深まる交流
昼食後、シアが自室で裁縫をしていると、扉がノックされた。
「どうぞ」
誰だろうと思いながら返事をすれば、訪ねてきたのはレンカだった。レンカは開いた扉の向こうから顔を覗かせ、シアに声をかける。
「今いいか?」
「もちろんです! 今お茶を淹れますね」
シアがいそいそとティーテーブルの上に並べた布を片付け始めると、レンカは笑いながら「お構いなく」と言って部屋に入ってきた。
「暇じゃないか? 何か欲しいものはないかと思って聞きに来たんだ」
レンカはそう言いながら、シアの向かいの席に腰掛けた。シアは慌てて首を振って、手元に視線を落とす。
「いえ、そんな。もうたくさん布をいただいて……私、こんなに何もしなくていいのは初めてで、家事も、畑仕事もないものだから」
シアは持っていた布をバッと広げ、満面の笑みを浮かべて顔を上げた。
「パッチワークがすごく進んで! 大物が作りたくて、もう時間が足りないくらいで!!」
大中小、色んな大きさに切られた長方形と正方形。様々な布が縫い合わされた大きめのハンカチくらいのパッチワーク。ふと見れば、テーブルの上には同じくらいの大きさのものがいくつか畳まれている。レンカはシアの勢いにのまれ、「おお……良かったな」ととりあえず言葉を返した。
シアは嬉しそうに「はい!」とこたえる。掲げられたパッチワークをよく見てみれば、なるほど上手く作っているとレンカは感心した。
「へえ、綺麗なもんだな。組み合わせのセンスがいい」
「あっありがとうございます! いただいた布が素敵で、もうたのしくなっちゃって」
「何を作るんだ?」
「ええと、その」
シアは顔を赤らめて、視線を落としてもごもごと口ごもる。
「せっかくだから、フィーくんのベッドカバーを作ろうと思って、その、誓いのピアスにはぜんぜん釣り合わないとは思うんですけど……」
「いいじゃないか。あいつすごく喜ぶと思うぜ」
「そうだといいなあ、と思います」
へへっと照れるシアに、レンカは柔らかな笑みを浮かべた。フィルディードが大切にされていることが嬉しくて、それからシアの人となりに心底安堵を覚える。よくもまあ、ここまで素朴で善良な人がフィルディードを救ってくれたものだと。……いや、善良だからこそフィルディードに心を与えられたのかもしれない、と考えて、レンカは小さく息をはいた。
「……悪いな、せっかく首都に来たのに、外に連れ出してやれなくて」
「そんな。とても良くしていただいていると思っています。それにたぶんなんですけど……」
シアは小首を傾げ、何とも言えない笑顔でレンカを見つめる。
「私……この部屋からあまり出ないほうがいいですよね……?」
レンカは酸っぱい顔をして、そっと視線をそらした。
「そうしてくれると正直ありがたい……」
「ですよねえ」
なんか、そんな気がするんですよねえ……とシアはしみじみ呟く。レンカはンンッと咳払いをして、「ま、まあ……」と言葉を続けた。
「欲しいものがあったら気兼ねなく言ってくれ。して欲しいことでも。話し相手は……今手が空いているのは僕くらいだから、選択肢がなくて悪いけど」
僕でよければいつでも、と軽く肩をすくめて見せるレンカに、シアはまた慌てて首を振った。
「そんな、これ以上時間をとってもらうなんて」
「もしかしたら、僕が『小人族の真なる王』だからと気を使ってくれているのかもしれないけど」
レンカはシアに向かって柔らかく微笑んだ後、視線を斜め下に落とし凄絶な笑みを浮かべた。
「小人族の王っていうのはな……体のいい小間使いなんだよ」
「ひえ」
「うちの『王』は代々そうだ。自由気ままで興味が湧いたところにすっ飛んでいく、自分の世話もろくに出来ない馬鹿野郎共が放っておけずに世話を焼くやつが『王』をやるんだ。あいつら寝食も忘れるし出来た技術が金になるかにも無頓着だしそのくせ『あれが欲しいこれが欲しい』とピイピイ鳴きやがる……」
恨みがこもった呟きが落とされる。シアは思わず両手で口元を押さえ、「あの……今はどうなさって……?」と恐る恐る問いかけた。レンカは「先代が見てくれている……」と力なく呟いて、ハッと気付いたように顔を上げた。
「そう、先代だ。礼を言うのが遅くなってすまない。僕にはあなた達一家に多大な恩があるんだ。フィルがうちの郷に着いたとき、郷はおびただしい数の魔物に襲われていて、戦火の中で先代は死を目前にしていた。——それを救ってくれたのが、フィルと、あなたの父君があいつに持たせてくれた薬だったんだ」
レンカはテーブルに両手をつき、シアに向かって深々と頭を下げる。
「本当にありがとう。先代が生き長らえたのも、僕が自由に動けたのも、すべてあなた方のおかげだ。心から感謝している」
「いえそんな、頭を上げてください!」
シアはあわあわと手を振って、はにかんだ笑みを浮かべた。
「あの、こちらこそありがとうございます。父の薬が誰かを救ったんだって、知ることができてうれしいです」
レンカはシアの言葉に頭を上げ、目を細めて「あなたの父君の薬は、本当に素晴らしい効果を持っていたよ」と微笑む。
「小人族は皆気ままだが、その分世界中を旅して交易を行う者が多い。そうでなければ研究室に籠もって開発にのめり込むか……どっちかなんだよ。何か出来ることがあればいつでも言って欲しい。小人族は必ずあなたの力になる」
何かないだろうか、とレンカは真剣な顔つきでシアを見つめた。その様子にシアはいつかのフィルディードの姿を重ね見て、ああ、この人がずっとフィルディードを近くで支えていたんだなあ、と思い口元を緩める。
「じゃあその……もしよかったらなんですけど、実はずっと気になっていたことがあって」
「なんだ?」
この人もきっと、フィルディードと同じように何かを頼まれた方が気が楽になるんだろうと思い、シアは思い切って頼み事を口にする。
「『真なる王』の紋章ってどんななのか、見てみたくて、その、もし失礼じゃなかったら……!」
「なんだ、お安い御用だよ」
レンカは右手を差し出し、手の甲に紋章を浮かび上がらせる。シアはほのかに白く輝く紋章に、ワア! と小さく歓声を上げて目を輝かせた。
「確かに物珍しいもんなあ、特に豊人族だと」
「すみません、浮ついた好奇心で……!」
「いいよ、僕は特に人に見せやすい場所に現れたから」
軽快に笑うレンカに、シアは目をまたたく。
「王様によって場所が違うんですか……!?」
「ああ、そうか。豊人族は特に失伝しているもんな。人によって違うよ。先代は額、ディアナは胸元、リディなんて腰に出たんだ」
「へええ……!」
興味深そうに、喜んでレンカの話を聞くシアに、レンカは愉快げに笑った。このまましばらく会話を楽しむのも悪くない、と思い、レンカは椅子に腰を据え直してシアに向かって小首を傾げた。
「よければ、村にいる間の、フィルの話も聞かせてくれよ。ずっと気になっていたんだが、『階段の魔石』ってなんだったんだ? フィルが初めてあなたの家を訪ねたときのことなんだけど」
「ふふ、もちろんです。フィーくんの昔話も聞かせてください」
やっぱりお茶を淹れようと、シアは立ち上がる。のどかな昼下がりに、楽しい茶会を始めようと——








