、『宝石の女』にならないように、墓を暴いて宝石を砕くことにした。
エピメディウムは誠実の騎士と呼ばれているが、彼も人間だ。誠実であろうと行動するが、その行動全てが誠実なわけではない。人間なので、彼だって…嘘はつく。
そう、エピメディウムはミモザに嘘をついた。
(ミモザは『宝石の女』になれた)
美しい宝石を七色手に入れれば、彼女は『宝石の女』として再び七色の宝石をこの世に生み出せた。
彼らの言う、最も美しい色彩の宝石を呑んでいれば。
――朽ちた叔母達の残した宝石を、呑んでいれば。
彼女たちは自らを美しい宝石の一部と誇っていた。当たり前のように、身体が朽ちたあとはミモザが自分たちの宝石を呑むと思っていた。何故なら世界一美しい、七色の宝石の一色だから。
ミモザは生み出された七つ子を体内に宿し、母として産み、始まりの『宝石の女』となれていた。
(だがミモザは、叔母達の宝石は土に埋めた)
人の身が朽ちて残された宝石を、全て土に埋めて墓標とした。
(ミモザにとって叔母達は、美しくなかった)
美しくなかった。
生まれた頃から罵倒を繰り返し、ミモザを虐げた叔母達は…虐げられていたミモザからすれば、美しい存在ではなかった。
当たり前だ。誰が、痛みと恐怖、罪悪感を与えてくる相手を、美しいと思えるだろう。
ミモザを愛し慈しみ育てれば話は違ったかもしれない。
しかし彼らは虐げることを選び、役目を強要することを選び、美しい宝石を選ぶ立場のミモザから選考外通告を受けた。
なんて茶番。
一応証拠としてミモザのどこに宝石があるのか探ったエピメディウム。
胸元に発見して大興奮だったけどどこにあっても大興奮だった。
乙女の肌を暴いた自覚があまりないので、ミモザがチクれば他の騎士にとっても怒られる。
ミモザがチクらなくても言動がやばいのでいろんな騎士に怒られている。
最終話 正午に投稿予定です。