製作開始
翌日、レンカの作業室。大きな講壇にはディアナの姿、そして魔力式昇降椅子には、針のように細長い工具を持ち、首にゴーグルをかけたレンカが座っている。
「さて、始めるか」
ディアナは講壇から突き出した台に両手を乗せて宣言する。始めに魔力を流す必要があると言われ陣の上に立っているシアが、両手を握りしめて上擦った声を上げた。
「よ……っよろしくお願いします!」
「任せろよ。僕が寸分違わず刻んでやる」
レンカが勝ち気な笑みを浮かべ、ゴーグルを装着し椅子を上に上げる。角の先端まで椅子を上げて工具を構えたことを確認し、ディアナが声を上げた。
「いくぞ」
床の陣が発光する。ぱちっとした衝撃と共に魔力が吸われ、シアはびくりと身体を震わせた。
「シア、もう下がって大丈夫です」
「う、うん……!」
後ろに控えていたフィルディードに告げられて、シアは慌てて陣を出てフィルディードの元に走り寄る。床は一面光り輝くように陣が浮かび上がり、計器類が駆動音を鳴らす。講壇は球体の結界に覆われ、中に立ち唇を動かし続けているディアナの声が届くことはない。レンカが繰り続ける針の先で、魔力光がパチパチと弾けた。
「フィーくん、その……」
音を立てるのもためらわれ、シアはそっとフィルディードにささやきかける。フィルディードは頷いて、シアを部屋の外へと誘導した。
「ハア〜! き、緊張した……!」
「お疲れ様です、シア」
息を詰めたまま廊下を歩き、居間に入ってからシアは大きな息をはいた。フィルディードは柔らかく笑ってシアをソファーにいざなう。シアはどっとソファーに腰を下ろし、好奇心にきらめく瞳でフィルディードを見上げた。
「ねえフィーくん、ディアナさんの立っていた台はなんだろう! レンカさんは術式を刻むって言ってたけど、あの針みたいなので? どうやって!?」
「僕も詳しくはないのですが」
シアに袖口を引かれ、フィルディードはシアの隣に腰掛けた。記憶を思い起こすように小首を傾げ、フィルディードは話し始める。
「確か、あの講壇のようなものは、術式の発動を妨げレンカに言葉を送るためのものです。複雑な術式は長い唄のようになっていて、発動させてしまうと、魔力を消費してしまう上に途中で止めることが難しいんです。術式を唱えるだけでも気力と体力を消耗します。刻むとなればその上魔力も。作業を途中で止められるよう、作り手を保護する設備だと聞いた覚えがあります」
「へえ〜!!」
シアは興味深そうに、わくわくと身を乗り出してフィルディードの話を聞く。フィルディードは視線を左右に動かし、さらに記憶を辿った。
「レンカは、あの細長い工具で術式を刻みます。受信機を通してディアナの術式を聴き、魔力を操ってマナ石の内部に直接刻んでいくんです。今回のものは三つの機能を持つので、術式は三重螺旋を描いているのだと思います」
「それは……ものすごく大変なんじゃないかなあ……?」
元から魔石を作ることが簡単だなんて思っていなかったけれど、想像以上の困難さにシアは申し訳なさを感じる。途方に暮れて下を向くシアに、フィルディードは微笑みかけた。
「作業は何度も中断されます。続けて行えることではないからです。休憩に入ったタイミングで、何か差し入れを持っていきますか?」
甘いものを喜んでいたと覚えています、というフィルディードの言葉に、シアは顔を上げて、うん……! と勢いよく頷いた。
厨房で勝手をするのはためらわれて、シアは見かけた使用人に甘いものを用意してもらえないか、と頼んでみた。要望は快諾されて、軽く摘める焼き菓子や、美しいボンボン・ショコラが用意される。様子を伺いに行ったフィルディードから「休憩に入ったようです」と声をかけられて、シアは菓子と茶を乗せたワゴンを押して作業室を訪ねた。
「失礼します……」
シアがおずおずと扉を通ると、ディアナが「どうした?」と笑顔で振り返った。レンカは冷たく冷やしたタオルを目に乗せて、背もたれにぐったりと頭を乗せている。
「お茶とお菓子をもらってきたんです。あの、お疲れ様です。本当にありがとうございます」
「ああ、これは嬉しい気づかいだ。ありがとうシア、いただくよ」
ディアナは作業台の上の物を雑にざっと端に寄せて、ショコラを摘みながらワゴンから菓子を作業台に乗せていく。シアはおろおろとレンカに声をかけた。
「大丈夫ですか……? レンカさん」
「高負荷で鼻血が出そうだ……」
レンカは重そうに頭を上げる。シアは慌ててレンカを止めた。
「ああっ無理しないでくださいね、ゆっくり休んでください!」
「レンカ、ショコラがあるぞ」
「ア〜、糖分が欲しい」
のっそりと立ち上がり、レンカは気だるそうに歩いてくる。フィルディードがティーカップに茶を注いでレンカに差し出し、レンカは受け取った茶を一息にあおって、雑にショコラを二、三粒口に放り込んだ。
「負荷がレンカに寄るからなあ」
ディアナもフィルディードから茶を受け取り、首を回しながら呟いた。シアはきょろきょろと周囲を見回して、部屋の端にある椅子を持ってこようと足を踏み出す。
「シア、僕がやります」
フィルディードがそれを制して、代わりに動き出した。椅子を運び、レンカの後ろにそっと据える。レンカはどっと椅子に腰を下ろして、「お前に気をつかわれると気持ちが悪いな」と、くしゃっとした笑顔を浮かべた。








