12 そうじゃない!
「宝石を介して産まれた子を人と呼び、男女の交わりで産まれた子を罪の子と称するなら、言い方は悪いが…罪の子は人ではない。人の身でありながら周囲を魅了する、美しい宝石だ」
力が抜けてエピメディウムに抱き留められているミモザは、力の入らない足を必死に動かそうとした。
「騎士団がやけにミモザに注目するのは、どうやら必然だったらしい。ミモザが世界一美しい宝石だから、隠れていても目につくのだろう。部下達は見る目がある。見る目があるから大変困っている」
身を捻ろうにも、エピメディウムの抱き留める手によって阻止される。不埒な動きは見せないが、絶対に逃がさないという強い意志を感じる。
「しかしミモザが人の子ではなく罪の子であるなら…宝石なら、やりようが増える」
やりようがある、ではなく増える、と発言したのがとっても気になる。
でも突っつきたくはない。ミモザはやぶ蛇という言葉を知っている。
ミモザは震える足で踏ん張ろうと試みたが、得体の知れぬ圧を感じて震えが止まらない。
「ミモザは世界一美しい宝石だから、宝石箱にしまっても許されるな」
「許されませんが!?」
無表情ながら満足そうなエピメディウムを見てしまい、ミモザは身の危険を感じて叫んだ。
足腰に全然力が入らないのが辛い。抜けた活力はそう簡単に戻らない。早く戻って来て。
「何故だ。宝石は宝石箱だろう」
「正しいですが正しくないです!」
宝石だったら許されるがミモザをしまうのは許されない。一応分類としては人間なので許されない。
「しかし君は罪の子なのだろう? 男女の交わりで生まれたから罪の子。人の子はそうやって産まれるのに、人の子と同じように生まれたのが罪なら、当然のことを罪と思うなら、君は宝石だ。宝石だから罪の子と言われてしまう。うん、今日も輝いている。美しい。俺を引きつけて止まない輝きは是非俺だけに向けて欲しい」
「そうじゃなくて…あれ…? そうじゃなくて…?」
人として生まれたから罪の子であって、罪の子だから宝石とはならないはず。
ミモザは自分が人であることを認めないのではなく、自分に罪がないことを認められないだけで、人であることを捨てているわけではない。なんなら叔母達のことも特殊な生い立ちの人間だと認識していたので、宝石と認定されるのは異議しかない。
異議しかないのにエピメディウムに堂々と自分が正しいとばかりに語られて、ミモザは自分がおかしいのだろうかと迷走しかけた。
罪の子ってなんだっけ。
「安心して欲しい。俺は見せびらかすより厳重にしまう派だ。外は危険だし不埒な輩の目に晒さないよう、厳重に警戒し財宝を守る。具体的に自分の屋敷に君の部屋を作り他者との関わりを絶ち二人だけの世界で君の愛らしさを鑑賞したい」
「それは監禁!」
何一つ安心できない具体的な守り方をとっても真面目に語られた。
一番危険で不埒な人がなんか言っている。
もう誠実な騎士とは呼べない。誠実の騎士らしくしてくれとも訴えられない。
もうこの人はこれが通常に思えてきた。ぶっ飛び具合が凄まじい。
守り方ではなく監禁方法の説明を聞きながら慄くミモザを抱きしめたエピメディウムは、危険な発言など忘れたかのように改めてミモザに愛を語る。
「ミモザ。俺は君に恋をしている。俺は誠実の騎士と呼ばれているが、本当に誠実なのは俺ではなく、君だ」
そんなわけがない。
ミモザは盗人だ。
犯罪者が誠実なものか。
「わ、私は罪人で…」
「それでも人に優しく、真心を込めて接していた。花屋の君はそうだった。君こそが分け隔てなく人と接していた。アカシアの君も、怪我人は絶対に出さなかった。俺はそんな君が好きだ。愛している」
「や、やめ」
「受け入れてくれ。俺には君しかいない」
怒濤。
グイグイ迫ってくるエピメディウムとなんとか距離を取りたくて彼の肩に手を置いて突っぱねるが、ミモザの関節はしっかり曲がってしまっている。隙間ができない。距離が近い。
エピメディウムはおかしい。
ミモザを怪盗アカシアとして捕まえなくてはならない立場なのに、こんなに愛を語ってくる。ミモザをミモザとして…個人的に、捕まえようとしてくる。
言っていることもやっていることもダメなのに。罪の子として育ったミモザはこんなに肯定されて求められたことがなくて翻弄される。いけないと分かっているのに、認めてくれる彼に屈しそうになる。
(色々おかしいと思うのに、それでもまだ好きな私もおかしいわ)
咲いた花が踏み躙られても空を見上げ続けるように、ミモザに芽生えた気持ちはエピメディウムの言動に翻弄されながら、まだ咲き続けている。
「宝石箱に閉じ込めて、誰にも見せたくないと思うのは君だけだ」
「重い…!」
屈しそうになるが、怖い。
想いは咲いているが、潰れそう。
言動も圧も重いし怖い。
思わず呻いたミモザに、エピメディウムは笑った。
それはあまり表情の変わらない彼がはじめて見せる、いじわるな笑顔だった。
「重量を感じるなら、受け取ってくれている証拠だな」
そうなるの?
思わずぽかんと間抜けな顔をしたミモザを、エピメディウムは当たり前のように抱き上げた。
抱き上げて、出入り口へと向かう。
速やかに外に出ようとするエピメディウムに驚いて、ミモザは小さく悲鳴を上げた。
「ど! どこへ行く気ですか…! 放してください! お、下ろして…!」
「さっきも言ったが、俺は大事なものはしまっておく主義だ」
「しまわれる…!?」
「そもそも、俺は君を捕まえに来たんだ」
――確かに彼は、そう言った。
おふざけみたいな罪状を立て続けに並べるので戸惑っていたが、彼の目的は開口一番に告げられている。
捕まえに来た。
誠実の騎士としてではなく…エピメディウム個人で。
「恋泥棒がこれ以上罪を重ねないよう、捕まえるのは騎士として当然のことだ」
結局は、そこなのか。
罪の子とか関係なく、エピメディウムの中でミモザは恋泥棒。宝石として扱っていいなら喜んでしまいこむが、人としてでも恋泥棒なので捕まえて、どちらにせよ、しまいこむ。
「大丈夫だ。愛情のない過剰接触はしない。過剰接触はしない」
「繰り返されると不安しかありませんが!?」
「君の気持ちを奪えなくても、君がこれ以上男心を弄ぶ姿は見たくない」
「そんなことした覚えはありません!」
「大人しく、俺に捕まって」
そう言ったエピメディウムは、ミモザを抱えたまま器用に花屋の扉を開けた。
すっかり日が落ちた空には欠けた月。うっすらと暗い夜空に、星々が宝石のように輝いている。
「これから盗むのは、俺の想いだけにしてくれ」
日が落ちて誰もいないとはいえ、躊躇うことなくミモザを抱き上げたまま外に出て歩き出すエピメディウム。
ミモザはわなわなと震えながら、絞り出すように呻いた。
「冤罪です!」
ちなみにこの男、ミモザの気持ちに気付いて い な い。
のに、この行動。アピールしているつもり。
この後、別の騎士に見付かって取り押さえられる。
次回、間が空きまして 3/29更新。
エピメディウム視点になります。