表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ただの村娘の私の元に、救世の英雄が恩返しに来たのですが  作者: 紬夏乃
第二部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

72/75

別れの日






 早朝、シアはいつもより少し早い時間に起き出し、フィルディードの部屋を訪ねた。


「おはよう、フィーくん」


「おはようございます、シア」


 ふたりは並んで階下に向かう。ここでの生活も最後の日——今日、シアたちはこの屋敷を出立し、村へ帰る。


 食堂に入れば、すぐにレンカとディアナもやってきて、皆揃っての朝食を楽しむ。賑やかだった日々の終わりにさみしさを感じ、シアはふたりの顔をじっと見つめた。


 食事を摂っている間に、使用人の手によって手早く丁寧に荷物が梱包された。シアとフィルディードが元々持ってきたものは少なかったのに、シアが作ったベッドカバーや、何よりもマットレスが嵩張って、荷物はびっくりするくらいの大きさになった。滞在中シアが特に気に入って着ていた服や、街で買った種なんかも一纏めに防水布と梱包材に包まれて、一階に運び出された。


 行き道でも乗った魔道車が、アメリディアの乗った魔道車に先導されて屋敷に到着する。荷物は魔道車のルーフにロープでしっかりと固定された。


「本当にお世話になりました」


 立ち並ぶ王たちに、シアは深々と頭を下げる。頭を上げて皆の笑顔を見たとたん、シアの目に涙が浮かぶ。思えば、親しくなった友人との別れは、シアにとって初めての経験なのだ。


「——もう、そんな顔しないのよシア」


 アメリディアが優しくささやき、シアの手を握りしめる。


「またいつでも来てちょうだい。この屋敷はあなた達のために、いつでも使えるよう整えておくから」


「はい……っ」


「移動が大変ならさ」


 レンカも目元を緩めてシアに声をかける。


「小人族の技術者に、小型で早い魔道車を開発させるよ。そういうのがたまらなく好きなやつらを大勢抱えてるんだ」


「ああ、それはいいな」


 ディアナが明るい声でその提案に乗る。


「術式の改良をうちのにも手伝わせよう。私も近いうちに会いに行くよシア。聖域には興味があるんだ」


「はい、はい……!」


 シアはアメリディアの手をぎゅっと握りしめたまま、何度も頷く。


「精一杯もてなしますから、いつでも、きっと遊びに来てくださいね」


 目元を赤らめ、シアは皆に笑顔を向ける。アメリディアと手を離し、一歩下がったシアの代わりに、フィルディードが前に歩み出た。


「——ここでシアと共に皆と過ごして、ようやく実感を得たんだ。皆かけがえのない僕の友人で」


 フィルディードはレンカを見つめ、満面の笑みを浮かべる。


「そしてレンカ。君は僕の一番の友達だ」


「なッ」


 レンカは眉間にシワを刻み、口をきつく引き結んで、慌てて下を向いた。


「……ッかせるつもりかよ、クソ、お前唐突なんだよ」


 レンカは声を震わせ、何度か深く呼吸を繰り返し——顔を上げて、晴れやかな笑顔を見せた。


「やっと分かったかよ、バーカ」




 笑顔で手を振り、魔道車に乗り込む。大きな荷物で天窓のほとんどは覆われたけれど、一番後方の天窓を開け、シアはそこから頭を覗かせて皆に向かって大きく手を振り続けた。


 魔道車は軽快に進み、皆の姿がどんどんと小さくなる。シアは、遠ざかる白亜の屋敷を眺め、ズッと鼻をすすった。


「……さみしいねえ、フィーくん」


 天窓から頭を引っ込め、踏み台にしていたソファーベッドを降りて。シアの目からぽろぽろと涙がこぼれた。フィルディードがそっと手を伸ばし、シアの涙を優しく拭う。


「またきっと、会いに来ましょう、シア」


「うん……!」


 シアはフィルディードの胸に飛び込み、ぎゅっとしがみつく。フィルディードはシアの背中を撫でて、しばらくの間、ふたりは黙って温もりを分かち合った。




 しばらくするとシアも気を取り直し、「本当に便利な魔道車だね」と笑顔を見せてお茶を沸かし始めた。のんびりとお茶を飲んでいるとき、不意にフィルディードが顔を上げる。


「シア、そろそろかもしれません」


「なに?」


「穀倉地帯です。麦畑が見える頃だと思います」


「わあ、見たい!」


 行き道は深夜で見れなかったもんね、とシアは慌てて靴を脱ぎ、ソファーベッドに立ち上がって天窓を開けた。


 晴れ渡る空は青く、大地には一面に麦畑が広がる。風に髪をなびかせて、シアは歓声を上げた。


「すごい、すごいフィーくん!」


「はい」


「すごいねえ、綺麗だねえ……!」


 穂が出始めたばかりの麦は青々と生い茂り、地平の向こうまで続くよう。遠くに風車と、赤い屋根の小屋が見える。白雲が流れる。風にざあと音を立て、麦が波打つ。シアはほうと息を吐き、しばらく目の前の絶景を眺め続けていた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
レンカさんっ…………おそらく色々あったんだろうなと思われるレンカさんとフィーくんの色々を、私も追体験した気分です。前の話でも、レンカさんは「記憶が朧げになるのが嫌だ」と言ってたので、本当にフィーくんの…
ありがとうございます……ありがとうございます。すみません。けたたましくもこちら(感想らん)でレンカさんの台詞を復唱しそうになりました。 シアちゃんを通して大切なことがわかったフィルディードにもぐっと来…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ