神に誓う
まだ笑いの波が収まりきらないでいる大広間で、フィルディードが椅子から立ち上がりシアに手を差し出す。シアはくすくすと笑いながら差し出された手に手を乗せて、フィルディードの隣に立ち祭壇を向いた。
「もう、こんなに笑わせないでちょうだい」
神聖な儀式だというのに、とこぼしながら、アメリディアが目の端に浮かんだ涙をぬぐってふうと息を整える。祭壇の真ん前に姿勢よく立ち、並んで祭壇を向くフィルディードとシアを見回した。
「創造神の名の下に、豊人族の王アメリディアがふたりの婚姻を見届けます——さあ、シア」
「はい」
シアは息を整えようと、大きく深呼吸する。そっとフィルディードに視線を送り、見つめ合って目を細め、真っ直ぐに前を向く。重ね合った手をぎゅっと握りしめ、シアは口を開いた。
「永遠の愛を、創造神様に誓います」
アメリディアは優しく目元を緩ませて、シアの宣言に頷く。それから視線を動かし、フィルディードを見据えた。
「フィルディード」
「……はい」
フィルディードはこたえたあと、不安げな視線をシアに向ける。シアは強く意志のこもった視線をフィルディードに返す。
「大丈夫、フィーくん」
フィルディードが何を案じているのか、シアはよく理解している。愛を誓うことをためらっているわけではない。どう誓うかに迷っているのだ。——シアが腰を抜かして倒れかねないと心配しているから。
でもシアは、あの夜フィルディードと話してから、真剣に考えてきたのだ。『フィルディードと家族になる』とは、どういうことかを。家族になれば当然他人事ではいられない、『フィルディード』に付随するもの。立場、名声、知名度、他者からの視線…………そして何より、神との関係。
シアは真剣に悩み、考え……考えすぎてよくわからなくなってきて——なんかもう親戚付き合いの一環みたいなものじゃないかな、と、そう達観した。ちょっと白目をむきそうなくらい畏れ多いけれど、それも含めて、シアが愛したフィルディードなのだから。
「大丈夫だよ」
覚悟を決めて、シアは力強く頷いた。フィルディードはシアの視線を受け止め、決意して頷き返す。真っ直ぐに前を向き、アメリディアのさらに奥、祭壇の向こうをひたと見つめた。
「永遠の愛を、ラーティアに誓う」
その瞬間、祭壇の奥に光が走る。最奥の壁に沿うように描かれるのは、創造神の尊き聖印。アメリディアは後ろにちらりと視線を送り、「見届けたわ」と軽い苦笑を浮かべて横に退ける。
輝く聖印の、左右の翼が開かれる。風がうねり広がって髪を形作る。実りは大きく膨らみ、身体を成した。天の光が輪を作り、冠となる。
聖印から滑り出るように現れたのは、黄金の波打つ髪を豊かに広げた、少年とも少女ともつかない姿を持つ創造神。ゆっくりとまぶたが開かれる。あらわとなるのは黄金の眼。双眸がシアを捉える。神は柔らかく微笑んだ。
『——ああ、なんて嬉しいことだろう』
ラーティアは慈しみに満ちたまなざしでシアとフィルディードを交互に見やった。腰元から生える翼をはためかせ、ふわり、とふたりの前に滑り出る。
『おめでとう、フィル。君が世界の内に居ることが、私は嬉しくてたまらない。そして』
ラーティアはシアを見つめ、満面の笑みを浮かべた。
『ありがとう、シア。君がフィルを救ってくれた』
ラーティアはすいと空を泳ぎ、フィルディードとシアのピアスに、順に祝福の口づけを落とす。
『君たちに心からの祝福を』
ラーティアがそう告げた瞬間、大広間は眩い光に包まれた。とても目を開けていられずに、シアはきつく目を閉じる。光が和らぎ目を開ければ、大広間には一面に煌めく光の粒が舞い踊って——シアとフィルディードのピアスには、『光の紋章』が宿されていた。
王たちは揃って、シアは大丈夫だろうか、と恐る恐る様子を伺う。シアは目をまたたいて光の粒を眺め、それからフィルディードを見上げ、「ありがたいねえ」と、ただヘヘッと笑った。
「フィーくん、はい!!」
シアはパッと手を離し、勢いよくフィルディードに身体を向けて両腕を広げる。フィルディードは驚いて目を見開いた。シアが身ぶりで何を示しているのかしばらく考えて、意味に気付き、戸惑って声を揺らす。
「……ですが、シア」
「大丈夫!」
シアは明るく声を張り、さあ、といっそう腕を広げた。
「フィーくんが素材を集めてくれて、皆が協力してくれて、今、創造神様まで祝福をくださったんだもん。だから、ぜったいに大丈夫だよ」
フィルディードは目を見張る。王たちも皆、息を呑んだ。『抱きしめて』と、シアはそう言っているのだ。『皆を信じている』と。——賭けられるのは、シアの命だというのに。
「…………シア」
「ね?」
シアは小首を傾げて、柔らかく微笑む。フィルディードはシアに手を伸ばし、ためらって伸ばした手を引き、シアの笑顔に促されて、ゆっくりとシアを抱きしめた。
「シア……」
「大丈夫、大丈夫だよフィーくん。痛くなんてない」
「シア…………ッ!」
フィルディードは目を潤ませ、ぎゅうとシアを抱きしめる。シアはばくばくと激しく高鳴るフィルディードの胸に強く頬を押し当てて、背中に回した腕でぎゅっと強くフィルディードを抱きしめ返した。
「フィーくん、愛してる」
言葉の代わりに、フィルディードの目から涙が一粒こぼされる。光の粒が舞い踊る中、ふたりは隙間がないくらい、ぴったりと抱きしめ合った。








