主は、いつも見守って(再)
「わあ……! きれい!!」
大きな荷物をひとまず両親の寝室だった部屋に置き、シアはフィルディードと共に真っ先に畑に向かった。春になってからひと月も留守にしたのだ。どれほど雑草が生い茂っているか……と覚悟していたシアの目にうつったのは、丁寧に草引きされた真っさらな畑だった。土の表面はカチカチに固まっているが、雑草は生えたばかりの小さなものがまばらに覗くだけ。シアは大きな息を吐いて、畑を眺めた。
「エンゾおじいちゃん、『任せろ』って言ってくれたけど、こんなにマメに見てくれるなんて……」
春から秋にかけて、本当に植物の猛攻が起こるのだ。何もない場所どころか、何か植えているところまで雑草で覆われ埋め尽くされてしまうほど。大変だっただろうに、とつぶやいて、シアは笑顔でフィルディードを振り返った。
「後で一緒にお礼に行こうね! 帰ってきたよって挨拶して、お土産の種も渡したいもん」
「はい、シア」
フィルディードも笑顔を浮かべ、シアに頷く。それから畑を見回して、首を傾げた。
「土が固まっているように思います。耕すなら、クワを持ってきますか?」
「すぐに植えられる種も選んで、いくつも買ってきたもんねえ……先に耕すだけやっちゃおうか。碧晶珠も植えたいし」
マナの濃い場所でしか育たないという碧晶珠。聖域ならば育つかもしれないと、種をいくつも貰ってきた。そのまま地植えにしたり、水耕栽培で根が出るか試したり、鉢植えにしてフィルディードの部屋に置いたり……何通りか試そうと考えている。一番育ちそうなのは、フィルディードに任せる鉢植えかもしれない。なんとなく、フィルディードの周囲はマナに満ちていそうだから、と考えて、シアは軽やかな笑い声を上げた。
「鉢植え用に土も取りたいけど、手を入れないと土ってすぐに固まっちゃうもんねえ……フィーくんがいてくれて助かっちゃう。父様がいたときは、魔法で土を起こしてくれてたんだけど」
私じゃできないからなあ、としみじみ呟くシアに、フィルディードが問いかける。
「魔法で耕していたんですか?」
「そう、何も植えていないときだけね」
見てて、とシアは畑にしゃがみ込み、両手を地につけた。
「私じゃ土煙を上げるくらいしかできないんだけど、こうやって畑の範囲を認識して魔力で土を——えっ」
シアが困惑した声を上げる。瞬間、どうっと激しい音を立て、畑の土が吹き上がった。地中深くから巻き上がり——もうと立つ土煙、パラパラ舞い散る小石の中、シアは腰を抜かしてへたり込んだ。
「ひえ……ヒエエ……」
「ラーティア!!」
フィルディードが血相を変えて叫ぶ。天に光が走った。
《 どうしたんだいフィル、声を荒げるなんて珍しいじゃないか 》
「シアに……誓いのピアスに何をした!?」
今までにないほど慌てるフィルディードに、ラーティアは、ああ! と嬉しそうな声を上げる。
《 私の紋章を刻んだんだよ! ほら、誓いのピアスは肉体の一部となるし魔石にも土台にも魔力はたっぷり蓄えられているけれど、もし枯渇するようなことがあったらシアでは維持できないだろう? 》
「どういう、ことだ」
《 そんなことないとは思うんだけど、もし立て続けにピアスの効果が発動するようなことがあるとして、ピアスの魔力が枯渇したら、その次に効果が発動した瞬間シアの魔力が枯渇して死んでしまうじゃないか。でももう大丈夫! 私の紋章を刻んだからね! 大気から無限にマナを吸い上げて、魔力を供給し続けるよ! 》
「……ありがとう、ラーティア」
フィルディードは満面の笑みを浮かべて納得した。心から納得した。ラーティアは華やいだ笑い声を上げる。
《 フィルは自分でできるから、刻んだだけになっちゃうけどね。せっかくなんだから、お揃いにしてあげないと 》
「とても嬉しく思う。祝ってくれてありがとう」
《 いいってことさ! じゃあまたね、フィル。何かあったら呼ぶんだよ 》
「わかった」
創造神の紋章が、光を散らしてきらきらと風に消えていく。フィルディードは笑顔でシアを見つめた。
「——ということだそうです」
「あわ、あわわ」
シアはへたり込んだまま、呆然と口を開いてフィルディードを振り返る。
「あわわわわわ」
肉体の一部に、無限に魔力が供給される。つまりシアは土属性に限って、無限に魔法を使えるということで。
言葉も出せず、シアはもう愕然とフィルディードを眺め続けた。シアはそうと知らない間に、とんでも人外の仲間入りを果たしていたのだった————
シアの誓いのピアス
古代龍の角と一角獣の角で作り、創造神が光の紋章を授けた、防御・回復・魔力無限供給機。とんでもない逸品。
力いっぱい土を起こそうとしても土煙しか立たないものだから、と目いっぱい土を起こしたらとんでもないことになってしまった。
「わか……わかりました、大丈夫です」
が出るまで5分かかった








