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ただの村娘の私の元に、救世の英雄が恩返しに来たのですが  作者: 紬夏乃
第一部

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30/75

まあ、もう三度目ですからね






 シアは二階の物置きから暖房の魔道具を三つ取り出し、保護カバーを外した。暖房の魔道具は、魔石に込められた熱を利用し、火を起こさずに部屋を暖めることができる小型の暖房器具だ。換気の悪い部屋でも使えるし、強弱もつけられる。ひとつを自室に運んで、シアは窓の外を眺めた。


(そろそろ夜は冷えるからなあ……)


 日中、日が出ている間はそうでもないが、日が沈んでからはぐんと冷え込む時期だ。あとの二つは、フィルディードの部屋と、それから土間収納に置くために出した。いもは寒さに弱いし土間は冷え込むから、弱く暖房をつけて暖めないと、いもが傷んでしまう。


 それから……とシアはうんざりした顔つきで肩を落とす。


(薪割りも……しなきゃ……)


 シアの家は元々宿だった。改装の際にある程度壁を作って部屋が分けられているのだが、リビングはとても広い。元からあった薪ストーブに火を入れないと、小型の魔道具ではとてもじゃないが部屋が暖まらないのだ。


 薪は毎年店に注文してあって、例年通りならそろそろ届けられるころだ。シアは両手をじっと見つめ、ため息をつく。


(薪割りかあ……)


 シアはとてもとても、悩んでいた。




 暖房の魔道具を出して数日後、案の定ジャンが台車にたっぷりの薪を積んでシアの家にやってきた。薪置き場に運んでもらい、たっぷりと積み上がった薪を背に「ありがとう」とジャンを見送る。ジャンの姿が見えなくなってから、シアは笑顔を引っ込めて物置きから手斧を取り出し、深い深いため息をついた。


「シア、それは何をするんですか?」


 様子を見ていたフィルディードが、シアに問いかける。シアは一瞬ぐっと言葉に詰まって、フィルディードを見つめ返した。


「…………その、薪を割るんです。割らないと、使えなくて」


 フィルディードはなるほど、と先ほど運び込まれた薪とシアが持つ手斧に、交互に視線を送る。


「よければ、僕にやらせてください」


 力仕事だと判断したフィルディードが薪割りを買って出た。シアはフィルディードの提案に、ぎゅっと手斧の柄を握りしめて葛藤する。


 ——きっと彼ならそう言ってくれるだろうと思っていた。すごくすごく助かる、とも。


 シアは父がいる間、あまり薪割りをしたことがなかった。父がとても上手に薪を割ってくれたから。去年冬のさなかに、本当に突然、前日まで元気だった父が倒れそのまま帰らぬ人となるまでは。


 村の人たちは本当にシアを気づかってくれて、ジャンも、オーバンも、ドニやエンゾまで、『薪割りをやろうか』と言ってくれたのだ。でもシアはその時、『ありがとう、でも大丈夫』と言って差し出された手をぜんぶ断った。——これからはひとりで生きていかなくちゃ、ぜんぶ自分でやらなくちゃ、ずっと助けてもらうわけにはいかないんだから、とひとりで気負っていて。


 覚束ない手つきで薪を割って、手に豆を作って、その豆も潰れて……慣れない作業で筋肉痛を起こし、まあとにかく痛くて痛くて————シアはぐっと目をつむり、決意を胸に目を開いた。


「お願いします」


 シアは、とても大切なものを進呈するかのような厳かな手つきで手斧をフィルディードに差し出す。フィルディードは「任せてください」と微笑んで手斧を受け取った。


「あ!! 待ってください、待ってくださいね!!」


 手斧を手に天を仰いだフィルディードを慌てて止めて、シアは少し下がって膝をつき、手を組んで頭を垂れる。


「どうぞ!」


 シアの言葉に頷いて、フィルディードは再び天を仰いで口を開いた。


「ラーティア」


 空に光が走る。光の線は弧を描き、瞬く間に描かれるのは、創造神ラーティアの尊き聖印。そして天からは、美しい声が響いた。


《 ちゃんと壊す前に言えたじゃないか、フィル 》


「聖印を刻んで欲しい」


《 もちろんさ! 任せておくれよ 》


(ほら、ほらあ……!)


 わかってた。もうわかってた。だって三回目だし。聖印から光りが降り注ぐ。手斧の刃に光が走る。祝福が授けられ——シアの家にまた神器が増えた。


《 それから、こっちも必要だろう? 》


 手斧に祝福が与えられたというのに聖印は消えず、創造神の声が響く。予想外の出来事にシアは祈りの姿勢を維持したままびくりと肩を震わせた。


 再び聖印は光を降らせる。祝福を受け光り輝いたのは薪割り台。庭に真っすぐ据えただけのただの平らな丸太に光が走り、聖印が宿された。


(ああ、ええぁあ、そっち……ッ!)


 確かにね!? とシアはぐっと目をつむりただひたすら姿勢を維持する。もう何を祈ればいいかも分からなかった。だって聖印が宿ったのはただの丸太なんだもん。


「助かる」


《 いいってことさ。じゃあね、君と君の世界に幸あれ 》


「ラーティア」


 少し剣呑な声を出すフィルディードに、創造神は高らかに笑い声を響かせる。天の聖印が消え、笑い声は名残りのようにこだました。


 フィルディードはふうとひとつため息をついて、シアを振り返る。


「薪を割ろうと思います。どれくらいに割ればいいですか?」


「ええとですね」


 シアはゆっくり立ち上がって膝についた土を払った。朗らかに微笑んでフィルディードを見上げる。


「だいたい四つ割くらいにしてほしいんですけど、火付け用に細いものもほしくって——」


 今晩から早速薪ストーブに火を入れて、暖かい部屋で過ごせそうだ。夕食の後にゆっくり、温かなお茶を飲みながら火がはぜる音を聞いて、くつろぎのひと時が過ごせる。


 うんうんと頷きシアの言葉に耳を傾けるフィルディードに、シアは説明を続ける。薪割り台(あれ)簡単に動かせないんだけど、野ざらしなんだけど、もう仕方ないから何でもいいか……とゆるい笑みを浮かべながら。







隣町で仕入れた鋳造の手斧と丸太を切り出しただけの薪割り台(神器セット)


英雄の振り下ろしに耐える一対。元が市販の鋳造品とただの丸太なので、力を入れすぎると簡単に壊れる。一般人が破壊することは難しい。汚れや錆、傷がつかず、常に清潔。


三種の農工具(じんぎ)が揃いました。

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― 新着の感想 ―
いつも楽しく読ませて頂いています。 最新話まで読んだのですが、お話好きすぎて1から読み返しています。 ラーティア様のお言葉とフィルディードさんの返しを読んで 「!!!」となり、悶えてます。 そういう…
病院の診療待ち時間に満面のにっこりをありがとうございます。 三度目ですものね、そうなりますよね……(笑) 薪割りはとても大変。男の人でも一仕事。ほんとうに、あらゆる意味でフィルディードが来てくれてよか…
さ、3種の神器、揃い踏み…っっ(もだえ…っ) いつも温かな気持ちを頂いております。 読後がほっこりと心が温かくなり、しっとりと進むお話ながらドキドキわくわく読ませて頂いています。 すてきな作品をい…
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