青鬼のゆくえ
「はぁ…。」
毎日ため息ばかりつく赤鬼の様子に気が付いた吾作が声を掛けます。
「赤鬼っあん、最近ため息ばかりついて、何か悩みでもあるのかい?」
青鬼を退治してから人間達と仲良く暮らしていた赤鬼でしたが、もう二度と会うことの出来ない青鬼の事を考えると、深い寂しさと後悔の念が押し寄せてきます。心優しい赤鬼が夢にまで願っていた人間達との温かい交流が出来て嬉しかった反面、本当は人間に悪意のなかった青鬼がわざと人間を襲うふりをして、それを赤鬼が助けることで、優しくて頼もしい赤鬼として人間たちの信頼を得ましたが、それがお芝居だったということと、親友である青鬼と二度と会えなくなってしまったという悲しみが、日を追うごとに赤鬼から笑顔を失わせていきました。
「本当はあんな芝居をしないで、ちゃんと心を尽くして人間と話をする勇気があったら…。」
青鬼の計画はとても有効でしたが、少し強引だったのかもしれません。自分の望みのために青鬼を失ってしまったという心の葛藤でいっぱいになってしまった赤鬼は、自分の心が壊れてしまいそうになってしまいました。
「もう、嘘はついておけない。吾作どんに本当の事を言おう。」
人間の結婚式で大暴れした青鬼を退治することで信頼を得た赤鬼と、一番仲良くなったのが吾作でした。吾作は、その結婚式の新郎で、助けてくれた赤鬼に恩義を感じ、友情をはぐくんだ二人は、ついには吾作に生まれた赤ちゃんを真っ先に赤鬼に抱かせてあげたくらい仲良しになったのでした。
「吾作どん、あのな。実は…。」
そう言ったまま、次の句が出てこない赤鬼の目からポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちました。すると赤鬼の足元には涙の水たまりが出来ました。それは、青鬼の別れの手紙を読んだ時と同じくらいの量でした。
「ど、どうしたんだ赤鬼っあん!何があったんだ!」
赤鬼は、吾作と互いに対面して正座したまま、ぽつり、ぽつりと事の顛末を話し始めました。
「吾作どん、わしは噓つきだ。今まで皆を騙してきたんだ。そして、親友も失ってしまった。わしは本当に馬鹿で愚かなな鬼だ…。」
驚いた吾作でしたが赤鬼の事は誰よりも自分が理解している、そう思っていました。心優しくて、明るい性格の赤鬼が、こんなに真剣に悩み、何かを告白しようとするのは只事ではない。赤鬼のことが心配でならない吾作は、しっかりと赤鬼の話を聞くことに決めました。
「赤鬼っつぁん、俺達の仲じゃないか?なんでも言ってくれ。」
赤鬼は、自分が人間達と仲良くなりたくて立札をたてたけど、誰も信用してくれなくてヤケになってしまったこと、それを知った親友の青鬼が赤鬼と人間達を仲良くさせるために一芝居うって、わざと人間達を襲うふりをして赤鬼に退治させたこと、その青鬼が自分と赤鬼が仲良くしては人間達の信頼を失うからと、どこか遠くの場所へ行ってしまったこと、ずっと忘れないと言ってくれた青鬼の優しさと、大切な友達をなくしてしまった後悔で夜も寝られなくなってしまったことを正直に吾作に話したのです。
「すまねえ、吾作どん!」
全てを告白した赤鬼は嗚咽にむせび泣き、その声は村中に響き渡りました。足元にできた涙の水たまりは、とうとう池になってしまいました。
ひとしきり泣いた赤鬼は、もしかしたら、もう吾作は自分の事を嫌いになってしまうかもしれないと思いました。人間達と仲良くなるためとはいえ、今までずっと嘘をついてきた赤鬼を人間達は信用することは無くなってしまうだろう、そう思ったのです。そして、一番の親友である吾作を失うことは本当に辛いことでしたが、じぶんにとって大切な青鬼の本当の姿を、じぶんにとって大切な吾作には正直に伝えなければならないと思いました。
意を決して赤鬼が顔を上げると、吾作も赤鬼同様泣いていました。
「赤鬼っつあん、苦しかったなぁ。俺ら人間も鬼たちを偏見の目で見ていた。すまねぇ。」
「吾作どん、勇気がなかったのはわしのほうだった。人間たちのために田畑を耕してやったり、井戸を掘ってやったりすることだってできたのだから。」
それまで培ってきた赤鬼と吾作の友情が、吾作に赤鬼と青鬼のついた優しい嘘を許させたのでした。
「…。俺は青鬼っつあんに会いたくなってきたよ…。」
「わしも会いたいよ。」
「じゃあ、探しに行かないか?」
「いいのかい?」
二人は村の長老に事の顛末を告げると、長老は迷うこともなく赤鬼の告白を受け入れ、二人に旅の路銀を与えてくれました。
「これで青鬼を探してくるといい。赤鬼の友達ならば、わしらは怖がることはない。」
吾作同様、長老もまた、赤鬼から明るさが無くなっていたことを心配していました。
あくる日の朝、吾作の妻が作った大きなおにぎりを腰につけて、霧深い熊落山へ向かうことにしました。しばらく前に、旅の渡り鳥から青鬼の姿を熊落山の麓で見たと教えられていたのです。山を越え、谷を越え、一月あまり歩き続け、とうとう熊落山の麓へ着いたとき、深い霧の向こう側に、背の高い青い後姿が見えました。
「おーい!青鬼ー!」
畑で鍬をふるっていた青鬼がこっちを振り返りました。赤鬼はもうぐしゃぐしゃになった涙顔を隠すこともなく青鬼のほうへ駆け寄っていきました。
「おーい!赤鬼ー!」
近くに駆け寄ってみれば、青鬼も同様、涙を目にいっぱいためていました。
「遠かっただろう。また会えてうれしいよ。昨晩、赤鬼が来る夢を見たんだよ。」
三人は青鬼の家で三日三晩再会を喜ぶ宴をしたあと、村に戻り、青鬼と赤鬼は人間たちと幸せに暮らしました。
おわり
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今回は、「泣いた赤鬼」に続きがあったらという創作話を作ってみました。
リーダーシップとは、単純に人を動かす力を指すこともあります。
人間と仲良くしたいと思っていたのに、立札を建てるだけで、それ以上努力をしなかった赤鬼は、リーダーシップが欠けていたとも言えます。青鬼は、自分と赤鬼が一緒に暮らせなくなるというリスクを考える間もなく、赤鬼のために何とかしたいと考えて、乱暴な方法で赤鬼と人間を仲良くさせました。あまり上手な方法ではなかったものの、誰かの希望を叶えるという面でいえば、人と赤鬼を動かした青鬼は、リーダーシップを発揮したとも言えます。
人間と仲良くなりたかったこと、青鬼の真の姿を伝えたかったこと、ずっとうそをついてきたことを正直に吾作に伝え、本当の気持ちを伝えたいと思い、嫌われることを恐れずに話した赤鬼も、吾作の心を揺さぶり動かしたという面で、リーダーシップがあると言えるかもしれません。
そして、その赤鬼の気持ちを受け止めた吾作も、赤鬼の気持ちに共感し、赤鬼が青鬼にもう一度会いたいという願いを叶えるために、長老や妻に働きかけて青鬼を探しに行くたびに出ます。ですから、吾作にもリーダーシップがあるのだと思います。
リーダーが、リーダーシップを発揮して、人の心を揺さぶり動かしたとき、それに揺さぶられた人も、リーダーに負けず劣らず、強い強い信念や情熱が生まれるのを沢山見てきました。僕がリーダーを退いたとき、後輩が僕に負けないくらい強い信念を持つリーダーとして立っていました。
リーダーの気持ちと共振する人間は、もともとリーダーの資質があったのか、もしくは、リーダーとして成長したのかはわかりません。
僕なりの言葉でリーダーシップを表すならば、飾り気のない、純真な情熱を、恥ずかしげもなく仲間に語り掛けることなんじゃないかと思います。誰かのために、勇気をもって立ち向かうことではないでしょうか。
泣いて笑って、怒り怒られ、お互いを一人の大切な仲間と思いあう気持ちが、リーダーシップを生み出す源泉なんじゃないかなと思っています。