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ただの村娘の私の元に、救世の英雄が恩返しに来たのですが  作者: 紬夏乃
第一部

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34/75

冬のさなかに






 窓が白く曇る。薪ストーブの火がはぜてパチパチと音を立てる。シアは胡乱げな目で、畑に向かおうとするフィルディードをじとっと眺めた。


「フィルディードさん、寒い」


「薪を足しましょうか」


「違うの、フィルディードさんの見た目が寒い!」


 フィルディードはきょとんとした顔でシアを振り返る。シアはわざとらしく大げさに身を震わせた。


「フィルディードさん本当にそんな薄着で寒くないんですか!?」


「はい、特には……」


 フィルディードは不思議そうにしながら首を傾げる。シアは両腕をさすり、信じられないという顔つきでフィルディードを見つめた。シャツ一枚。薄手のシャツ一枚だ。春から夏、秋を経て真冬になっても、フィルディードの服装が変わらない。元々持っていたシャツだけじゃ洗い物が追っつかないので、店で買い足してはいたのだが。


 朝夕の闘気やりは続いている。家の中だけならまだいいが、フィルディードはそんな服装のまま平気で外に出るのだ。何度か軽く寒くないかと聞いては平気だと答えられ、本人がいいと言うなら……と黙ってきたが、さすがに耐えきれずシアは口を出した。


「もう、見てるだけで寒いんです! お願いだから上に何か着てください!!」


「わ、わかりました」


 シアの勢いに押され、フィルディードはとまどいながら頷いた。




 本人の了承を得たぞと、シアは両親の部屋に入ってクローゼットを物色する。父の死後、下着類や古びた服は処分したし、村の人に形見分けをしたから衣類はあまり残っていない。それでも父が特に気に入ってたものや思い出深い服なんかは処分しきれず、いくらか残してあった。


 深い藍色のセーターは、残したうちの一枚だ。シアはセーターを広げて虫食いがないか確かめながら、このセーターを着て薪ストーブ前のロッキングチェアに座り、本を読んでいた父の姿を思い出した。シアが思い出す父はいつも穏やかに微笑んでいる。いつの日か、顔も声もおぼろげになっていくだろうか。母の記憶がそうなったように。


 ロッキングチェアは、今も変わらず薪ストーブの前に据えている。どうしても座る気になれなくて、シアは去年の冬からロッキングチェアの座面に布を積み上げていた。父のぬくもりを記憶ごと閉じ込めるかのように。


 シアは寂しさを振り切るように頭を振って、セーターを手に立ち上がった。冬がいけないのだ。寒さが寂しさを思い出させるから。今日は温かいポトフを作ろうと考えながら、シアは階段を降りた。


「これを着てください」


 シアがセーターを差し出すと、フィルディードは目を丸くして驚いた。


「いいんですか?」


「フィルディードさんに着てもらいたいです。これを着て一緒に畑に行きましょう。蕪と人参を収穫して、今日はポトフにしましょうよ」


「わかりました」


 フィルディードは笑顔でセーターを受け取り、袖を通す。シアはほっと微笑んで、フィルディードと並んで畑に向かった。




 真冬の夕暮れ時は、じんと身に染みるほど寒い。シアは白い息をたなびかせながら、蕪と人参を収穫した。外水栓で軽く野菜の土を洗えば、水の冷たさに手がかじかむ。闘気やりをするフィルディードを畑に残し、シアは足早に家に戻った。


「うう〜、寒い!」


 よくまあシャツ一枚で平気な顔をしていたものだ、と信じられない気持ちでシアは台所に立つ。


 畑で収穫した蕪と人参、それから貯蔵庫から出した玉ねぎとブロックベーコン。作業台に並べて、シアはまず人参の葉を落とした。人参の葉は丁寧に洗って、食べやすい大きさに切りそろえてざるにあげておく。それから人参の皮を薄く剥いて、ひと口大に切った。玉ねぎも皮を剥いてくし切りに。蕪は葉を落として厚めに皮を剥き、大きめに切っておく。ベーコンも厚く切って、すべて鍋にごろっと入れた。水を注いでハーブの葉を浮かべて塩を振り、蓋をしてことことと煮込む。煮込んでいるうちに少し物足りなさを感じて、シアはフライパンを出して小さめのオムレツをふたつと、蕪の葉のソテーを作った。


 フィルディードは闘気やりを終えてからいつも通りシアが料理を作るのを眺めていて、シアの「できましたよ」の言葉を合図にいそいそと皿を取り出す。鍋の蓋を開ければ湯気がもうと立って、優しい香りが広がった。塩と胡椒で味を調えて、シアはスープを皿に注ぐ。


 食卓に並んだのは、人参の葉のサラダと蕪の葉を添えたプレーンオムレツ、パン、それからごろごろ野菜とベーコンのポトフ。


 温かいポトフを口に運びながら、シアは少し心配になって、「逆に暑くはないですか?」とフィルディードに尋ねる。フィルディードはまた不思議そうに首を傾げて、「平気です」と答えた。フィルディードの体温調節はどうなっているのかとシアは言葉に詰まって、それからくすくすと笑い始めた。「じゃあ着ていてください」というシアの言葉に、フィルディードは微笑んで首を縦に振る。


 夕食の後、一緒に作った砂糖を溶かした甘いお茶を飲みながら、シアは暗くなった窓を眺めフィルディードに話しかける。


「もうちょっとしたら、森でおいしい蜜が採れるんですよ。一緒に採りにいきませんか?」


「はい。楽しみです」


 大寒が過ぎた頃、ほんのわずかな期間に採れる珍しい蜜。シアは蜜を垂らした温かいお茶をこうして一緒に飲むことを考えて、淡く微笑んだ。


 冬の終わりは、どんどんと近付いている——






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― 新着の感想 ―
大好きなお父さんが着ていたセーターを、いま大好きな人に差し出す……切ないです。 大事なお砂糖を溶かしたお茶が、シアちゃんの寂しさを包んでくれますように。
切(せつ)泣き笑いのリアクションがほしいですね…… シアちゃんの寂しさと奥深さ。村のひとたちとの関係性だけでなく、一人住まいにしては大き過ぎる家に畑。ほんとうに偉いです。 フィルディードくんはセーター…
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