届く知らせ
冬の終わりも近付いたころ。レンカが日課のように通信の魔道具を手に取り、深いため息をついた丁度その時だった。一年近くの間、いつ鳴るか今鳴るかと案じ続けた魔道具が、ついに明滅し音を鳴らしたのだ。レンカは驚くあまり魔道具を取り落としそうになりながら、慌てて受信を開始する。
『こちらフィ——』
「ばっっっっっかやろう!!!!!」
どこか呑気にさえ聞こえる、いつも通りのフィルディードの声が届いた瞬間、レンカは一年分の憤りを込めて思い切り叫んだ。
「この! 馬鹿が!! あれだけ『連絡しろ』と言っただろうが!! 馬鹿野郎めが!!」
『……『問題が起こったら即座に連絡する』と認識していた』
「何を置いても真っ先に『定時連絡しろ』と伝えなかった僕が愚かだったよ!!!!」
魔道具をみしみしと音が鳴りそうなくらいきつく握りしめ、レンカは腹の底から叫んだ。融通の利かないバカ頭、覚えたことだけをキッチリやるバカ有能、そうと知っていて伝える順番を間違えた僕が愚か者だった、と呪詛のように吐き続けるレンカに、フィルディードがおずおずと話しかける。
『その……ごめん、レンカ』
「な……どう、どうしたんだよお前……?」
申し訳なく思っていると伝わる言葉の響きに、レンカは戸惑った。『謝るべきときに謝れ』とフィルディードに教えたのはレンカだ。しかし、フィルディードは状況を理解し謝罪を口に出せても、感情が伴わないはずだった。そう生まれてしまったから。——喜ぶときに喜べず、怒るときに怒れず、悲しむときにも悲しめない。そうと知っているから、レンカはそんなフィルディードを少し哀しく思いながら受け入れていたのだが——
『シアが、僕に色々な感情を教えてくれた』
「謝るようなことを仕出かしてないか? それは」
思わずレンカは真顔で突っ込んだ。『申し訳なさ』を学習するようなことをやってるんじゃないか? と。でなければ、フィルディードが学んでいるはずがないのだから。
『……シアは、いつも『大丈夫』と笑ってくれた』
「やらかしてんじゃねえか! やっぱり!!」
『シアが『大丈夫』と言ったのだから、大丈夫だったと思う』
フィルディードはどこか慌てたように、少し声を揺らしながら反論した。はあ〜……と大きなため息をついて、レンカは淡く微笑む。一年程の間で、ずいぶんとまあ人間らしくなったものだ、と感慨もひとしおに。十四年も共にいたのだ。些細な変化でも、レンカにはわかる。フィルディードの声がどこか柔らかくなったとか、以前よりも悩むような間があることだとか。…………一緒に旅を始めた時点でこれくらい感情が理解出来ていたなら、お互い苦労は少なかっただろうに、と、つい頭をよぎった想像にレンカは目をつぶって天を仰ぐ。いや、わかっている。当時は一刻の猶予も許されていなかった。フィルディードがシアの元に留まり感情を学んでいれば、その間にレンカは死んでいただろう。フィルディードは即時にシアの元を離れ小人族の郷を目指してくれたが、それでもフィルディードが到着したとき既に、小人族の郷は滅びかけていたのだ。魔物の大群に襲われ、火に巻かれ——今は瓦礫の撤去が進みようやく更地となった郷。分かっちゃいるけどなあ……と苦労した日々を思い起こし胃をさすってから、レンカはハッと我に返った。
「いや、それでどうした。何が起こった?」
『その、欲しいものがある。シアに求められたものじゃなく、僕が欲しいものだ』
「手配してやるよ。……言ってみろ」
『その————』
§
フィルディードとの通信を切り、レンカは泣き出しそうな顔つきで微笑んだ。そして、よし、と気合を入れてディアナの元に向かって走り出す。
「ディアナ!」
ノックもそこそこに飛び込んできたレンカを見つめ、ディアナは目を丸くする。
「どうした、そんなに慌てて」
「フィルから連絡が来た! あいつ、この一年でうまくやりやがったぞ」
「それは……そうか、よかったじゃないか!」
「ああ。準備は無駄にならなかったよ」
レンカとディアナはにやりと笑みを交わした。この一年、彼の想いが叶ったならと、幸せを祈って準備を進めてきたのだ。小まめに連絡をくれれば打ち合わせが出来たのにとか、慌てずにすむのは僕たちのおかげなんだから、あいつめ感謝しやがれと、にやけた顔つきでぶつくさ文句を言ってから、レンカは深く深呼吸をしてディアナを見据えた。
「さあ、動こうか」
レンカとディアナは真剣な顔つきで頷き合う。——間違いのないように、と緊張を高めて、レンカはディアナに向かって宣言する。
「彼女が聖域を出るぞ」
幕間 〜その頃の真なる王たち〜 【完】








