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ただの村娘の私の元に、救世の英雄が恩返しに来たのですが  作者: 紬夏乃
第二部

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旅立ちを見送って






 朝、シアは爽快な気分で目を覚ました。ベッドの寝心地が最高だった。最高だったのだ。柔らかすぎず、程よい弾力で優しく身体を包み込み……シアは身体を起こすのがもったいないと言うように、横たわったまま真剣な顔つきで天井を見つめた。


(このマットレス……買えないかな……)


 もういつものベッドに戻れないかもしれない。この寝心地を知ってしまったからには。……ここにあるということは、きっと誰かがどこで買えるかを知っている、と思う。あとはお値段だ。どうしよう……と目を閉じて、シアは両親が遺してくれた財産に思いを巡らせる。買えないことはないと思う。たぶん、きっと。めちゃくちゃな思い切りが必要だろうけれど。


(ここにいる間に、真剣に考えよう)


 たった一晩で心が『買う』に傾いていることを自覚しながら、シアは起き上がり、マットレスのことを考えながら身支度を整え部屋を出た。


「フィーくん、いる?」


 隣の部屋をノックして、声をかける。すぐに返事が返ってきて、待つ間もないほどの早さで扉が開かれた。


「おはようございます、シア」


「おはようフィーくん」


 笑顔で挨拶を交わし、並んで階下へと足を向ける。歩きながら、シアはいかにベッドの寝心地がよく感動したかをフィルディードに熱く語って聞かせた。


「——それで、フィーくんは今日出発するの?」


「シアに少しでも不安があるのなら、行きません。僕にとって何より大切なのは、シアです」


 うんうんとシアの話を聞いていたフィルディードが、微笑みを浮かべてそう言い切る。はっきりと伝えられる言葉にシアは頬を赤らめて、口をぱくぱくと開閉した。


「ええと、うん。あのね……」


 シアはもじもじしながら言葉を探し、フィルディードを見上げて照れ笑いを浮かべる。


「フィーくんが一緒じゃないのは寂しいけど、不安じゃないよ。皆とても親切にしてくださるから……大丈夫、ちゃんと待っていられるよ」


「はい」


 ふたりはにこにこと微笑みあって、食堂に向かった。




 皆同じタイミングで食堂に姿を現し、揃って朝食を摂った。朝食の席でフィルディードが今日出発することを告げて、食後に皆で見送りに出る。


「いいか、何があってもなくても毎日連絡しろ。毎日だぞ、わかったな?」


「わかった」


 レンカが口を酸っぱくしてフィルディードに言い聞かせる。ディアナが笑いながら、「ハンカチは持ったか? 財布は?」なんて茶々を入れていた。


 レンカの注意がひとしきり終わって、フィルディードはシアの前に立つ。寂しさとフィルディードを心配する気持ちでうまく言葉が出ないシアの手を取って、フィルディードが微笑んだ。


「昨日一日考えて分かったのですが、シアに可愛らしい顔をさせるのは、すべて僕であれたらと感じているようなのです」


「か、可愛い顔……?」


 突然、思いも寄らない話が始まって、シアは面食らって目をまたたく。フィルディードは「そういう顔もです」と嬉しそうに笑った。


「だから一番に、僕に色々な表情を見せてください」


「もう、フィーくんたら」


 シアは肩の力が抜けて、眉を下げて笑った。


「私を一番びっくりさせるのも、ドキドキさせるのも、いつもフィーくんなんだから。……気をつけて行ってきてね」


「はい」


「フィーくんがいないのはそりゃあ寂しいんだけど、無茶な急ぎ方はしないでね。ちゃんと休憩をとって、ごはんもちゃんと食べてね」


「はい、シア。必ずそうします」


 惜しむようにシアの手を親指で優しくなぞり、手を離して、フィルディードは出立した。フィルディードの後姿はどんどんと小さくなっていき、やがて見えなくなる。


 大きく手を振りフィルディードを見送ったシアは、しかし気付いていなかった。『睡眠を取るように』とは言っていないことに。寝るとか当たり前すぎて。——言われたことだけはきちんとこなすフィルディードは、首都を出た瞬間からぐんぐんと速度を上げ、目的地を目指して駆けていく。魔道車なんて目じゃない速さで。




「さて、昼食までの間、私に付き合ってくれるかな、シア?」


 そんなことはつゆ知らず、しょんぼりとフィルディードが消えていった庭を見つめるシアに、ディアナが声をかけた。シアは目を丸くして、ディアナを見上げる。


「はい。もちろんですけど、何をすればいいでしょうか?」


「何、難しいことじゃないから気負うことはないよ」


 ディアナはハハッと軽快に笑って、シアを真っ直ぐ見つめた。


「薄々気付いているだろうけれど、私たちは君の身の安全を確保したいんだ」


 そうじゃないかな、と察していたシアは、おずおずと頷いた。ディアナはもう一度高く笑って、話を続ける。


「そうだな、まずは軽くその説明から始めよう。ついておいで」


「はい」


 踵を返し颯爽と歩き始めるディアナに、シアはためらわず付いていく。


 ——ディアナと、何よりも『シアを彼女たちに預けた』フィルディードへの信頼で、その足取りに一切の不安はなかった。






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― 新着の感想 ―
フィルディード様、人なんだけど規格が人外だから……かっこ良くて素敵っていうのはディアナさん一択な私的状況です! そんなディアナさんのご主人やご子息はどんな方なのでしょう。 いずれ、仲間の皆さまのサイド…
ずっとニコニコしてしまいましたね…… 微笑みながら愛が重いフィルディード最高ですし、睡眠の質向上に前向きなシアちゃんにほっこりです。 睡眠って基本ですものね(*´艸`*) 爆速のフィーくんがどんな荒業…
フィルくんに体を大事にしてもらおうと思ったら全ての項目を指摘しなければならないのですね。タイヘンだ~(≧◇≦)
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