10 産むと言ったが、そうじゃない
ミモザの背中は、壁に押しつけられていた。
床に座り込んだまま向き合っていた二人。距離を詰めるエピメディウムから逃げ続けていたが、それももうできない。エピメディウムの片手はミモザの手を握り、もう片手が壁についてミモザを囲っていた。
「把握している数の宝石が見付かって、安堵している場合ではなかった」
表情だけはいつでも真剣なエピメディウム。彼は眉を寄せながら宝石の置かれたテーブルをチラリと見た。
テーブルに置かれた18個の宝石。
色とりどりのそれは、アカシアが盗んだ宝石だ。一箇所から複数盗んだ物もあり、盗みに入った回数よりも宝石は多い。それでもしっかり報告され、漏れはなかったはずだ。
「盗品の返却があるかないかで印象が変わる。盗品が戻らないと、アカシアを追い続ける騎士も出るだろうと危惧していた。返品されれば、捜索も打ち切られるだろう…アカシアとして、今後活動しなければ」
今後活動しなければ、エピメディウムが証拠を隠滅すれば、怪盗アカシアは自然消滅する。
持ち主の多くは検挙されているが…盗品が返却されたとなれば、活動していない怪盗を無理に探す暇人はいない。
エピメディウムのように、恋い焦がれていなければ。
「どの宝石が間男だ」
「間男ではありません!」
立ち上がったエピメディウムは放置されている宝石に向かう。ただならぬ空気を感じ取ったミモザはエピメディウムの上着を掴んで引き留めた。
まるで宝石を砕きそうな勢いだ。
「美しいともて囃されているからといって、ミモザを誑かすのは許さない。盗品は全て返却できればと思っていたがそれはそれ、これはこれだ」
「誑かされた覚えはありません!」
「まさか誑かした方か。ミモザの魅力が宝石にも適応するのは仕方がないが、俺は嫉妬深いからたとえ無機物だろうと許せない。どの宝石を誑かし…は、全てアカシアに誑かされてここへ来た宝石ばかりか…全部、とは…」
「言っている意味が分りません!」
本当に砕くかもしれない。盗品なのに。
押収はしても廃棄してはいけないだろうに。
「宝石を産むために宝石を呑むというのがもうダメだ。つまりこの宝石は子種。ミモザが取り込む前に跡形もなく砕かなければ」
「宝石を子種って言うのやめてください!」
七色の宝石を女体に取り込むことで一つの宝石を産むので、間違っていない気がするのがとても嫌だ。
間男を砕こうとするエピメディウムを止めるため、ミモザは必死に訴えた。
「私は摂取するのを目的に盗みましたが、それでも世界一美しい色には出会えていません! 此処に在るのは見比べて違うと判断した宝石達です!」
「鏡を見ろ。そこに世界一美しい色彩が溢れている」
「溢れていません!」
宝石の話をしているところにミモザへの口説きをぶっ込んでこないで欲しい。
上着を引っ張って引き留めるミモザを肩越しに振り返り、エピメディウムは問い質す。
「ならばミモザは、宝石を産むつもりだが宝石を愛していないということか」
「それは私の贖罪であって、私は『宝石の女』ではありません…!」
「なら産む必要はないな」
テーブルの方向へ進もうとしていたエピメディウムがくるりと振り返る。そのまま引っ張るミモザに近付いて、正面から抱きしめた。
あまりにも自然な動作ですっぽり身体を包まれたミモザは、エピメディウムの背中側の上着を掴んだままなので自然と彼の背中に腕を添える形になり…まるで抱き合っているような状態になった。
「女は本当に愛した相手の子を産むべきだ」
「わ、たしは罪を」
「愛し合って生まれた子供に罪があるものか。君は洗脳されている。長年継承していた宝石が朽ちたからといって、君が責任を負う必要はない」
「エピメディウム様は、一体どこまで知っているんですか…」
ミモザの目的は知らなかったようなのに、出生はしっかり把握している。ミモザがどのように育てられたのかも、言葉の端々から把握している様子が窺えた。
「花屋に勤めるまでの軌跡を遡った。店舗登録から仲介人、保証人の情報。戸籍はねつ造していなかったので出生地も把握している。先日まで聖地巡礼をして情報を収集し、今日帰ってきたところだ」
「その足で…!」
まさかのその足でミモザのところまで来ていた。
ミモザの情報を…出生を知ったその足で、ミモザを捕まえに来たという。
「だから、君が過ごした山奥に何があるのかも見てきた」
――見てきただけで、分かるわけがないのに。
「誰もいない廃れた村と、七つの墓標」
ミモザの事情を知っていて、彼にそれを語る人など、どこにもいないのに。
「君に贖罪を強いるものは、どこにもいない」
なんでこの人は、こんなに詳しく知っているのだろう。
シンプルに怖い。
一応、エピメディウムが詳しい理由はありますが、それは最後のエピメディウム視点で語れればと思います。
いやでもシンプルに怖いんよ。聖地巡礼するな。