エピメディウム視点 2
時刻が深夜で、一般人に目撃されなかったのは幸運だった。
幸運だったが、エピメディウムのやらかしはなくならない。
そもそもエピメディウムが怒られた内容は、長期の無断欠席に加え、一般女性を無理矢理お持ち帰りしようとしたことだ。
清廉な騎士が恋人でもない女性に対して無理強いはよくない。しかもエピメディウムは騎士団長、他に示しが付かないときつく叱られた。なんなら降格処分も検討されるくらいだが、ミモザが自首したことで犯人確保の一面が出てしまう。
となると降格処分は重くなる。犯人確保に向けての長期欠席だったのならと、エピメディウムは謹慎と始末書を命じられた。
アカシアでなくミモザを個人的に捕まえたかっただけのエピメディウムは正直に間違いを正したのだが、話を聞いた上司には頭を抱えられて終わった。不思議だ。
誠実の騎士の暴走は取り敢えず謹慎ですませ、後ほどカウセリングが決まった。
どうした誠実の騎士。
そして、更に上層部を悩ませたのはミモザの処遇。
怪盗アカシアは元々民衆にファンが多く、騎士団でもこっそりファンが存在する。その正体が、二つ葉騎士団で団員達が注目している花屋の娘。
その熱狂具合は、上層部がアカシアの正体を公表するのを躊躇うくらい熱が入っていた。
エピメディウムほどではないが、似たり寄ったりの反応だと思っていただいて構わない。どいつもこいつも顔つきが違う。常識を置き去りにした面構えをしていた。
(だからこそ、急いだのだし)
くるりとペンを回してインクを飛ばし幸運の騎士に怒られる。
インクを付けた状態だったのを失念していた。エピメディウムは素直に謝って、ペンを置いた。
(ミモザを知らない人から見ると、我々の様子は狂気的らしいが…それも仕方がない。ミモザは宝石だからな)
そう、宝石だ。
その胸に本物の宝石を宿した女。『宝石の女』の末裔。
――人々を魅了していた宝石の魅了効果を、ミモザも宿していた。
そもそも『宝石の女』が山で暮したのは、人々の欲望が煩わしくなったから。宝石と女だけの世界で生きていくだけなら家に閉じこもればそれでいい。そうしなかったのは、関わる人全てが女を…宝石を欲しがったから。
ミモザ本人は分かっていないが、宝石を宿す彼女も他者を魅了する能力がある。
もっとも、視線が吸い寄せられる程度のか弱い魅了だ。しかし頻繁に愛らしい女性に視線が吸い寄せられれば、女っ気のない男達は好意を抱くものだ。目が合えば微笑んでくれる穏やかな女性ともなれば尚更。
冤罪です、そんなことしていませんと訴えるミモザだが、本人の知らないところで種はしっかり蒔かれていた。愛想笑いの積み重ねだって勘違いと恋心を作り上げる。
(俺にとってはそんな魅了、切っ掛けに過ぎないが…これを伝えて、俺の気持ちを疑われたら面倒だ。聞かれていないから言わないでおこう)
誠実の騎士、早速不誠実に情報を伏せた。
「で、アカシアの方は希望のが取り調べをしているんだっけ?」
「うん。自首を受けたのは希望だから。今日で四日目だけど、彼女の主張は変わらないよ」
ちまちまと小さな一口でケーキを食べ進めていた愛の騎士は、最後の一欠片を名残惜しそうに見詰めながら幸運の騎士に応えた。
幸運の騎士は、細い足を揺らしながら顔を顰める。
「『宝石の女』の末裔ってやつ?」
「うん。主張は変わらず。窃盗の動機は贖罪のため。彼女の言い分通り、山には廃れた村があったよ」
「コイツが無断欠席して確認してきた村ね…はあ、なんというか」
緑青色の髪を揺らして、幸運の騎士は天井を見上げた。
「そんなの信じちゃうくらい洗脳されてるんだねその人」
『宝石の女』なんて、実在するわけがないのにね。
憐憫と侮蔑を含めて零された少年の言葉に。
エピメディウムは一人、うっすらと笑った。
実在するわけがないのだ。
この世には、奇跡も魔法もないのだから。
宝石を呑んで、宝石と一体化できるわけがない。魅了なんて特殊能力があるわけがない。そんな魔法のような展開があるわけがない。全ては作り話だからこそ成立する荒唐無稽な話だ。
実在するわけがない。現実の出来事なわけがない。
常識的に考えて、『宝石の女』はこの世に存在しない。
だというのに自らを『宝石の女』の子孫と信じ、生まれたことを罪と言い聞かせられ続け、贖罪のために宝石を呑め…手に入れろと強いられたミモザが、他から見てどう見えるか。
自らの行いを罪と認識し、自首する善性を持つ彼女を、他がどう見るか。
『犯罪組織に洗脳されて常識を歪められ、盗みを強いられた女性』に見える。
――誰もミモザの主張を信じない。だからこそ、ミモザは洗脳され、盗みを強要された憐れな女性になる。
つまり彼女は、犯罪組織に人生を歪められた可哀想な被害者。
(さて、そんな彼女の責任能力は、一体どこまで適用されるのか)
自分の歪んだ口元を手で隠し、白紙の始末書を見下ろしたエピメディウムはミモザの言葉を反芻する。一生懸命自らの罪を訴える、とても誠実な犯罪者の言葉を。
(彼女が正直に話せば話すほど、罪を認めれば認めるほど、洗脳に抗い善悪の判断をくだした、善良な面が強調される。偶然だとしてもアカシアの行動で悪人が捕まり、盗んだ宝石も手つかずで返却される。民衆にも騎士にも人気のある犯罪者が、洗脳に打ち勝ち自らの善性に従い自首してきた…上層部が、そんな彼女を牢に入れられるわけがない)
むしろ盛りに盛って悲劇の女性を騎士団の手で更生させたと周知する。
その場合アカシア…ミモザは、お伽噺のお姫さまのように『そうして彼女は光の世界で幸せに暮しました。めでたしめでたし』の状態でなければならない。
(あなたもそれを望むだろう…義父上)
ミモザのことを何から何まで知りたいと向かった彼女の聖地。間違えた生地。
そこで出会った男に、エピメディウムはミモザも知らない事情を聞いた。
辿り着いた廃れた村。七つの墓標。その前で。
骸骨のように痩せ細った男…ミモザの実父が、泥だらけで墓を掘り返していた。
言動がコメディな男ですがちゃんと考えて…考えています。
全部真剣です。
次回、3/30 6:00予定。
↑投稿時間修正しました。