一夜明けて
「街歩きですか?」
翌朝、朝食のあと一階の居間でくつろいでいたシアは目をまたたいた。フィルディードとは一緒にソファーに腰掛け、指を絡めて手を握り合っている。手を握ったり、腕を組んでみたり……術式効果の把握も含めて、色々慣れようとしている最中なのだ。
「せっかく首都まで来たのに、部屋に籠もりきりにさせてしまっただろ? ピアスを付けたし、フィルもいるんだ。出かけるなら魔道車を手配するよ」
向かいのソファーに座ってティーカップを傾けながら、レンカがシアとフィルディードに「どうする?」と問いかける。
「観光かあ……」
シアは空を見つめて考える。せっかく首都にいるのだから、少しは見て回りたい、という気もする。フィルディードは「シアが行くなら」と頷いた。「じゃあ、行ってみようかなあ」と小さくこたえて、シアはレンカに笑いかける。
「レンカさんもよかったら、ぜひ一緒に」
「僕も?」
今度はシアの言葉にレンカが目をまたたく。『デートでもしてきたらどうだ』と提案したつもりだったのだ。デートではなく首都観光をするのなら、同行できた方が安心ではあるが。
フィルディードは首都のどこに何があるかを大体把握している。方向感覚が優れているため道に迷うこともない。ピアスがあるからシアとはぐれることもないし、どんな状況下でもシアを守り抜くだろう。——だが、フィルディードには物事に対する興味がほとんどないのだ。『あの店がおいしい』とか、『この場所から眺める風景が美しい』とか、そういった情報は完全に抜け落ちている。フィルディードは観光の案内役には向いていないのだ。
ふたりで行かなくていいのか、とためらうレンカに、シアは「ご迷惑じゃなければ」と首を傾げる。デートなんて考えもせず、すっかり観光するつもりでいるシアに、レンカは笑って「案内役を務めさせてもらうよ」とこたえた。
「どんなものが見たい?」
魔道車が玄関に回ってくるのを待ちながら、レンカがシアに問いかけた。シアはうーんと悩み、考え込む。首都には何があるのかも、ちっともわからないでいるのだ。
「野菜の種が買えたらうれしいかなあ……」
しばらく悩んでも、思いついたのはそれだけで。首を傾げて悩み続けるシアに、レンカは急に言われてもそりゃ困るか、と笑った。
「とりあえず下町の方に行くか。気になるものを見かけたら立ち寄ればいいさ」
到着した魔道車に乗り込んで、レンカが運転手に「下町の大広場まで」と伝える。「かしこまりました」と返事が返ってきて、魔道車は滑らかに進み始めた。
広い前庭を抜け、貴族街を走り、魔道車は進んでいく。シアは窓から外を眺めて、わあ、と感嘆の声を上げた。
貴族街のゲートを抜けると、途端に人出が多くなり始める。建物は密接し、雑多に立ち並ぶ。街は賑やかで、活気にあふれていた。
人通りの多い道を進み、魔道車は大広場の一角に停車する。魔道車を降りて、シアはぽかんと口を開いた。
「こ、こんな人、今日は特別な催しがあるんですか……!?」
「いや、いつもこんなもんだよ」
レンカは何でもないようにこたえる。シアは途方に暮れたように左右を見渡し、フィルディードの手をぎゅっと握りしめた。
「フィーくん、手繋いでてね、ぜったい離さないでね……!」
「ぜったいに離しません、シア」
微笑むフィルディードを見つめ、ピアスがあってよかった、とシアは心底安堵する。人の多さと建物の高さに圧倒されて、一瞬で迷子になってしまいそうだと眉を下げた。運転手に近くの駐車場で待つよう指示を出して、レンカが「こっちだよ」と歩き始める。シアはきょろきょろと周囲を見回しながら、フィルディードに手を引かれて歩き始めた。
§
「——それで、人に酔って早々に帰ってきたのね?」
「はい……」
シアはぐったりとソファーに座り、「あんなたくさんの人……うちの村何個分か……」とつぶやく。アメリディアは「お疲れ様」とくすくすと笑った。
フィルディードが氷がたっぷり入ったお茶のグラスを差し出して、心配そうにシアを覗き込む。シアは差し出されたお茶を一気に飲み干して、勢いよく声を上げた。
「でも、本当にすごかったんですよ!」
シアは目を輝かせ、弾んだ声を上げる。
「色んなものがたくさんあって、もう何を見ればいいかわからないくらいで。広場で芸を披露している人もいて、大賑わいなんです!」
結局、少し街を歩いて、種苗店でいくつか野菜の種を買って、金物屋に入ってレンカの目利きで立派な包丁を買い……大広場に戻って大道芸を眺めたところで疲れ果て、屋敷に帰ってきた。それでも楽しかった、とシアは満面の笑みを浮かべる。にこにこと笑うシアを見つめ、皆ほっと表情を緩めた。
「この街を気に入ってもらえたようでよかったわ」
「はい!」
楽しげなシアを微笑ましく見つめ、少し考えて……アメリディアはひとつ頷いた。
「丁度いいわね。シア、これからの話をしましょうか」
そう言って、アメリディアは真っ直ぐにシアを見つめた。








