贈りたいもの
「シア、あの、話があるんです」
あの冬の日から数日経った。夕食の後に突然、緊張した面持ちでフィルディードがそう切り出したのだ。深刻そうな口ぶりにシアもつられて緊張し、持っていたカップをテーブルに置く。
「はい、なんでしょう」
フィルディードのことだ。とんでもなくシアを裏切るようなことを言い出すわけはないが——別方向で、何かとんでもないことを言い出しかねない。シアはごくりと息を呑んで、居住まいを正した。
「その……シアは、今後の人生を共に過ごそうと約束してくれたのだと認識しています。つまりは、『家族になろう』という約束を交わしたのではないか、と考えています。間違いは、ないでしょうか」
「えぇ……っと」
何が飛び出すかと身構えていたシアは、驚いて目をまたたいた。あんなに泣いて、話し合い、抱きしめ合って愛を告げたのだ。そうじゃなかったらびっくりする。もうシアの方がものすごくびっくりしてしまう。
「そりゃあ、そのつもりなんだけど……フィーくんどうしたの……?」
「では、その……」
フィルディードは言いよどみ、顔を赤らめておずおずと言葉を続ける。
「僕からシアに、誓いのピアスを贈ってもいいでしょうか……?」
「ゎ、ぁ……」
フィルディードの言葉に、シアも顔を真っ赤に染め上げた。瞳を揺らし、とても目を合わせられないと慌てて視線を落とす。
「あ、わあ、その…………」
もじもじもじもじと、お互い真っ赤な顔で下を向く。シアは指をすり合わせ、消え入りそうな声でささやいた。
「その、よろしくお願いします……」
ずっと一緒にいたいと告げたけれど、その先にあるのは、つまりそういう事なのだ。『結婚』——急に現実味をおびた言葉に、シアは大声で叫び出したい気持ちを必死にこらえる。
「僕に出来る限りのものをシアに贈りたいと、そう思います。レンカたちに相談しますので、少し待ってもらえますか?」
「はい、その、もちろん。そんな、だって」
ちらりと視線を向けた先で、フィルディードは心底幸せそうに微笑んでいて。シアは幸せで胸がはち切れそうになって、照れ笑いを浮かべた。
「あの、たのしみにしています」
フィルディードの口から、先を誓う約束が出たことが、シアはたまらなく嬉しかった。——だって、まだ言い出せていないけれど、シアも二階の空き部屋をこっそり片付け始めているのだから。フィルディードが部屋を移せるように、と。
§
「え、首都に行くの?」
「はい。大型の機材などが必要になるらしく、首都に用意がある、と言われました」
「はあ……」
予想もしなかった大ごとに、シアはぽかんと口を開けて気の抜けた返事をする。村で誰か結婚するときは、夫婦となるふたりが揃って、店屋の店主ブノワに頼み町まで魔道車に乗せて行ってもらうのだ。町にはきちんと誓いのピアスを取り扱う店があるし、もし完成に時間がかかることがあれば、受け取りをブノワにお願いする。それがシアにとっての当たり前だから、フィルディードの言葉がピンとこなかった。
「……だめでしょうか。その、シアに合わせて調整するために、シアにも来てもらいたいと言われたのです」
「いえいえそんな! ちゃんと行きます! ちょっとびっくりしただけで」
僕ひとりで作ってこられたらよかったんですが……としょんぼり肩を落とすフィルディードに、シアは慌てて両手を振る。やっぱり英雄が身に付けるものだから、対で作る私のピアスも特別なものになるのかなあ、そう言えば、『出来る限りのものを』ってフィーくん言ってたかなあ、なんて呑気に思いながら、シアはフィルディードに笑いかけた。
「私、村を出るのも初めてだから、ちょっと心配だけど、たのしみ」
「ありがとうございます」
「こちらこそ」
フィルディードはほっと息を吐いて、それからふたり顔を合わせてふふっと笑う。
「ええと、首都まではどうやって行くの?」
「近くの町まで、迎えが来るそうです」
「ハアー……すごいねえ。フィーくんはやっぱり、英雄様なんだもんねえ」
「それが理由ではないんですが……とにかく、迎えの魔道車に乗ればそのまま到着するそうです」
「そうなの? 途中でどこかに寄ったり、泊まったりは?」
「帰りはある程度任せると言われましたが……魔道車には寝台なども備え付けられているそうで」
シアはフィルディードの言葉に、もう一度大きく感嘆の息をもらした。想像もつかないほどの話だけれど、シアは村を出たことさえないのだから、魔道車に乗っているだけでいいと言うのはかえって安心かもしれない。そう思えば旅に対する不安も減って、シアはどきどきと胸を弾ませながらフィルディードを見上げた。
「じゃあ、あのね。隣の町までは、ブノワさんに乗せていってって、頼んでもいい……?」
「はい。もちろんです」
「ふふ、あのね——」
シアは内緒話をするようにフィルディードにそっとささやきかける。
誓いのピアスを買うためにブノワさんの魔道車に乗せてもらうのが憧れだったんだよ、と、はにかんだ笑顔を浮かべて。








