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野菜を植えよう






「すみません。力を入れようと思うと、うまく加減が出来ず」


 そっと耕そうとしたのですが、とフィルディードはしょんぼりする。シアはしばらくはははと笑った後、ハーーーーーと大きなため息をついた。


「わかりました。大丈夫です」


 大丈夫、あれは英雄の私物。英雄の私物のクワ。そう思えば聖印が刻まれていたって構わないじゃないか。シアは唱えるように頭の中でそう繰り返す。――シアはごく自然と、クワの所有権を放棄した。


「想像以上に危険があるかもしれません。シアはもう少し下がっていてくれますか?」


 シアは真顔で頷き、地面に尻をつけたままズリズリと後退った。まだちょっと腰が抜けているので。庭木の影に隠れ、シアはちょこんと顔を覗かせてフィルディードを見守る。


 シアの視線の先でフィルディードはクワ(神器)を振りかぶり――そして一振りで地面を爆ぜさせた。




 最終的に力加減が把握できたらしく、フィルディードは畑を平らに耕し終えた。畑の土はふっかふかだ。深くから掘り返されて、もう見たことがないほどふっかふか。


「わあ、すごいですね! ありがとうございます!」


 爆ぜる大地に舞い上がる土。英雄の力と、それから神器。シアは目の前で起こる常軌を逸した出来事に、もう色んな事がどうでもよくなってふかふかになった畑を素直に喜んだ。


「お役に立ててよかったです」


 フィルディードはうれしそうに、はにかんだ笑みを浮かべる。改めて彼の姿をよく見てみれば、頭から土埃を被って全身土まみれだった。


「やだ、フィルディードさんすごい土汚れ。苗を植えたら真っ先にお風呂に入ってくださいね」


 シアはくすくすと笑って、勝手口の前に置いた苗を取りにいった。




 元肥は撒いていないが、この世界にはマナが満ちていて、その上豊人族には『実り』の加護がある。後々鶏ふん堆肥を追肥に買ってこようと考えながら、シアは畝を作った。それから畝の横に、等間隔に苗を並べる。


「そっと土をよけて、そーっと苗を置いて、そーーーっと土をかけてくださいね。ぎゅってしちゃだめですからね」


 シアは『そっと』を強調しながら、フィルディードに声を掛ける。フィルディードはお手本にと一本の苗を植えてみせるシアの手元を興味深そうに見つめ、頷いた。


「これは何の苗ですか?」


「私が今植えたのはキュウリですね。こっちの畝がキュウリとトマトで、そっちに並べたのがナスとピーマンとパプリカ」


 シアは指差しフィルディードにこたえる。フィルディードは感心して、並ぶ苗に視線を巡らせる。


「どうやって見分けているんですか?」


「葉っぱのかたちが分かりやすいですよ。キュウリは葉っぱが広くてちくちくしてて、ほら、トマトは葉っぱが細長くてギザギザしてる」


 ナスは軸が紫がかっていて、ピーマンはつるっとしてて先に向かって細くなる。パプリカはピーマンより葉が丸いけど、似てるから間違えて置いてるかも。シアは指差しながら見分け方を説明する。フィルディードは頷いて、葉をしげしげと観察した。


 豊人族の国は農業が盛んだ。どこで暮らしていても、作物や畑なんて見慣れているはずだった。普通に暮らしていたら誰だって知っているようなことを、知らずにいるフィルディードが無性に悲しくなって、シアはフィルディードをそっと見つめた。フィルディードはシアの視線に気付かずに、畝を作ってもいない空の場所を指差す。


「あちらには何も植えないのですか?」


「あっちには今度おいもを植えようと思って」


「色々植えるんですね」


(――思えば)


 興味深そうに畑を見回すフィルディードに、シアはふと思う。思ってみれば、今まできっと思いも寄らないほど大変な苦労を重ね世界を救ってくれた英雄にとって、今の時間はもしかしたら、ちょっとした息抜きになるんじゃないか、と。


 どうしても、『長く引き留めるわけには』という思いがぬぐえなかった。急いていた気が楽になって、シアは顔を上げる。少しの間、野菜がたんと実って美味しく食べるまで。それくらいなら、彼の時間を奪っても許されるんじゃないだろうかと。


 誰の許しを得たいのか、シアにもよくわからない。それは彼自身にかもしれないし、世間体や、もしかしたら『世界』そのものにかもしれなかった。


「さあ、植えましょう!」


 シアは深く考えるのをやめ、大声を出してフィルディードに笑いかけた。


 並べた苗を畑に植え、たっぷり水をやる。育つのが楽しみですね、と笑うフィルディードに、シアはきっと美味しくなりますよ、と笑顔を返した。


 共に植えた苗は、葉に雫を玉のように残し、きらきらと陽の光を反射していた。




「フィルディードさんのお部屋に持って帰って」


 さあ家に入ろうと片付けを始めたところで、当たり前のようにクワを物置きにしまおうとしたフィルディードに、シアは真顔で首を振った。


「ですがこれはシアの……」


「聖印が刻まれた神器をこんなとこ置けるわけないじゃないですか!!」


 青ざめて畏れ多いと首を振るシアに、フィルディードは眉を下げて言葉を返す。


「聖印が刻まれたといっても、僕が使っても壊れないよう頑丈になっただけでそこまで特別なものでは……」


「聖印だよ!? もう! いいからお部屋に置いておいて!! それはフィルディードさんのクワです!!」


 クワを持ったまま戸惑うフィルディードの背中をぐいぐい押して、シアは強引に話をまとめようとする。


「さあ! お風呂に入っちゃってくださいね! ご飯作っちゃいますからね!!」


 押した背中から、フィルディードの鼓動がシアの手にどくどくと伝わった。







隣町で仕入れた鋳造のクワ(神器)

英雄が振るっても壊れない一品。元が市販の鋳造品なので、力を入れすぎると簡単にへし折れるので注意が必要。一般人が破壊することは難しい。土汚れがつかず、常に清潔。

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― 新着の感想 ―
わけあって一睡もしていないのですが、めちゃくちゃ楽しかったです(*´艸`*) フィルディード……幸せそう……。良かったねフィルディード(頷き) シアちゃんの何もかもが癒しです。 さぞかし見識のある、…
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