幸せを祈って
「連絡が……来ねエ……ッ! もう秋だぞ……!!」
苛立ち、底冷えするような声で呻くレンカに、ディアナは苦笑を浮かべる。
「まあまあ。便りがないのは良い便りというではないか。きっと問題なくやれているんだろうさ」
「本当にそう思うか? 本当に? あいつが何も起こさないと?」
「…………」
鬼気迫る表情を浮かべるレンカを前にディアナは返答に詰まり、とりあえずにっこりと微笑んだ。
「……手の届かない場所でフィルが唯一感情を動かす女性と接しているかと思うと心底恐ろしい……! 下手をすれば今度こそ世界が滅びるぞ……!?」
「やめてちょうだい、私まで恐ろしくなってくるわ」
開かれた扉の向こうから顔を見せたのはアメリディア。レンカの胃痛がうつったような顔をする彼女に、ディアナはゆったりと声をかける。
「やあ、いらっしゃいリディ」
「こんにちは。ディアナ、レンカ」
アメリディアはすたすたと歩を進めて、ふたりの間にある椅子に腰かける。ディアナは案内してきた使用人に茶を出すよう指示し、レンカは大きなため息を吐いてテーブルに突っ伏した。
「まあフィルから連絡が来たところで……僕にはせいぜいフィルと一緒に謝ることくらいしか出来ないんだが……現状は把握したいんだよ……」
「怒らせていたらさすがに連絡してくるんじゃないかしら。もしかしたら、何かあっても笑って許してくれているのかもしれないわよ」
「そんな聖女のような女性がいるか?」
「聖女、に間違いはないんじゃないか。彼女のおかげで世界は救われたのだ。ラーティア様もきっとよろこんで、『この子を聖女と認める』くらいおっしゃるぞ」
「……間違いがなさすぎるんだよ、それは」
レンカは苦渋の表情を浮かべながら、聖域にいるふたりに思いを馳せる。フィルディードが何かを仕出かすのも心底心配だ。それと同じくらいに、レンカはシアのことが知りたかった。思想や人となりを。
——何かを要求されたら手配するから連絡しろとフィルディードに伝えてある。だがその気配もない。さすがに世界に再び危機が訪れたら、創造神が動くはずではあるが……フィルディードはどうしているのだろうか、とレンカはテーブルに突っ伏したまま胃を押さえた。
「君はどうだ? リディ」
唸るレンカに憐れみのこもった視線を送りながら、ディアナは互いの状況を確認し合おうと口を開く。
「相変わらずよ。……そろそろかわし切れないわね」
「直接口説きにでたか」
「そんなところよ」
そろそろ公子の真意を確かめなくてはいけないわね、と呟き、アメリディアは頭を振ってディアナを見つめる。
「そっちの準備はどう?」
「上階の防護術式は完成したよ」
「こっちの機材も揃った」
テーブルに突っ伏したままレンカも声をあげた。
「やっぱりここをそのまま使えるのが一番都合いいわね……私がこの国の上に立つことも視野に入れて、このまま進めましょう。もうひとつの術式はどうかしら?」
「フィルディードの聖剣に刻んだものを流用するからな。こればっかりは本人がいないと調整ができん」
「聖剣にって……あの魔石、元の素材は古代龍の角なんでしょう? 調整した術式を刻める素材は手に入るのかしら?」
「それはフィルにどうにかさせるしかないさ」
レンカがのっそり顔を上げて、気まずそうに斜め下に視線を向けながら呟く。
「龍の角は二本あるからな……しかもお誂え向きに金色だ」
「ええ……大丈夫なのかしら、それ。聖獣にとって角は誇りなんでしょう……?」
沈黙が部屋を支配する。そこに丁度お茶が運ばれてきて、三人は黙って新しい茶が用意されるのを見守った。
使用人が扉前で一礼し、去ってゆくのを黙ったまま見送る。ディアナが咳払いをして、空気を変えようと話し始めた。
「言う通り、角は聖獣の誇りでな。知っているかリディ、古代龍と一角獣は、角を巡っていがみ合っているんだぞ」
「知らないわ、どうして?」
「古代龍の角は混じり気のない、比類なき高純度のマナ石だ。古代龍はその大きさを何より誇っている。対して一角獣の角は効果が癒やしに固定されている上、大きさではなく、硬度にこだわっているんだ」
アメリディアは興味深そうに身を乗り出し、それで? と続きを促す。ディアナはやれやれと言ったように、呆れた口ぶりで話を続けた。
「古代龍は一角獣の角を『癒やすしか脳のない貧相な角』と揶揄し、一角獣は古代龍の角を『大きいばかりで何にも使えぬ無能』と嘲笑する。聖獣と思えぬほどの有り様でな……フィルディードの聖剣にはまる魔石を見たときなんかは、一角獣が大喜びだ。『我らほどの硬度があれば折られることもなかろうに』と言ってなあ」
「フィルディードさんにも折れないのかしら」
アメリディアは首を傾げて疑問を口にする。ディアナはそれにゆるく頭を振った。
「いや、確かに人のなせることではないが、フィルディードなら一角獣の角でも折れるだろうさ。本当にいがみ合っているだけなんだよ」
ディアナは思わずと言ったように笑いをもらし、ティーカップに口をつける。
「まあ理由もなくそんな無体は働かないだろうがな。さあ、我らが親愛なる英雄のために、もうひと頑張りしてやろうじゃないか。ガイアスも今ごろ、霊峰で準備を進めている」
「古代龍の住まう霊峰ね」
アメリディアも柔らかく笑って頷いた。レンカも軽い苦笑を浮かべ、同意する。
「出来るだけの用意をしておいてやろう。フィルがうまくやれていることを祈りながらな」
三人は微笑みを浮かべて頷き合う。真なる王たちの願いはひとつ、ただ、友の幸せを祈って——