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ただの村娘の私の元に、救世の英雄が恩返しに来たのですが  作者: 紬夏乃
第一部

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秋の実りは






 シアは、玄関にある土間収納から長い棒を取り出し、フィルディードを振り返った。


「じゃあ、森に行きましょうか!」


「はい」


 土間収納には、先日収穫したいもが積み上がっている。すのこ状になった木箱に詰めて、熟成させているのだ。湿度も必要だが、大量に作って売りに出す家のような専用の小屋はない。申し訳程度に水を張った桶を置いている。


 さっきついでに確認したら、皮が濃く色づき始めていた。もう少しかな、と微笑んで、シアは土間収納の扉を閉める。


「その棒は何に使うんですか?」


「胡桃を採りたいと思って、これで枝を叩いて実を落とすんですよ」


 ふたりは和やかに話しながら、玄関を出て森に向かった。




 森はすっかり秋色に染まって、散り積もった落ち葉を踏みながらシアは空を眺めた。木漏れ日は優しく、見上げた空は高く澄んでいる。うろこ雲が淡く広がっていた。


「茸はもう採らないんですか?」


 フィルディードは地面のあちこちから顔を出す茸を見つけ、シアに問いかける。


「毒茸の見分け方に自信がないんです。難しくて……」


 黄色いカサを持ったひょろ長い茸、薄灰色で背の低い茸。足元にはたくさんの茸が見つかるが、食用茸と毒茸は似たような色かたちをしている。採取に慣れた村人はうまく見分けて茸を採っているが、それでも毎年、間違って食べてしまい父の元に運ばれてくる患者が出た。だからシアが採るのはトロ茸だけだ。……今年は誰も間違えませんように、と祈りながら、シアは目当ての木を目指す。


「これです!」


 シアが指さしたのは、大きく枝を広げた立派な胡桃の木。空のかごをフィルディードに渡し、シアは気合を入れて棒を握りしめた。


「胡桃を落とすんで、ちょっと離れていてくださいね」


 シアはそう言うなり、棒を振り木の枝を打ち叩く。外皮から外れた胡桃、まだ青い外皮に包まれたままの胡桃、それから葉っぱと細い小枝。たくさん降ってくるものをもろともせず、シアはえいえいと棒を振り回す。


「あの、僕がやりましょうか」


「だめですよ! 木が倒れたら大変じゃないですか」


「……はい。よく分かりました」


 たまらず力仕事を買って出たフィルディードに、シアは手を止めずに言葉を返す。確かに木自体を折りかねないフィルディードは、どこかハラハラとした様子で頭に葉を被るシアを見守った。


 ある程度枝を打ったところでシアは手を止めて、棒を地面に置いてしゃがみ込む。


「これを拾うんです。フィルディードさんも手伝ってください!」


 シアは胡桃を一粒拾い、フィルディードに笑いかけた。フィルディードは「はい」とこたえ、かごを持ってシアの近くにしゃがみ込む。外皮から外れたものはそのまま、青い外皮を付けたものは軽く踏んで、中の胡桃だけを拾い集める。かごはすぐに一杯になって、ふたりは笑顔で帰路についた。


 帰り道、シアは行き道で目を付けていた木に向かい、フィルディードを振り返って弾んだ声を上げる。


「あれも採って帰りましょう!」


 シアが指さしたのは、すっかり葉の落ちきった一本の木。太いつるが締め付けるように木に巻きついていて、つるには大きな実がなっていた。


橙甘蔓(だいだいあまつる)っていうんです。すごくおいしいんですけど、巻きついた木を枯らしちゃうんですよねえ」


「どれを採ればいいですか?」


「えっとねえ、出来るだけ色の濃いのを……あれかなあ」


 フィルディードははさみを手に木に近付いて、シアはかごを片手に欲しい実を指さす。一抱えほどある、下側が膨らんだ楕円形の大きな実を欲張ってふたつ。フィルディードが小脇に抱えて、ふたりはまた歩き始めた。


「胡桃も橙甘蔓も、食べるのが楽しみです」


「その、言ってなかったんですけど……」


 興味深そうに胡桃と橙甘蔓を交互に眺めながら歩くフィルディードを、シアは下から伺うように見上げて眉を下げる。


「胡桃は、一度洗ってよく乾かさないと食べられないんです。大体半月くらいかなあ……」


 フィルディードは目を瞬いてかごの胡桃を見つめ、「そうなんですか……」と呟く。シアは軽やかに笑って、小走りに前に進みフィルディードを振り返った。


「橙甘蔓はすぐに食べられますよ! 帰ったら食べましょうね」


「はい」


 ふたりは微笑み合って、家を目指した。




「これはね、おしりに放射状に線が入ってて」


 帰宅後、すぐに胡桃を洗って軒下に広げた後、シアは台所で包丁を持ち、橙甘蔓を手にしていた。フィルディードは物珍しそうにシアの手元を見つめている。


「この線に沿って包丁を入れるんです。それから真ん中に指を入れて割、割……ッ」


 皮に切れ目を入れて包丁を置き、シアは実を割ろうと目一杯力を入れる。硬くて中々割れない実に、フィルディードが「代わります」と声を出し、シアは「お願いします」と大きな息を吐く。


 フィルディードは力を入れたようにも見えないくらい楽々と実を割って、シアは手を叩いて歓声を上げた。


 橙甘蔓は厚くて硬い外皮に、真ん中には黒くて細長い種がひとつ。果肉は房のように分かれていて、ひとつ摘んで持ち上げれば外皮からつるりと外れた。


 切ったほうが食べやすいから、とシアは果肉に包丁を入れて、味見、といって一切れ口に放り込む。フィルディードさんも、と笑いかけて、ふたり台所に立って橙甘蔓を口に入れた。


 果肉はとろけるように柔らかく、噛んだ瞬間、甘くコク深い果汁が口一杯に広がる。わずかに感じる酸味がおいしさを一層引き立てて、爽やかな余韻を残した。


「うーん、おいしい! 当たりですね」


「はい。とてもおいしいです」


 シアはにんまりと笑って、フィルディードは感心したように果肉を見つめる。お茶を淹れてテーブルで食べましょうか、と笑い合って、シアはやかんを火にかけた。


 秋は深まり、実り多く。もうすぐ、寒さがやってくる——






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