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ただの村娘の私の元に、救世の英雄が恩返しに来たのですが  作者: 紬夏乃
第二部

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誓いのピアスが付けたくて






 祭壇の準備はすぐに整えられた。翌朝早くから、大きな荷物を抱えた使用人と共にアメリディアがシアの部屋を訪れる。


「さあ、準備するわよ。まずはこれに着替えてちょうだい」


 差し出されたのは、白を基調とした可愛らしいワンピース。シアは目を輝かせて、「はい!」と返事をした。


 寝室で着替え居間に戻れば、ティーテーブルの上には大きな鏡が据えられて、ブラシを持ったアメリディアがシアを待ち構えていた。使用人は退室したらしく姿が見えない。「ほら、座りなさい」と促されるまま、シアは椅子に腰掛けた。


 ケープを羽織り、アメリディアに髪を梳かされる。シアは恐縮して肩を縮めたが、アメリディアは楽しげに鼻歌を歌っている。「楽にしてちょうだい」と肩を叩かれ、シアは力を抜いて身を任せた。


「楽しいわね。私、妹が欲しかったのよ」


 シアの髪を編みながら、アメリディアは優しくささやく。シアは幸せで、柔らかく目を細めた。


 ハーフアップに結われた髪は花で飾られ、淡い薄化粧を施され、シアは鏡に映る自分に目を瞬く。「どう?」と誇らしげに胸を張るアメリディアに、シアは「すごいです……! ありがとうございます!」と感動の声を上げた。




 アメリディアにエスコートされて大広間に向かえば、扉の前で皆が待っていた。振り向き微笑んだフィルディードに、シアの視線は吸い寄せられる。白を基調とした礼服に、整髪料で整えられた髪。まるで物語のワンシーンのようで、シアははにかみながらフィルディードの前に歩み出た。


「シア、とても綺麗です」


「フィーくんもすごくかっこいい」


 慣れない姿に照れながら、お互いに見惚れて微笑み合う。「さあ、行こうか」というディアナの言葉を合図に大広間の扉が開かれて、シアは差し出されたフィルディードの手に手を預け、足を踏み出した。


 大広間の最奥には、豊人族が使う聖印が描かれた祭壇が据えられている。祭壇の上は花飾りとろうそく、それからワインがなみなみと注がれた金のゴブレットで飾られていた。


 美しい椅子が一脚、祭壇に向かって置かれている。シアは連れられるまま歩き、促されてその椅子に腰掛ける。フィルディードはシアの正面に立ち、ガイアスがカムイロカネの針が乗ったジュエリートレイを持ってフィルディードの隣に立った。


「誓いのピアスを」


 祭壇の前にアメリディアが立ち、そう告げる。ピアスを納めたジュエリーケースを持ったディアナがガイアスの隣に立つ。フィルディードは白く虹色に輝く針を手にとって、真っ直ぐにシアを見つめた。


(あ……いよいよ……)


 結婚するんだ、とシアは胸を高鳴らせた。フィルディードの手がシアの耳に触れる。シアは瞳を閉じて、緩く顎を上げた。耳たぶがふにと摘まれて————針、フィルディード、力加減、畑の土。そんな連想が頭をよぎった瞬間、シアの心拍数がドッと高まった。ちょっと違う方向に。


「まっっっって!!!」


 思わずシアは待ったをかける。フィルディードはぴたりと動きを止めて、シアの耳から手を離し、姿勢を正してシアの言葉を待つ。『まさか今になって結婚が嫌になったのか』と王たちは皆息を呑んだ。大広間が静まり返る中、シアはばっくんばっくんと激しく高鳴る鼓動に息を弾ませて、ぎゅうぎゅうに自分の耳を握りしめる。


「ごめ、ごめんね、畑の土が爆ぜるところ思い出しちゃって……耳が風船みたいにパアンってなるとこ想像しちゃって……」


 シアはフウフウと息を荒げながら、「ちょっと待って」と繰り返す。忘れよう、忘れるんだと念じながら、シアは目を閉じて大きく深呼吸を続けた。


 動悸を抑えようとするシアを、王たちは『そりゃあ怖くもなるよなあ……』という視線で見守る。シアはひときわ大きな息を吐いて、目を閉じたまま覚悟を決めて顎を上げた。


「だい、大丈夫です! どうぞ!!」


 暫しの沈黙。しかしフィルディードは動かない。耳に触れる手がないことに、シアがそっと目を開けると、フィルディードは途方に暮れた顔でシアを見つめていた。


「その……僕も心配になってきました……」


 フィルディードが不安そうに声を揺らす。困り切って見つめ合うふたりを前に、ディアナが深々とため息をついた。


「穴を開けるのは私が請け負おう」


 ディアナはジュエリーケースをレンカに渡し、シアの前に歩み出る。フィルディードに手を差し出して、ほら、と針を寄こすよう示す。


「穴を開けるのは外科的処置にすぎない。不安に怯えながら挑むよりはいいだろう。ピアスはお前が通すといい」


 フィルディードは判断を問うようにシアを見つめる。シアはそれにそっと頷いた。フィルディードはシアに力強く頷き返し、針をディアナの手に委ねる。


「よっよろしくお願いします!!」


 シアは気合のこもった声を出し、また目を閉じて顎を上げた。そっと、シアの耳たぶにディアナの指が触れる。ひんやりと冷たい指の感触を感じた瞬間、スッと素早く針が通された。


 針のあまりの尖さにあっけなく穴が開けられ、シアは驚いて目を見開いた。ディアナが立ち位置を横に動かしフィルディードを振り返る。


「ほら、ピアスを付けてやれ」


「分かった」


 フィルディードはレンカが差し出すジュエリーケースから金色の魔石が付いたピアスを持ち上げて、シアの正面に立った。


 シアはフィルディードをじっと見つめる。フィルディードは目を伏せてシアの耳に手を伸ばす。そっと優しい手つきでシアの耳にピアスを通すフィルディードは、『少しの痛みも与えないように』と言わんばかりに真剣な表情を浮かべていて。視線が合わないことが苦しいほど幸せで、シアは瞳を潤ませてフィルディードの顔を見つめ続ける。


 かちり、と。耳の後ろで、留め金のはまる音がささやかに鳴らされた。






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― 新着の感想 ―
泣きそうになりましたよね……。゜(゜´Д`゜)゜。 えっ、えぐ、うっ……、うう。 現実世界の指輪の交換とは異なる作法では、当然互いの視線の交わり方も違うわけで。 このうえなく真剣なフィルディードの顔を…
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