11 罪の子だけど、そうじゃない
ミモザの母は、ミモザを産んで亡くなった。
父は逃げ出した。
ミモザを育てたのは、六人の叔母と叔父。額に色違いの宝石を宿した、顔がそっくりな母の弟妹だった。
彼らは長子としての責任を果たさず恋をして死んだ母を酷い裏切り者だと罵り、ミモザを罪の子だと責めた。贖罪を求めて、呪って…。
ある日、揃って額の宝石だけを残して朽ちてしまった。
『宝石の女』を祖に持つ、宝石を介して子孫を繋ぐ一族は、亡くなるときは肉体を残さない。
残るのは額に輝く宝石だけ。
一人亡くなれば番が宝石を呑み込んで新たに子を成すのだが、そんな暇も与えない勢いで六人は亡くなった。
彼らはミモザに贖罪の方法だけを託して朽ちた。
だからミモザは寂れた村に宝石を埋めて墓標とし、山を下りた。
この世に一人残された『宝石の女』の末裔として、彼らの願いを叶えるために、祖である七色の宝石を産み直すために…。
そうやって辿り着いたこの場所で、怪盗アカシアとして世界一美しい宝石を探している。
「私を知っている人なんてどこにもいないのに、何故私より詳しくなってしまったんですか…」
「愛があるから」
「無理があります」
「俺は誠実の騎士ではなく、愛の騎士だったのかもしれない」
「愛の騎士はいらっしゃいますので違います」
二つ名として名乗るなら被ってしまう。
ちなみに愛の騎士団長は熊のように大きな身体をしているがとっても愛嬌のある顔をした、見ているだけでとっても癒される中年騎士だ。
公園のベンチに座って休憩しているところに小鳥が必ずやってくるので、リアルプリンセス(中年)とも呼ばれている。
なんだか疲れてしまったミモザは抵抗をやめて脱力した。
エピメディウムはミモザを正面から抱きしめたままだが、ミモザはそれを振り切る余力がなかった。彼もミモザを包み込むように抱きしめるだけで、手がおかしな動きをすることもなかった。
「…ミモザ。君に、『宝石の女』と同じことはできない」
「私がするのは、七色の宝石を呑むことではなく、七つの宝石を呑んで一つの宝石を作ることで…」
「それが、できるわけがない。喉に詰まらせるだけだ」
本当は分かっているんだろう。
耳元で囁くエピメディウムに、ミモザは唇を噛んだ。
ミモザの母は、叔母達は。彼らの母が宝石を呑んで生まれた七つ子だ。
だから亡き人の宝石を呑み込むことを当然のように思っている。
だけどミモザは罪の子…男女の間に生まれた子だから。
「盗んだ宝石を、呑まなかったのではなく、呑めなかったのだろう」
――異物に対する、当然の拒絶感。
ミモザが異常だから感じる、宝石を口にすることへの忌避感。
もっと美しい宝石があるかもしれないと言い訳して宝石を呑まなかったのは、ミモザの弱さだった。
「勘違いしないでくれ。まともな人間は宝石を丸呑みしろと言われれば、普通嫌がる。喜んで丸呑みにするのは特殊性癖を持つ者だけだ。残念ながら君の親類は特殊性癖を宗教化し信仰し布教していたようだが、受け入れられない性癖に従う必要はない。受け付けない性癖は拒絶して身を守れ。相手の嗜好を尊重していると摩耗するぞ。だから都度、不満があったら教えて欲しい。とても大事なことだ」
「どういう話をしているんです!?」
脱力していたミモザだが、つい叫んでしまった。
しんみりが続かない病にでもかかっているのか。会話のやりとりができないのか。
「どういう話? ミモザがまともだという話だ」
それなのに、思いがけないときに胸を突くようなことを言う。
「君は罪の子ではなく、人の子だ」
だからミモザはエピメディウムの言動に翻弄されながら、彼を無視することができない。
「君の祖は、宝石に愛されてしまっていたのだろうな」
「…『宝石の女』が、宝石を愛したのではなく…?」
「女が宝石を愛していたのなら、その代で終わるはずだ。俺の母は俺の母らしく、嫉妬深くて独占欲が強い。父に自分以外の女が近寄るのを許さない。今まで大袈裟と思っていたが、君に出会って理解した。愛とはそういうものだ」
当たり前のような顔をして愛を語られて、ミモザは居心地が悪くなる。
ミモザもよくわからないが、独占欲ばかりが愛ではない…と思う。多分。
「女が宝石を愛していたのなら、たとえ我が子だろうと所有は認めないはずだ。俺だったら遺体と一緒に燃やせと遺言を残す。だが女はそうしなかった。宝石を子孫に託した。それは宝石の方が、女を愛していたからだ」
「それならば同じ理論で、宝石も女と運命を共にするのでは?」
「しているだろう? 君たちの繁殖方法に男は必要ない。宝石と女だけで完結している」
亡き人の宝石を呑み込むことで次を産む。
七つ子の長子以外が七つ子を産まないのは、それぞれの番がいるから。長子だけが直系で、女を写し取っていたのだろう。
どうやって、なんてわからない。そういう一族だった。
ミモザに言えるのはそれだけだ。
そう考えれば、一つの宝石が崩れたあと、順番に叔母達が消えてしまったのも理解できる。
七色に輝く、不思議な宝石。
全て、宝石が女と存在し続けるための循環だった。
「けれど女は…君の母は、宝石以外を愛して君を産んだ」
宝石にとっては酷い裏切り。
二人で完結していた世界の均衡が崩れ、その結果、宝石は朽ち果てた。運命を共にする一族は共に朽ちた。
ミモザ一人を残して。
ミモザの母は宝石との間の子だが、父は生粋の人間。胸元に宝石はあれど人の血の方が強く、朽ちることなく生き続けた。
そう考えれば、辻褄は合う。
合うけれど。
「では私の贖罪は…罪は、どこに…」
混乱して、ミモザはふらりと足から力が抜けた。
抱きしめていた腕が、ミモザを支える。呆然とするミモザを見下ろして、彼女の言葉の意味を考えた。
「…そうか、ミモザは罪の子でありたいのか…」
罪の子でないといけない。
繰り返し聞かされた呪縛はそう簡単に消えてくれない。ミモザは罪の子で、償うために生かされている。そう、聞かされ続けた。
それを否定する、自分が望んでいた言葉が聞けても、ミモザの骨の髄まで染み込んだ呪いは簡単には解けない。
座り込みそうなミモザを支えながら、エピメディウムは少しの間、じっくり考えて。
「…つまり、ミモザは宝石」
なんか閃いた音が聞こえた。
そうはならんやろがい。
聞こえちゃいけない閃きの音がした。
多分頭脳は大人の名探偵でよく聞く閃きの音がした。