魔石の完成
「一度に一節が限界だな……」
ゆっくりと焼き菓子を摘みながら、レンカがしみじみと呟いた。シアは茶のお代わりを注いでから、興味深そうにきょろきょろと辺りを見回す。ディアナがそれに気付き、「気になるものがあるか?」とシアに声をかけた。
「フィーくんに少し教えてもらったんです」
シアは楽しげに、あれが術式の発動を抑えるもので、レンカさんにだけ言葉が届いて……と指さしていく。
「魔石を作るところなんて初めて見せてもらったから、もうすごく不思議で、珍しくって」
照れ笑いを浮かべ、シアはディアナを振り返った。ディアナは、それはそうだろう、と軽快な笑い声を上げる。
「中々見る機会があるものではないからな」
「あんな大きなものをどうやって小さくするんでしょう?」
「それはフィルの仕事だよ」
茶をすすりながら、レンカが気だるげにシアにこたえた。ディアナはマナ石を指さして、シアに説明を始める。
「マナで高圧力をかけるんだ。圧縮程度は一般的に三分の一、最高の設備と一流の技術者を揃えても十分の一が限界でね。それではまだ大きすぎるから、フィルディードが力技で圧縮する。だから今ここに、圧縮の設備はないんだよ」
「さすがに圧縮作業は危なっかしくて見せてやれないけどな」
ディアナが突き出した手をぐっと握って見せる。へえ〜、と感嘆の息をはいて、シアはフィルディードを振り返った。フィルディードはシアに微笑みかけて、軽く頷く。
「ピアスにして問題ない大きさまで圧縮します。安心してください」
「お前、シア嬢に対してずっとその口調なんだな」
レンカが呆れたようにフィルディードに向かって話しかける。フィルディードはどこか困ったように、視線をうろつかせた。
「シアに、少しでも『無愛想だ』と思われたら……と考えると、口調が変えられないままでいる。レンカと決めた口調には、成功の実績がある」
「お前本当に中間がねえな」
「私はフィーくんが皆に話しかけるみたいに話したって、気にしないんだけど」
シアは楽しげに笑って、フィルディードを見つめた。再会したときに比べてフィルディードの声色が少しずつ変化していることを、シアは感じ取っている。
「変えたって変えなくたって、大丈夫だよ。いっぱい話をしていけたらそれが一番なんだから」
シアの柔らかな提案に、フィルディードは「はい」と目を細めた。
あまり休憩の邪魔をしてはいけないから、とシアたちは作業室を後にする。休憩の後にまた作業が続けられたらしく、ディアナとレンカは夕食の席で疲れた様子を見せた。
翌日も、そのまた次の日も、魔石作りは進められる。シアは何度か、フィルディードと共に差し入れを持っていった。
空いている時間、シアはパッチワークを作って過ごした。シングルサイズから、アメリディアに貰ったマットレスに合うサイズに、作る大きさを変えたのだ。大きいに越したことはないし、そんなことも、まあそんなこともあるかもしれないしね? なんてモゴモゴひとりで言い訳をしながら。
術式のほぼすべてはシアの魔石に刻まれるらしく、フィルディードのものは先に出来上がったと聞かされた。刻まれる術式が同調と発動に限られるようで、対応し合う部分が同時に刻まれたのだ。フィルディードが圧縮し、先に出来上がった魔石を見せてもらって、シアは胸を高鳴らせた。
フィルディードの手の上に乗る、シアの瞳の色の美しい魔石は、いよいよ近付いてきたという実感を持って輝いていた。
——それから数日後、ついにすべての術式を刻み終わった、とディアナとレンカがシアに告げる——
§
作業室で、フィルディードが古代龍の角に手をかざす。角の内部には、びっちりと三重螺旋が描かれている。シアに見せたことがないほどの厳しい表情を浮かべて、フィルディードはゆっくりと指先を丸めていく。
バチ、バチと、火花が散るようにフィルディードの周囲で閃光が走る。部屋の中に強い風が吹き荒れ、固定台に亀裂が走った。
(あの固定台、二度と使えねえな……)
部屋の端で、レンカが達観したような表情を浮かべフィルディードが魔石を圧縮する様を見守る。床に描かれた陣は一斉に激しく明滅し、強圧の余波に効果がかき消されていく。古代龍の角は中空に浮かび上がり、どんどんとその大きさを縮めていく。固定台は圧力に耐えきれず、けたたましい音を立てながらひしゃげ、潰れた。
「相変わらず、凄まじいな」
ディアナが呆れと感嘆の中間みたいな声音で呟く。レンカは返事の代わりに、ただ「ははっ」と笑った。
ゆっくりと動かされていたフィルディードの指が、ぐっと握り込まれた。——ィイイン、と金属を擦り上げたかのような高音が鳴り響き、激しい光が収束する。風が止み、部屋に静けさが満ちた。
フィルディードは固定台だった場所に手を差し出す。手のひらにころんと落ちたのは、不思議と透明度を持って煌めく黄金の小さな魔石。レンカたちを振り返り、フィルディードは口を開いた。
「出来た」
と。








