主は、いつも見守って(物理)
空に皓然と輝くは創造神の尊き聖印。
「あわ、あわわ」
シアは腰を抜かして空を見上げる。聖印はこうと一層強い輝きを放ち、一筋の光となって降り注いだ。
§
「シアちゃん、いるかい」
遠慮なく玄関が開けられて、声をかけられた。シアが「はあい」と返事をして玄関に出ると、近所のおじさんが野菜の苗をたくさん持って立っていた。
「いい苗ができたからよ、お裾分けだ」
「わあ、いつもありがとう! ドニおじさんの苗は元気がいいからうれしい」
自分では種から上手く育てられなくて、と喜ぶシアに、ドニは当たり前だと得意げに笑う。
「今畑空いてんだろ、これ植えてくんなよ。…………それでよォ」
ドニは声を抑え、シアの肩越しに家の奥を伺うようにしながらそっとシアに問いかける。
「……いんのかい、本当に」
「ああ、うん……」
やっぱりドニさんもか……とシアは曖昧な笑顔を浮かべた。
昨日から、たくさんの人が差し入れを持って、シアの家を訪れるのだ。鶏が卵を産んだからと新鮮な産みたて卵を、豆がどっさり採れたからとさや付きのえんどう豆を、鶏をしめたからと捌きたての鶏肉を、焼きたてのパンを、搾りたての牛乳を、収穫したばかりのキャベツを……そして恐る恐る奥を覗き、揃って言うのだ。『本当にいるのか』と。
おかげでシアの貯蔵庫は、しばらく店に注文しなくても十分やっていけるほど充実している。とてもありがたいのだが、皆どうか無理はしてくれるな、とシアは頭を抱えていた。このままでは村の皆が順繰りに全員来そうだな、とも。
「あの、いるよ、フィルディードさん。……呼ぼうか?」
「いやいやいや! いるってんなら、いいんだよ! そんな、なあ!」
ドニは慌てたように首を振って、苗の詰まった箱をシアに押し付けるように持たせた。そしてそのまま、いるならいいんだよ、なあ、よろしく言っといてくれよ! と早口でモゴモゴ言いながら帰っていく。
……なぜか、今まで来た皆がそうなのだ。いることだけを確かめ帰っていく。フィルディードに会おうとはせずに。――まあ、気持ちはわからないでもない、とシアは大きく息を吐いた。あまりの大物が突然身近なところに現れたものだから、皆おっかなビックリしているのだ。
「フィルディードさん、苗をもらったので、畑に植えましょう!」
シアはおじけてなんていられない。遠慮なく頼みごとを口に出すと決めたのだから。それにもう結構慣れちゃったし。シアは苗を持って、リビングにいるフィルディードに声をかけた。
野菜を植えるとなれば忙しい。畑は冬から放ったらかしで、雑草くらいは抜いているが土がすっかり固くなっている。気合を入れて耕さないといけないなあ、と考えながら、シアはフィルディードを連れて畑に向かった。
シアの畑は、洗面所の勝手口を出た先の、裏庭にある。勝手口を出てすぐのところに井戸と物干し場、農具などをしまう物置き、少し先にはスペースを区切るよう植えられたハーブや実のなる庭木。庭木の間の小道を進んだ奥にこじんまりとした畑があるのだ。
シアは苗の入った箱を地面に置いて、物置きからクワを二本取り出した。当然、フィルディードに手伝ってもらうつもりで声をかけたのだから。
「畑を耕すの、手伝ってくれますか?」
シアはにこやかに笑って、クワを一本フィルディードに差し出す。なんと言っても力仕事だ。彼に恩返しとして頼むのに、こんなに丁度いいことはない。
「うまく、出来る自信はないですが」
フィルディードは真剣な面持ちで差し出されたクワを受け取った。共に小道を進み、畑に出る。
「ここを耕すんですね?」
野菜がいくらか植えられるくらいの小さな畑。頷くシアに、フィルディードは一旦クワを地に置いて、空手でクワの振るい方をシアに確認する。
「やってみます」
少し緊張した様子で、フィルディードはクワを手に畑に向き合う。反対の端から耕すため畑に入ろうとしたシアは、フィルディードに止められた。「危ないかもしれないから」と。
畑を耕すのに何の危険があるのかと首を傾げながら、シアは言われた通り後ろに下がる。もう少し、とフィルディードに身振りでしめされるままに、もう一歩、二歩。
十分シアが後ろに下がったことを確認し、フィルディードはふうと息を吐いてクワを握り振りかぶった。
バギン、と重い音が響く。フィルディードの両手は振り上げられ、取り残されたクワがカランと横倒しに倒れた。――フィルディードがその握力で、クワの柄を握りつぶしたのだ。
「すみません……ッ」
慌ててシアを振り返り、フィルディードが謝った瞬間、空に光の線が走った。光の線は弧を描き、瞬く間に空に印を描く。
――空に描かれたのは、創造神ラーティアの御力に守られし尊き聖印。
空を見上げたシアは言葉を失い、腰を抜かしてヘナヘナと地面に座り込んだ。
聖印はこうと一層強い輝きを放ち、一筋の光となってフィルディードの手元に降り注いだ。倒れたクワが光り、自ずと立ち上がる。フィルディードが持っていた柄の折れた部分を近付けると、光が伸びてフィルディードの両手を包み込む。
クワの刃に光が走る。カッと強く光った後には、聖印が刻まれていた。
「あわ、あわわ」
「……すみません。壊してしまいましたが、直りました」
「あわわわわ」
神器だ。隣町で仕入れた鋳造のクワ(神器)……最高司祭が所持する聖杯、フィルディードの所持する聖剣に次ぐ、この世に三つ目の。
「ラーティアは力が弱まったままなのですが、返って地上に干渉しやすくなったようで……僕という目印がある分見やすいらしく、気軽にその、祝福を」
「はは、は、はーーっ、ははは」
シアは腰を抜かしたまま、空虚な笑い声を上げた。
二作品続けてクワを神器にしていまいました。
クワに特別な思い入れはありません。








