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ただの村娘の私の元に、救世の英雄が恩返しに来たのですが  作者: 紬夏乃
第二部

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乙女たちの昼下がり






 翌日、午後にシアが裁縫をしていると、また扉がノックされた。訪ねてきたのはアメリディアだ。


「シア、ちょっといいかしら?」


「はい、アメリディア様どうされましたか?」


「リディでいいわよ。食事の件で相談にきたの」


 慌てて立ち上がろうとしたシアを手で制し、アメリディアは入室してシアの向かいの席に腰掛ける。シアは少し迷った後浮かせた腰を椅子に下ろして、おずおずとリディに話しかけた。


「ええと、はい、リディさ、さん。食事って、どうしたんでしょう?」


「ほら、毎食とりあえず、食べ慣れたものを出しているでしょう? せっかく首都に来たのだから、そればかりじゃ面白みがないかと思って」


 様、と呼ぼうとしたシアを視線で制し、さん、と呼ばれたことに頷いて、アメリディアはシアに笑顔を向ける。


「食べてみたいものはある? 好みを教えてもらえたら用意するのだけれど」


「せっかくの機会ですし、珍しいものも食べてみたいなあと思うんですけれど……」


 うーんと考えて、シアは途方に暮れた顔つきで、すがるような視線をアメリディアに向けた。


「どんなものがあるのか想像もつかなくて……」


「ああ、わかるわ。私もそうだったもの」


 アメリディアは納得したように深く頷く。シアは、アメリディアは元から『お姫様』なのにと驚いて、目をまたたいた。


「ア……リディさん、もですか?」


 呼び慣れずに言い淀むシアに軽い苦笑を向けて、アメリディアは肩をすくめる。


「姫と言っても本当に小さな国で、平民との垣根はほとんどなかったの。ドレスだってあまり持っていなかったわ。だって私、ヤギに乗って山を駆けていたのよ?」


「ええ……! そうなんですか!?」


「そうよ」


 あんぐりと口を開けるシアに、アメリディアは愉快げな笑い声をあげる。だからね、と言葉を続けて、アメリディアはシアに柔らかく微笑みかけた。


「本当に気を使わないでちょうだい。あなたとは気楽な関係を築きたいと思っているのだけど——だめかしら?」


 シアはぱちぱちと目をまたたいて、目の前に座るアメリディアを見つめる。……年頃は同じくらいの、健康的で美しい少女。緩く波打つローズピンクの髪に、はっきりとした理知的な瞳。堂々とした立ち居振る舞いはまさに仰ぐべき豊人族の王であり——その立場を呑み込めるほどの胆力を持った、類まれな人。


 どうしても、高貴な方だと気が引けてしまう。自国の公妃となる御方だと思えばいっそう、『雲の上』よりも理解しやすくて、身分差に実感が伴う。でも、とシアは柔らかな笑みを浮かべた。飾らない少女の顔を見せてくれて、『親しくなろう』と言われて。うれしく感じないわけがないのだ。


「私は正しい礼儀作法を知らないので、そう許してくださるなら、とても助かります」


「もちろん許すわ」


 ふたりは顔を見合わせて笑い合う。少し歩み寄った距離が、温かかった。


「見当もつかないと言うのなら、まずは私が珍しいと思ったものを用意しましょうか。あなたは森で育ったのでしょう?」


「はい。森の中の小さな村で、そこから出たのは初めてなんです」


「なら、海の幸はどうかしら。あなた大きな海老を見たことがある? こんなに大きいのよ」


 笑いながら、アメリディアは手で大きさを示してみせる。シアはまた驚いて、見たことがないと首を振った。さっそく今晩用意しましょうか、と提案するアメリディアに、シアは、その、と声をかけた。


「フィーくんが帰って来てからでもいいですか? せっかくなら、フィーくんと一緒に食べたいなって思うんです」


「そう。いいわよ、フィルディードさんが帰ってきたら、『おかえりなさい』のご馳走ね」


「はい!」


 シアはアメリディアの言葉に満面の笑みを浮かべた。アメリディアはシアを微笑ましく見つめ、柔らかく問いかける。


「他に欲しいものやしたい事はないかしら? 端切れは足りている?」


「はい。本当に素敵な布をいただいて、縫い物がたのしくて……」


 それで、とシアは口ごもる。布は十分足りているし、ここで過ごすのにこれ以上必要なものも思い付かない。——でも、欲しいものは見つけてしまったのだ。もう手放せなく感じているほど、とても欲しいものを。シアは少し迷ってから、思い切って声を上げた。


「あの……! 欲しいものがあって、今私が使っているマットレスって、同じものをどこかで買えますか……!?」


「なんだ、そのままあげるわよ。持っていけばいいじゃない」


「ええ!?」


 アメリディアはけろりとこたえた。シアは驚くあまり、口をぱくぱくと開閉する。呆気にとられたシアに向かって、アメリディアは首を軽く傾げた。


「あなたのために用意したものなんだから気にすることないわ。ベッドフレームはいるかしら? 家に持って帰るとして、あの大きさのフレームはある?」


「あ、ええと、はい、両親のベッドがちょうど同じくらいの大きさで、今は使っていなくって」


「ならいいじゃない。持って帰りなさいよ。運ぶのは……また魔道車に乗って帰ればいいんじゃないかしら?」


 梱包してルーフにくくり付けていけばいい、とアメリディアは事もなげに話し続ける。シアは行き道を思い返し、アメリディアにおずおずと問いかけた。


「あの、迷惑じゃないでしょうか? 運転手さんもとても大変だと思うんです」


「一息に走ってしまった方が楽よ。フィルディードさんを乗せる人は気を使うでしょう。軍人なら任務に当たる者も心得ているけれど、乗り合いの運行便に乗せるなんて、その方が気の毒だわ。目立つもの、フィルディードさん」


 確かに……とシアは悩み始める。いきなりフィルディードが乗ってきたら、運行便の運転手はとんでもなく驚いてしまうだろう。乗り合わせた人たちも。うんうんと悩むシアに向かって、アメリディアはさらに、三人体制なら任された者も心強いでしょうし、休暇も手当ても思い切り弾むように取り計らう、と提案する。シアの心は、『欲しい』と『申し訳ない』の間でぐらんぐらんに揺れ動いた。


「本当にいただいていいんでしょうか……? 運んでいただいてまで、そんな、もうありがたすぎて、どうしたらいいのやら……」 


「どうせいるでしょう? 夫婦の寝室に。結婚祝いだと思って、受け取ってちょうだい」


「ぇあ、アッ、ええ……!?」


 シアは顔を赤らめて、言葉にならない声をもらす。アメリディアはシアの反応に驚いて、目をまたたいた。


「え、何? だって結婚するのよね? これから」


 それはそう。そのために今シアはここにいて、皆も動いているのだから。シアは首まで真っ赤に染め上げて、上ずった声をもらした。


「そう、なんですけど、具体的に、心の準備が……!」


 ワア! と小さな悲鳴を上げて、シアは両手で顔を覆って縮こまる。アメリディアは恥じらうシアに快活な笑い声を上げた。


 乙女たちの昼下がり、部屋には甘く、明るい雰囲気が立ち込めていた。






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― 新着の感想 ―
ほっこり…(はぁと) リディにとっても、シアにとっても、お互いに、等身大の、とっても当たり前な女友達になれるのかなぁと感じさせられる回でした。 はぁ…、ほっこり…( ´͈ ᗨ `͈ )
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